6-2 バーときどきお悩み相談室
ピトが一人寂しくお店に来た日の夜、シュウと二人だけだった静かな空気は、ドアベルの音で一瞬にしてかき消された。
カランーー。
大きな音と共に、ドアが勢いよく開く。
店内に飛び込んできたのは、びしょ濡れのノルムとフォルンだった。
「いやぁ、めっちゃ濡れたねぇ。」
「マスター、久しぶりー」
慌ただしく来店した二人に歩み寄りながら、店の中へと案内する。
「いらっしゃい。びしょびしょじゃん、大丈夫?」
「えへへ。雨すごくて。 ごめん、タオルある?」
お店の奥にタオルを取りに行きながら、シュウは声を張って二人に話しかける。
「どうしたの?珍しい組み合わせじゃん。」
「ちょっと、武器の手入れをね、お願いしてたの。」
「仕事終わってそのまま二人で…」
フォルンが丁寧に説明してる途中で、ノルムはカウンターの上でタオルにくるまってたピトを見つけ、話を遮り駆け寄った。
「ピトちゃんだー!久しぶりー!!」
ピトは小さく息をつき、涙を拭いながら、タオルの合間から顔を覗かせた。
「…ノルムにフォルン、久しぶりね。」
その声はまだ少しかすれ、元気のなさが滲む。
「え?泣いてるの?どうしたの?」
「マスター!? まさかピトちゃん泣かせたの!?」
「ちがっ…」
「シュウは、何もしてないわ! 慰めてもらってたの。」
急に悪者にされそうになり、慌てて否定しようとしたところで、ピトに救われた。
「どうしたの?一人?」
フォルンが心配そうに声をかける。
「ほら、二人とも。 とりあえず体拭いて。」
シュウは二人にタオルを手渡し、すぐに残っていたココアを温め直す。
ピトはそばに来てくれた二人に笑顔を向けて、元気な姿を取り戻そうとした。
「…うん、今日は一人で来たの。」
その瞬間、空気が一変した。二人は、何かがあったことをすぐに察した。言葉はなくとも、目の奥に優しさと洞察が光っている。
「レオンさんと、なんかあった?」
ノルムは静かに声をかけ、フォルンは口をつぐむ。
シュウは、急ぐことなくゆっくりとココアの入った鍋に目をやる。湯気がゆらりと上がり、甘く香ばしい匂いが店内に漂い始める。落ち着いた空気の中で、ピトの肩の力が少しずつ抜けていくのを感じとっていた。
「…私の笛をね、レオン様が壊して。 レオン様、それを隠そうとしたの。」
「うわぁ…。」
「……それで、怒って、家出してきた。」
ノルムがやるじゃんと言わんばかりに拳をピトに向けてすっと差し出した。
ピトはにこりと笑い、同じようにして拳を合わせてグータッチをする。大きさの違う拳は、触れただけでその絆を確かに感じさせる。
「はい、どうぞ。 寒かったでしょ。」
シュウは二人の前にホットココアを差し出す。ピトにもおかわりを注いでいく。
三人は優しくコップを合わせ、温まる飲み物にそっと口をつけた。少し和んだ雰囲気に、フォルンがぽつりと口を開いた。
「私も大切にしていたハンマー、師匠に壊されたことあるなー。素直に謝れば、まだ許してあげたのに、私に新しいハンマーを突然渡してきて、その場を納めようとしたから、許せなかったの思い出した。」
「え、一緒じゃん、、。」
ピトもようやく緊張が緩み始めたように見える。
「私なら、大切なものを壊された時点で、ぶっ飛ばしちゃうけどな。」
ノルムは小さく笑いながらも、少し冗談めかして言う。
ピトはフォルンをじっと見つめ、訊ねる。
「フォルンは、その後、師匠とどうやって仲直りしたの?」
フォルンは少し肩をすくめ、笑みを浮かべる。
「その時は、時間が解決したかなぁ。師匠も謝ってくれたけど、なかなか許せなくて。でも、鍛冶場で一緒に忙しくしてるうちに、その時の怒りも忘れてちゃって。そしたら、なんでもなくなって、普通にはできてたんだけど。」
ピトとノルムは、正面を向くフォルンの顔をのぞき込む。
「…結局、気持ち悪くなって。あとで師匠に謝った。 癪だったけど、師匠に気を遣わせたままでいさせてるのは私だって気づいてね。」
フォルンはピトに笑顔を向ける。
「そしたら、師匠の顔がほっとした感じでね。 仲直りのごはん、一緒に行ったよ。」
あっけらかんと話すフォルンの話を聞いて、ピトは小さく息をつき、そっかと、少しだけ表情を和らげた。
けれども、ピトの胸の奥は嵐が渦巻いたままだ。ささくれだった感情が、簡単に静まってくれるはずもなかった。フォルンは時間が解決すると言っていたが、頭では理解できても納得はいかなかった。
シュウは3人の会話を聞きながら、ザクレトが笛を壊した理由を考えていた。
(ザクレトのことだから、ピトの大切なものだと分かっていたはず。何か別の理由があるのだろう。)
シュウは考えるだけで、口には出さずに、ただ黙って会話を聞いていた。
「シュウはどう思う?」
ピトに聞かれてしまった。こういうときは、とにかく”共感”に限る。
「…今度会ったら、人の大事なもんには触るなって言っておくよ。」
「ほんとそれ、よろしく!」
なぜかノルムに強めに返されて、シュウはまばたきをひとつ。
ピトに向けて答えたはずなのに、矛先がずれている。
「そういえばさ、最近南街の方に、新しい装備屋ができたの知ってる?」
ノルムはもう次の話をはじめた。
シュウは苦笑いしながら自分の仕事に戻った。道具の位置を整理し直して、調理台を拭き上げていく。すると、フォルンからの注文の声が聞こえた。
「他に、あったまる飲み物ってありますか?」
シュウはふと上を見上げて考え、納得したように軽く頷くと、「それなら」と棚の下に手を伸ばし、鍋を取り出した。
調理台に赤ワイン、レモン、シナモンスティック、ハチミツを準備し、すべてを鍋に入れてコンロに火をつけた。材料を煮始めて、沸騰しきる前に火を止めて、コップに注いでいく。
別の鍋ではワインを使わずに、グレープジュースやオレンジジュースを使って同じ調理をする。
三人の視線は、いつの間にかシュウの手元に集中していた。
「ヴァンショーです。」
ピーナッツのハチミツ漬けも一緒に用意して、三人の前にそっと置いた。
「もちろんピトの分には、アルコールは入ってないから、安心して。」
差し出された飲み物の湯気と香りが、三人を温かく包み込む。三人同時に、ゆっくりと口に運んだ。
「…うわぁ。 美味しい。」
雨の気配が漂うひんやりした空気も、ようやく柔らかさを取り戻してきた。ピトは小さな手でカップを握り、ふうっと息をついた。
「…みんな、ありがとう。」
フォルンもノルムも、ピトの手を握ることはせず、ただ隣に座って見守るだけだ。言葉よりも、存在の安心感が伝わる時間。
ピトはカップの中の温かい液体に、そっと口をつける。口当たりの甘さと温かさが、心まで染み込むようだ。
しばらくの間、三人は言葉少なに座ったまま、温かい飲み物と雨の音に包まれていた。ノルムが時折、冗談を交えつつピトに話しかける。フォルンも、小さな笑顔を見せ、場の空気を和らげる。ピトも少しずつ、顔の表情が柔らかくなる。
妖精と人間。種族の違いを超えた友情が、たしかにそこにあった。
三人は言葉より心でつながるこのひとときを、静かに噛みしめている。
夜の冷たささえ遠のいて、時間はゆっくりと、確かな温もりを帯びて流れていった。




