5-2 宵越の昔話
店内の灯りは柔らかく、夕暮れの街の明かりのように落ち着いた光は時間を忘れさせる。
ザクレトは静かに奥の席に腰を下ろし、カウンター越しにせわしなく動くシュウの姿を目で追う。
(このお店も、だんだんと繁盛してきたな。)
彼の瞳には、どこか満足げな光が宿っている。
カウンターでは、先ほどの二人組の男女がお会計を済ませ、席を立った。
「最高のお祝いになったよ。ありがとう!」
男が笑顔で告げると、シュウは柔らかく微笑み、軽く会釈した。
「また来てくださいね。」
二人を見送り、シュウは振り返ってザクレトの目の前におしぼりを差し出す。
「いやぁ、待たせてすまなかった。いらっしゃい。」
ザクレトはゆっくりと頷く。
「繁盛しているな。良いことではないか。」
シュウも笑みを浮かべる。
「おかげさまで。」
閉店時間も迫ってきていたが、今日はなかなかに忙しい日だった。最近では、こういう賑やかな日が増えた気がする。店内の空気が人の声や笑いで満ちる時間は、シュウにとって心地の良い疲労感と達成感を伴っていた。
ザクレトは、ここ最近はすっかりバーボンにご執心だ。特にお気に入りは、ブラントンをロックでゆっくりと楽しむスタイル。氷がカランと音を立てるたび、彼の口元に微かな笑みが浮かぶ。
「…んん。美味い。」
シュウはザクレトを見ながら、少し微笑む。
「今日はピトはいないのか。」
ザクレトは肩をすくめる。
「ああ、今日は別行動だ。」
静かな店内に、二人だけ。
ザクレトとシュウだけの時間は、普段の喧騒とは違う、妙な落ち着きがある。
ピトもいない、ザクレトと完全に二人きりというのは、初めてかもしれない。
「なあ、ザクレト。」
久しぶりに、”レオン”ではなく、ザクレトと呼ぶ口調。呼び慣れた名前が、どこか距離感を柔らかくする。
そして、ふと、長いこと気になっていた質問をぶつける。
「どうして、正体がバレるリスクを冒してまで、飲みに来てくれるんだ?」
ザクレトは軽く笑った。
「なんだ?突然」
シュウは少し眉をひそめる。
「ザクレトが、お酒が好きだってのは分かってるけど。…」
ザクレトはグラスを手に取り、ゆっくりと回す。氷が軽やかに音を立てる。
「ふむ…酒は世界を繋ぎ合わせる芸術だと、昔、人間から教わってな。」
シュウは思わず目を丸くした。想像もつかないという表情でザクレトを見つめる。
魔王である彼が、”人間から教わった”とは――。
「話したことなかったか。…じゃぁ少し、昔話をしてやろう。」
二人だけの店内。
時間はゆっくりと流れ、カウンターの奥に並ぶボトルの光が、柔らかく揺れている。静かで、温かく、そして微かなアルコールの香り、深夜のバーの一夜。
ザクレトは静かに語り始めた。




