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異世界でバーを開いたら魔王が入り浸っているんだが  作者: 楢館祥人


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5-1 宵越の昔話

季節の変わり目を迎え、街の空気にはほのかな冷たさと、どこか甘い匂いが混ざっていた。人々の服装も少しずつ冬を意識したものへと変わり、色とりどりのマフラーやコートが道行く人の動きをゆったりとしたリズムにしている。


店のドアを開けば、温かな光と静かなジャズが迎えてくれる。異世界の片隅にあるこの小さなバーは、日常と非日常の境界線のような場所だ。シュウはカウンターの向こうで、軽く息をつきながら笑顔を作る。


「いらっしゃいませ」


ドアを押して入ってきたのは、少し緊張した様子の二人組の男女だった。

「…二人です。」


シュウは柔らかく頷き、奥の席へと案内する。手にはおしぼりを持ち、丁寧に差し出す。

「どうぞ、こちら手拭きにお使いください。」


戸惑いながらも、二人はおしぼりを受け取り、視線を合わせる。女の方が小さく呟いた。

「なんか、緊張するね。」


男もそれに合わせる。

「そうだね。」


シュウはにっこり笑い、肩の力を抜くように声をかけた。

「肩ひじ張らずに、気軽に楽しんでいってくださいね。こちらがメニューです。」


メニューには、見慣れないお酒やカクテルの名前が並んでいた。しかし、この世界の人々にとってそれらは未知の味。だからシュウは、味の好みやアルコールの強さをもとに選びやすいよう、工夫を凝らしていた。


二人を見つめながらカウンターに立つシュウの耳に、ドアの開く音が届く。振り向くと、少し見覚えのある男が入ってきた。シュウの心がわずかに跳ねる。

「いらっしゃい…あ、また来てくださったんですね。」


その男を、先ほどの二人組の席から少し離れたスツールに案内する。席に着くなり、男は注文を告げた。

「こんばんは。ジントニックをお願いできる?」


ジントニックを頼まれると、シュウの手に少しだけ緊張が走る。ジントニックはシンプルながらバーテンダーの腕を試されるような一杯だ。この世界では、カクテルそのものがまだ新しい飲み物であるとはいえ、手際一つで味の評価が左右されるため、腕が試されているような気持ちになる。


「かしこまりました。」


シュウは氷の音を確かめながら、ジントニックを作り始める。

その横で、先に入った二人組はメニューと睨めっこしている。シュウは視線を送りつつも、気配りを忘れない。


「ジントニックです。」


グラスを差し出すと、男性は少し微笑んで受け取る。

そしてシュウは、注文に悩んでいる二人組に自然に声をかけた。

「このお店ははじめてですね?」


男性は頷きながら答える。

「普段はバルに行くんだけど、ここで出るエールが美味しいと評判で。今日は彼女の就職祝いで来たんだ。」


シュウは微笑みを返す。

「それは、おめでとうございます!何かお好きなものとか、ありますか?」


「…以前、チョコレートというものを飲んだことがあって、、。その時の味は忘れられない…です。」


その言葉に応えるように、シュウは手際よく準備を始めた。


静かな動作でカクテルグラスの片側に桜パウダーをつけていく。続いてミキシンググラスに氷を入れてグラス全体を冷やした後、ココアラムとチェリーブランデーを注ぎ、氷とともに再度ステアする。ストレーナーをかぶせて、先ほどスノースタイルに飾ったカクテルグラスへ静かに注ぎ入れる。中央に少量の桜パウダーを落とし、チェリーでデコレーションして完成だ。


「どうぞ、ルベウス・ブロッサムです。」


二人に出したのは、シュウのオリジナルカクテル――。


チョコレートの香りと桜の塩味が溶け合い、深みのある甘みと余韻に残るほのかな苦味が舌の上で広がる。口をつける位置によって味が変わるカクテルは、記憶に残る特別な一杯だ。


「美味しい!こんなの、飲んだことない!」


男性も女性も目を輝かせ、微笑む。新しい門出を祝う、まろやかで甘味豊かなカクテルは、まるで記念日の夜そのものを象徴しているかのようだった。バーテンダーとしての冥利に尽きる瞬間である。


その後も、店は入れ代わり立ち代わり客で賑わう。ふと、ドアが開き、見慣れた姿が現れた。


「座れるか?」


ザクレトだ。見慣れた姿を見ると、シュウの胸に、どこかほっとするような妙な安心感が広がった。


「いらっしゃい、奥の席にどうぞ。」


シュウが案内すると、ザクレトは軽く頭を下げて座る。その背中を見ながら、シュウはふっと笑みをこぼした。夜はまだ長い。新しい季節、そして新しい出会いに彩られたこのバーで、今日も物語がゆっくりと紡がれていく。

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