ロマンス詐欺
本当にこんなもんで騙される人間がいるなんて、日本の年寄りはちょろいなと思ったよ。
それは少し悪いとも思うけれど、潜水艦からSNSを送れるとか信じる方もどうかって思うんだ。
俺は聖也。親は多分、母さんが好きな漫画か、何かを参考に適当につけれれたんだと思う。神の清らかさみたいな意味らしい。でも、名前とはかけ離れた人生を送ってしまったな。
中学から不登校だったし、気がついたら35歳を過ぎて道端で借金抱えて生きていたよ。
それでも、スマホだけは解約せずにいたんだ。課金したゲームとか、仕事とか、これさえあれば、なんとかやっていけたから。
夏の暑いある日、借金の返済でつめられた俺は、ワンチャン、人生を賭けて闇バイトにエントリーしたんだ。
正直、初めはビビったけど、表も裏も、最近は不景気で仕事の依頼なんてそれほど無っかった。
いや、流石に、マジで犯罪臭のするような仕事は受けずにいたんだ。
でも、そんな気持ちは財布の100円玉がなくなると同時に消え失せたよ。
ほら、今年の暑さ、ガチ、殺人レベルじゃね?
で、路上で死ぬより、クーラーのある屋内で過ごせるなら、それでいい気がしたんだ。
それはオペレーター、メールでの話し相手の募集という、ありきたりの言葉で、でも、時給5000円と言うところで闇に染まったそんな案件だった。
俺は早速メールして、速攻、小綺麗なアパートに入居した。
こういう仕事だと、普通は汚いボロアパートなんかを想像すると思うけれど、そういう物件だと音が漏れるし、疑われるから、結構、いい感じのマンションを借りて使っているんだと、スマホのリーダーが説明してくれた。
ああ、依頼者に会うことはない。本当に、スマホさえあれば、なんでもできる、そんな時代だって実感したよ。
一時間が過ぎると、電子マネーがチャージされてそこからゲームはスタートする。とにかく、送られたリストを手掛かりに、送信する。
時給ではあるけれど、一日の時間は決まっていて、そこからは送信の数の歩合性になる。
家電は備え付きで、外出は自由。でも、備え付けのパソコンから操作をしないと歩合にならないから、外に出たりはしなかった。
一時間ごとに、やれば電子マネーが増えていったし、何もしないと、手数料を取られてゆく。
冷蔵庫には沢山の豪華な食べ物があったし、外に出ている場合じゃないと思ったんだ。
普通は、そう、引っかからない。でも、マネーは増えて行くから気にはしなかった。が、ある日、初のヒットがあったんだ。
全くびっくりしたよ。相手からアクションがあると、ボーナスが10,000円つくんだから。
そして、その引っかかったメールが、潜水艦の乗組員。なんてどうにも笑えないふざけた内容のものだと言うことにも驚いた。
初めまして(^ー^)
と、絵文字が使われてるから、年寄りだと思った。これはなんとかできそうな気がしたんだ。
俺は初めましてと返して、混乱していると、AIがアドバイスをしてくれる。
本当に楽な世の中だと思った。
俺はAI とカモのおばさんがいい感じに話が進んでいるかを観察していればいいのだから。
俺はAIのコメントをコピペして、おかしいところは少し変えて話を始めた。
相手は50代の女性だった。
息子がダイビングが趣味だとか、現在、南の国で潜っているんだとか、どうでもいい個人情報を勝手に晒して嬉しそうにしていた。
数日、そんな無駄話の後で、AIがやっと仕事を始めた。
潜水艦が水中で故障したと言うのだ。
助かるには100万円を電子マネーで修理屋に払わなきゃいけない。
マジでイカれてると思った。
こんなふざけたコメントを送っていいか、迷ったが、AIは自信満々で、迷っている間にも、せっかく溜まった電子マネーが減らされるのを見ていたら、思考が止まった。
すでに、俺の電子マネーは10万円は溜まっていた。ほぼ、何もせずにスーラーのある部屋でパソコン触って数日で10万円。
普通なら、ここで減っても気にすることはないんだが、一度、入金されると減って行くことがたまらなく嫌に感じるのだ。
ついでにAIは、早く送らないとこの案件を他に回すとか脅してくる。
俺は送った。
どこかの海底で、壊れた潜水艦に取り残された人物になりきった。
おばさんは信じてくれたのだろうか?返信が来る5時間がとても長く感じた。
普通なら、ここで時間を取らずに送金をさせる方がいいと思うのだが、最近はそう言う焦った感じのメッセージは逆に疑われるとAIがアドアイスをする。
通報されて捕まるかもしれない。
地獄のような5時間が過ぎた。
そして、とても短いメッセージがきた。
お金、送りました。健闘を祈ります。
なんとなく、違和感はあった。が、その後の入金メッセージと、借金の完済の知らせが届き、罪悪感も違和感のなくなった。
それにしても、割と沢山報酬がもらえるものだと思った。
俺の雇い主は、悪だがいい奴だと、そう思った。
田舎のファミレスで、痩せ型の50代の女性が心配そうに向かいに座る男を見つめていた。
猛暑だと言うのに長袖のストライプのスーツに蝶ネクタイ。
見た目年齢は30代前半というところだろうか?
金髪、でも、染めたものではなさそうな自然な生え際を女は見つめていた。
「契約は済みましたよ。これでご子息は大丈夫。無事に生還されますよ。」
男は世間話をするように笑った。
が、それが命のよりとりであることを知る女は笑えなかった。
「これで、よかったのでしょうか?」
不安が言葉に滲む。男は同情するように彼女を見て目を細める。
「ええ。どちらにしても、熱中症で死んでる魂です。お気になさらなくても。」
男はコーヒーを飲んだ。女は少し迷って、それから自分の罪を飲み込むように頷いた。
「そうですね。どちらにしても、振り込んでしまったのですもの。もう、取り返すことはできませんわね?」
恨み言のように苦笑して女は言った。男は穏やかな笑みでそれを受ける。
「はい。もう、契約は成立しました。貴女は100万円でご子息の命を買ったのです。あの男は借金を返したかった。その為に、命をかけてもいいと思っていましたから。お互いwin-win。では、あとは私の契約書にサインをお願いします。」
男は見慣れない丈夫そうな巻紙を取り出した。中の文字は読めなかった。が、彼女にはどうでもいい事だった。どちらにしても、悪魔の契約はなのだから。
ハンドバックからボールペンを取り出して勢いで名前を書いた。
男は、それを丹念に確認して不備が無い事を確認するとしまった。
「では、私はこれで。私のようなものと、長くは居たくはないでしょうから。」
男は自重気味にそう言った。女は不安そうに男を見る。それに気がついて男は優しい笑みでこう、付け加える。
「大丈夫ですよ。寿命の間は普通に生活できますから。魂の回収は随分と後になると思います。」
男の言葉に、女は少し切ない顔で聞いた。
「はい。それは、息子の命が助かるのなら、私は…」
「大丈夫。数分後にダイビングで行方不明の息子さんが見つかったと連絡がきますよ。」
男は慰める。女は男を見つめて聞いた。
「最後にお名前を。教えていいただけませんか?」
女の言葉に男はとてもチャミングに微笑んで断った。
「ダメですよ。悪魔は名前を知られる訳にはいかないのです。」
男は立ち去った。
テーブルに黒い羽が一枚、舞い降りた。
怖いのか、よくわからないけれど、ロマンス詐欺のニュースを見ていて、なんとなく作りました。
もし、だまっしていた方が騙されていたとしたら?
という感じの話です。
本当は名前を出そうと思ったのですが、本編で名前を出してしまうと、エクソシストに払われてしまうので、ここは出す訳にはいきませんでした。
最後の黒い羽はツグミのものです。
これで名前がわかったら、魔術を依頼した女性は地獄に行かずに済むかもしれません。
でも、その名を知っても地獄へ堕ちてしまうのかもしれません。悪魔はとても魅力的ですから。
彼女のロマンス詐欺は、ここからが本番なのかもしれません。