4-2 バーカラビナへようこそ
カウンターの奥でシェイカーを拭いていたシュウは、ふとお客さんの気配に気づいて顔を上げた。
開いたドアから、陽気な声と共に二人の客が入ってきた。
「おう、遅くなった!」
「お酒飲みに来たぞ!」
入ってきたのは、冒険者仲間のサルマとゾーだった。
どちらも屈強な体つきで、日焼けした肌と傷跡が歴戦を物語っている。
「シュウ!贈物を持ってきたぞ!」
「俺も、プレゼントってやつだ。」
二人からそれぞれ差し出されたものは、一脚のグラスだった。
「……グラス?」
思わずシュウが首をかしげる。
サルマとゾーは顔を見合わせ、同時にふっと笑った。
「同じの持ってくんなよ!」
「そっちこそ! ガサツなお前がグラスなんて似合わねーぞ!」
グラスを持ったまま、取っ組み合う二人を見て、シュウは慌ててなだめようとする。
酒場の空気が一気に和む。
ゴロが大きな手を叩いて笑い声を響かせた。
「おいおい、喧嘩すんなよ、二人とも!気が合う証拠じゃねぇか。」
「みんなどうしたんだ、今日は? 同じ日に来るなんて珍しい。」
サルマとゾーともつれ合ったままのシュウが首を傾げながらゴロに問いかける。
フォルンが苦笑混じりに答えた。
「やっぱり忘れてたんですね……。今日はシュウさんの誕生日じゃないですか」
不意を突かれ、思わず声が裏返って変な声が出た。
そのとき、再びドアが開き、ノルムがゆっくりと入ってきた。
彼女の手には、淡い黄金色が透けて見える瓶が抱えられている。中身は純粋なハチミツだった。
「ごめーん。ちょっと遅れちゃった? はい、これ。お誕生日のプレゼント。森の養蜂師さんから分けてもらったんだ。」
ノルムは照れくさそうに差し出す。
「ハチミツ?」
「甘味料としてもいいし、薬にもなるよ。」
「うれしい!ありがとう!」
一気ににぎやかになった店内。冒険者仲間の3人も順々に席についていく。
3人の注文をそれぞれ聞き、シュウは手を動かし始めた。
「これで……レオンたちが来てくれたら、全員揃うんだけどな。」
サルマがふと口にしたその言葉に、店内の視線が自然とドアへと集まる。
だが、ドアは静かなまま。
それでも空気はすでに祝祭のそれだった。気づけばカウンターの上は、宴の舞台に変わろうとしていた。
「今日はこのまま貸切にするか。」
シュウは肩をすくめ、看板を手に取った。
外に出て「CLOSE」の札をかけると、夜風が頬を撫でた。
ふと視線を下ろすと、お店の前に見知った二人の影があった。
ザクレトとピト――毎日のようにバーに顔を出す、どこか憎めない二人組。
しかし今夜は、珍しく肩を落として座り込んでいた。
「…。 おい、そんなところでどうしたんだ?」
声をかけると、ザクレトが気まずそうにうつむいたまま口を開いた。
「いや……店の中がずいぶん楽しそうでな。ワシらなんかが入っていい雰囲気じゃないなって思って。」
隣で同じように座り込んでいるピトも小さく頷く。
「……それに、プレゼントとか用意してなくて……。」
その言葉に、シュウは吹き出した。
「ぷっははっ! そんなこと言ってないで。ほら、入れよ! みんなも待ってるぞ。」
店内に入ってくる3人を見て、先に席についている常連たちは笑顔で迎え入れた。
サルマが笑いながら叫ぶ。
「おー、遅いぞ!レオン! 席はちゃんと空けてあるからな!」
「そうだ 待っていたぞ!」
ゾーがグラスを持ち上げる。
ゴロは豪快に笑いながら、大きな手で2人を手招きした。
「お前らも飲め! 祝いの場は人数が多いほど賑やかになるもんだ!」
フォルンがにこやかに近づき、二人を席の方へと案内する。
ザクレトとピトは顔を見合わせ、同時に笑った。
そんな様子を、シュウは和やかに見守っていた。
やがて、シュウのも含めて全員のグラスが満たされた。
色とりどりの酒が揺れ、店の灯りが煌めき、店内はまるで小さな星空のように輝いた。
「それじゃあ、シュウの誕生日に――乾杯!」
グラスが一斉に天高く上げられ、笑い声とお祝いのムードが店内を満たす。
シュウは胸の奥がさらに熱くなるのを感じた。
こっちの世界に来て、こんなに多くの仲間に祝ってもらえる日が来るとは思わなかった。
突然に異世界に流れ着いてからは、不安も孤独もあった。だが今、自分の周りにはかけがえのない仲間たちがいる。
サルマとゾーはくだらないことで張り合い、ゴロはバーテンダーが使う道具に興味津々で、ノルムはレオンと何やら話し込んでいる。
ピト「見てみて!シュウ!似合う!?」
ピトの腰には、ノルムからもらった銀の笛が、ぶら下がっていた。どうやら笛を固定できるベルトをフォルンに作ってもらったようだ。
ピトは持参の笛を吹いて、場に柔らかな音色を添える。
ザクレトはといえば、つい調子に乗ってはみんなに突っ込まれ、それでも嬉しそうに笑っていた。
グラスは何度も満たされ、歌声が響き、時間の感覚さえ忘れるほどに賑わった。
魔王と妖精が人間たちと打ち解けて、お酒を酌み交わしている姿は、この世界では信じられないほどの奇跡なのだろう。
皆が安心した表情で笑いあっているところを見ていると、シュウはその光景に自分の居場所をしみじみと感じていた。




