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3-2 遺跡の冒険譚

朝靄が漂う茂みの中を踏みしめながら、黒髪の男がゆったりと歩いていく。肩に乗った小さな影が、緊張した面持ちで彼を見上げた。


「ザクレト様、本当に行かれるのですか?」


声を潜め、妖精ピトが尋ねる。


「まぁいいじゃないか。何か面白い発見があるかもしれんだろう。」


男は低い声で答え、どこか楽しげに目を細めた。


「ピトの方こそ姿を現すなよ。」

「わ、わかってますよ!」


ピトは頬を膨らませながら、首元に巻かれた毛皮のようなものに潜り込む。


「ザクレト様こそ、魔法は使っちゃだめですよ! 人は魔法を使えないんですから!」

「心得ている。」


ザクレトは肩をすくめた。――魔王と呼ばれる存在が、人の町で「レオン」という偽名を名乗り、今や人間の冒険者たちと旅立とうとしているのだ。


その時、前方から手を振る声が響いた。


「お、来た来た。おーい!」


サルマだった。

陽に焼けた肌、背に大剣を背負ったその姿は、元傭兵らしい逞しさに満ちていた。彼の背後には二人の仲間が控えていた。


「待たせた。」ザクレト――いや、レオンが歩み寄る。


「いや、助かるよ。」

サルマは笑い、仲間に手を向ける。


「紹介しよう。これが俺のパーティだ。」

剣士サルマの横で、栗色の髪を結わえた女性が一歩前に出た。背には弓を、腰には銃を携え、その鋭い瞳でレオンを値踏みするように見つめていた。


「……ちょっと、ちゃんと紹介してよ。」

彼女の名はノルム。勝ち気な雰囲気をまといながら、その奥に繊細な影を宿している。


「ああ、ノルムと、ゾーだ。」

サルマが最後に手のひらを差し出したのは、背丈は低いが、全身が岩のように頑丈な男だった。

腰には大ぶりのハンマーを提げ、短い腕で軽々と担ぎ上げている。


ザクレトは一目で彼がドワーフ族だと見抜いた。


「そんでこちらが、これから先の案内をしてもらう"おっさん"だ!」


サルマがレオンの肩を叩きながら紹介すると、ノルムとゾーが同時に目を丸くした。


「……おっさん?」


ザクレトは口元に笑みを浮かべ、簡潔に告げた。


「レオンだ。」

「そう、レオンだ!」


ノルムは警戒心をあらわにし、眉をひそめながらサルマに詰め寄った。

「まさか名前も知らないまま旅に誘ったの!?」

「大丈夫!いい人だって!」


武器らしきものを持たずに現れた怪しさ満点の男に、ゾーが太い声で尋ねた。

「武器を持たぬとは……闘拳士か。なかなか珍しいな。」


レオンは微かに目を細め、肯定も否定もしなかった。

沈黙を守るレオンを見て、ゾーが畳みかける。


「大丈夫か?戦えるのか?」


ピトが思わず吹き出しそうになり、慌てて口を押さえた。

その仕草を、ノルムの鋭い耳が逃さなかった。


「ん? 今、耳元で何か……?」

「どうした?」


サルマがレオンの方に振り返るが、周囲には彼ら以外誰もいない。

ただ不思議な空気だけが残り、ノルムは首を振ってその場をやり過ごした。


「なんでもない、気のせいね。」


ゾーが割って尋ねる。


「それで? これからどこに向かうんだ?」


サルマが前方を指さした。


「川の上流の先に遺跡があるらしい。ちょうどギルドの調査依頼もあったし、レオンもその場所について詳しいっていうから案内してもらうんだ。」


その言葉を合図に、一行は目的地に向かって歩き出す。


---------


歩き始めると、景色はどんどんと変わっていく。

青々とした草原が広がり、遠くには山脈が連なっている。鳥の声、風の匂い――人間の世界の大地は、魔王にとってもどこか懐かしさを感じさせた。


「なぁ、レオン」


サルマが歩調を合わせて声をかける。


「突然誘って悪かったな。けど、あんたみたいな経験豊富そうな案内役がいると心強い。」

「経験豊富、か。」


レオンは意味深に微笑む。――彼が歩んできた年月は、人の一生など比べものにならぬほど長い。

ノルムはそんなやり取りを横目に見ながら、まだ疑念を捨てきれずにいた。


「サルマ、本当にこの人のこと信用していいの?」

「大丈夫だよ。」


サルマは断言する。


「俺の勘は外れない。」


ノルムはため息をつき、しぶしぶと後ろをついていく。

ゾーはといえば、すでにご機嫌でハンマーを肩に担ぎ、鼻歌を歌っている。


「まったく……。」


ノルムは呟く。だが、彼女の視線の先で歩くレオンの背中には、不思議な威圧感と同時に、妙な安心感が漂っていた。


ピトは、他の3人に見えないように、小さく羽を潜ませる。


――魔王が人間の冒険者と共に冒険の旅に出るなど、滑稽な話だ。

けれども、主の瞳が久しぶりに輝きを帯びているのを、ピトは知っていた。


「ザクレト様……。」


小声で囁いた言葉は、誰の耳にも届くことなく、朝靄の中に溶けていった。

一行はやがて、遺跡へと続く道を踏みしめていく。

それぞれの胸に、異なる思惑と予感を抱えながら。

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