5-3 宵越の昔話
静かな店内。シュウは手を止めて、ザクレトの話に無意識に集中した。
「少し、昔話をしてやろう。」
「まだまだ魔族と人間の抗争が激しかったころ、ワシは一人の人間と、心を通わすようになった。名をエラルド。とある村の戦士だったが、異端者として、つまはじきにされていた男だ。」
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当時は戦いが激しく、魔族と人間は顔を見合わせるやいなや、至る所で命の取り合いをしていた時代。人間も魔族も、戦いに飢え、勝利の数を重ねることが美徳となっていた。
だが、戦いを好む者ばかりではない。魔族も、人間も、争いを避けたい者は少なからず存在した。
「ワシも、戦いは好きな方ではなかった。」
とある森の中で、ザクレトは一人の男と遭遇した。人間の男だった。男は肉付きがよく、若く、そしてひどい怪我を負っており、道端に倒れこんでいた。多くの血を流し、命の危険を強く感じ取れる状態だった。
相手は人間だ。助ける義理もない。魔が差したとはいえ、回復したあとで攻撃されたら面倒だ。
「ぐっ…。」
この状態でも、まだ前に進もうと指先を動かしている。
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「生きようとする気力に押されてな。気まぐれにもワシは手を差し伸べたのだ。」
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魔王は、自分でも理由がよく分からぬまま、その男を助けることにした。
傷は癒えたが、男は気を失ったままだった。知らぬ地で、空き家を見つけ、そっと様子を見守るザクレト。夜が何度も明け、ついに男が意識を取り戻したとき、弱々しい声が空気を切った。
「ありがとう…。」
ザクレトは初めて聞くその声に顔を向ける。
「ワシの気まぐれで助けただけだ。目覚めたなら、それでよい。もう二度と会うこともあるまい。」
しかし男は、せめてもの礼として首から下げていた指輪を差し出す。光を受け、指輪は淡く輝く。ザクレトはその光をじっと見つめ、しばし沈黙した。
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「出会いは何でもないものだった。目覚めた男にそれ以上関わるつもりもなかったしな。男を空き家に置いて、その場所を離れたんだ。」
「助けた礼にもらった指輪が、それか?」
グラスを傾ける指先で、指輪が怪しく青い光を放っていた。
「ああ。ワシの魔力がなじんで色が変わってしまったがな。」
「まぁ、その時そこに置いていった男には、あと2回、再会することになる。」
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時は流れ、放浪の最中に、ザクレトは再び同じ男と出会った。
男は、人間の村から少し離れた土地で、一人でひっそりと暮らしていた。
自分が助けた男を見つけると、ザクレトは森の影で立ち止まってしまった。
「…誰だ!?」
男に弓を向けられ、とっさに木の影に隠れる。
「出てこい!」
ザクレトは影の中で人の姿に化け、両手を出して、ゆっくりと光の中に出ていく。
男は弓を緩めて、嬉しそうな表情を浮かべて声を上げた。
「お前さん!!あの時、助けてくれた人だろう!?」
男の名はエラルドといった。エラルドは傷を負っていた日、故郷の村へ戻ろうとしていた途中だったという。
「しかし、村からずいぶんと外れた場所にいるが?」
「俺は異端者だからな。生まれ育った村の中には一生入れないし、村の者は誰も話しかけてこない。」
「なんだそれは?それは故郷に帰れたことになるのか?」
「よそ者にはわかるまい。これが俺の村のしきたりだ。俺はこれでも幸せなんだ。」
ザクレトはしばらくエラルドと生活を共にすることにした。気まぐれで助けた男を観察してみたくなった。暇つぶし程度に考えていたのかもしれない。
ある夜、焚火を囲み、炎の揺らめきに照らされるエラルドの顔を見つめながら、木の爆ぜる音に耳を傾けていた。
「ザクレト。 俺の話、聞いてたか?」
「……いや…。」
「いいか、ザクレト。もう一度言うぞ。魔族はもともと人間だったんだよ。俺たちと同じ、人間さ。」
「……何?」
懐疑的な表情を、エラルドに向ける。
「そこで見た資料には、魔素の強い地に生まれ育ち、魔素を糧に魔法を操るようになった人間が、魔族と呼ばれた、って書いてあったんだ。」
「馬鹿な。聞いたこともない。」
「それが境界を出てわかった真実さ。俺たちの生まれるずっと昔では、同じ人間だったんだよ。何も違わないんだ。」
魔族と人間では、姿かたちまでまるで違う。同じ種だったはずがない。
ザクレトは眉を上げて、あざ笑うように答えた。
「村の境界を出て得た真実は、互いを忌み嫌い、殺しあう。争いが絶えることはない種族だってことだろう?」
エラルドの目は深く澄んでいた。
落ち着いた様子で、黙って焚火をつつくエラルド。
ザクレトも、目の前の火を見つめていた。
「俺はな、ザクレト。 人類と魔族が本当の意味で手を取り合える時、この世界は変わると思う。誰もが信じることができなかったような、この世界だけの唯一の未来を。」
「…魔族嫌いのお前が、そんなセリフを言うのか?」
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シュウはカウンターの向こうで、静かに聞き入る。
「人間の心は複雑で難解だ。そういうエラルド自身、魔族を特に嫌っていたのに。まるで意味が分からなかった。この男を通じて、ワシは人間を知りたくなったんだ。」
シュウ(人間に対して友好的に見えるのは、このためか?)
ザクレト「3回目にあったのは、エラルドがずいぶんと年老いてからになる。」




