ヤカン
その日の夕方、私はラーメン屋に山臥といた。
山臥は友達で、昔は一緒にフリマに行っていた。最近ではそれほど会うことがなくなったが、たまに副業を紹介してくれる。
今日は少し遠くの農家の雑用をしたその帰りである。
お腹が空いていたので、ラーメン屋に入ったのだった。
「ここ、オススメは味噌ラーメン。地元の野菜いっぱいだからね。」
と、言いながら山臥はビールを頼む。昔はイケメンだったその顔は外仕事で日焼けしてシワも増えた。まあ、私も中年になってしまったが。
「わかった。」
私は味噌ラーメンを注文した。山臥は餃子を二皿頼んで私に一皿くれた。
「今日は俺のおごりだから。」
座敷にあぐらをかきながら山臥は両手を広げながら殿様の様に餃子をふるまう。
「ありがとう………私もちゃんと送るよ。」
ため息をつきながらそう答えた。山臥は仕事帰りに酒を飲めると言うことで車で送ってくれ人物と仕事をしたがる。我々はしばらく、今日の仕事の話や、世間話をして、話が詰まったところで私が口を開いた。
「そういえば、私、ネットで小説書いてるんだけれど、今回は水の怪談なんだ。なんか、面白い話無いかな?」
恐る恐る聞いて見る。随分と昔、謝礼のクーポンが欲しくて怖い話を集めていたら、仕事のお守りのパワーストーンが真っ二つに割れて、マジで大変だった事を思い出して思わず不安になる。が、まあ、今回は金が絡んで無いし、まあ、大丈夫だろう。
私が欲と損を考えていると、中生をゆっくりと飲みあげた山臥はほろ酔いの甘い顔で私に聞いた。
「いいよ。水の怪談だろ?ある日、俺が夜中に目を覚ましてトイレに行くと…」
「かっぱの話は無しだからね。」
便器からカッパが顔を出すと言うのは山臥の飲みトークのネタである。
私に止められた山臥は甘く苦笑してロマンスグレーの髪を搔き上げる。
「欲しがりさんだね…んーなにかあるかな?」
山臥は60年代アメリカ映画の様なウインクをして少し考える。かんがえながらしっかり酒を注文する。
「そうよね。これ、わりと難しいのよ。水が主体の恐怖って。
確かに、川とかの怪談とかは思いつくんだっけれど、川の石のの話とかは、川ではなく、石が基本だもんね。」
私も少し悩む。悩みながら運ばれた味噌ラーメンを口にする。
基本、水は流す機能があるので、水は払い、浄化のイメージが私にはある。だから、水が怖いとはならないのだ。
「石の話?」
山臥は無駄に甘く低い声で口説く様に聞いてくる。
「うん…子供の頃、よく、川で石を拾ってきたんだよ。」
私は小学生の夏の日を思い出していた。
「石拾いか…昭和って感じだね。」
ふっ、っと山臥は甘く笑う。なんだろう?こう言う、少し残念なコメントをした時の山臥の「ふっ」は、歌劇団の男役の様な、中性的な甘さが加わる。
「悪かったわね、アンタは泥団子でしょ?」
と、睨んだら、山臥は泥団子の話を始めてしまい、失敗したと思った。仕方がないから、ラーメンを食べながら作戦を練る。
水の怪談って何かあるんだろうか?
「何を考えてるの?」
山臥に聞かれてハッとする。
「ああ、ごめん、考え事してた。」
「水の怪異?」
「違う、思えば、私の怪談って…あんまり怖くないな、っておもって。」
私は苦笑する。私は基本、怖い話は好きだけれど、人を怖がらせる文書を書くのはあまりうまいとは言えない。よな?でも、毎回、ホラーのイベントは参加してるんだから、まあ、評価も貰ってはいつんどろうけれど。
「怖くない、怪談って?」
山臥は不思議そうに私をみる。
「あら、怪談とアクション、パニックもの、これって緩急が命だから、一歩間違うとコメディになるんだよ。」
私はため息をついた。
「ああ、近くの悲劇は辛いけれど、遠くの悲劇はコメディになるって、そんなセリフあったね。」
映画ファンの山臥は、何か、物語を思い出した様にそういった。
「うん。まあ、そういうハプニングもあるけれど、私の体験談も、なんかお笑いに流れて行くのよ。
例えば、お父さんが危篤の時もさ、あったんだよね、『呼びに来る』って現象が。」
私は苦笑した。山臥は臨終物と聞いて少し興味を持ち始める。
「どんな話?」
優しげに私を見つめる仕草が、なんだか少女漫画を思い出させる。山臥はもう、こんな仕草が体についているのだろう。
「ああ、私のは、フェイントというか…よくわからないんだよね。」
つい、見とれた私は急いで自分の話に戻した。
「フェイント?」
「うん、確かに、怪異といえば、怪異なんだけれど、オチがないというか…」
「怪談にオチは必要ないだろ?」
と、山臥は軽やかに笑う。
「そうかな…」
と、私は話し始めた。
私が子供の頃は、夏は怪談がメインだった。そして、そこにもテンプレは存在した。
大体、怪奇特集は、お盆のあたりにあって、その為か家族で見る、少し説教くさい内容でもあった。
そのテンプレで最強なのが、家族が無くなる時に知らせに来る。という現象があった。
今の様にスマホを常時持っている時代ではないので、電波の代わりに危篤の本人が知り合いに会いに行かなくてはいかなかった。
で、家族の方も、微弱な霊波を捉えないといけない。
だから、暮れや盆、暑中、年賀などの挨拶は必須だった。この辺りで愛する人の体調を知っておかないと、なかなか霊の挨拶なんて分かりようもない。
親はテレパシーを信じてはなかったが、家族の情で死に際の想いは伝わるはずだと、それは無条件で信じていた。
今思うと…それは、大好きな人の事なら、火事場のバカ力の様なもので、日ごろは惚けて生きていても、ワンチャン明智小五郎ばりの推理力が発揮される。みたいな体育会系の想いだった気がする。
これは、怪異であって、半分は推理力と愛情と観察眼という、なんだか理数系のノリが混ざり合った感情なので、なんとか、受信しなきゃいけないような気がするものだった。
最近、アイドルやSNSの画像で色んな事を特定する人の話を聞くと、人間、好きなら物凄い力が発揮されるのは本当なんだと思ったりもする。
が、私は明智小五郎にはなれないので、そこは霊の方が頑張ってくれるものだと思っていた。いつか王子様が艱難辛苦を乗り越えて私を見つけてくれるように、亡くなる方が、私に必死にアピールしてくれるもんだと信じていた。
とは、いえ、頑張ってくれるといっても、携帯の電波じゃないいだから、絵文字付きでテキスト化されるわけではない。
スマホだって、メッセージが来た時の音は確認してなきゃ、聞き逃してしまうように、あらかじめ、合図は確認するべきだとは思っていた。
お盆の怪談は、そんなふざけて、真面目な、愛情の合図の話をサラリとかわせる機会だもあった。
お父さんは…なんていっていたのだろう
忘れてしまったけれど、昭和の日本人なら、大体のテンプレがある。
よくあるのは、靴紐が切れるとか、箸が折れるなんかの迷信系。
お寺だと、ヤカンが急に沸騰するなんてのがあった。
昔は、寺は不意な客の為にお湯を沸かしていて(電動ポットはなかった)、その為に、そこの和尚様は、ヤカンの気配で檀家の人達の死を感じていらした。
科学的とか、コンプラ的にはどうかは知らないが、和尚様だって、生活がかかってるし、檀家の人達の体調や生活は注意を向けてくださっていたからだと思うけれど、そこの和尚様は本当によくあてていた。
昔の田舎なので、男衆がお寺に集まって色んな話をしてりしていたこともあり、囲炉裏にかけられたヤカンの蓋がが不意にカタカタとなったりすると、和尚様が
「ああ、あそこの爺様が挨拶に来ました。」
などと物騒な事を涼しげに言うのだ。で、良いタイミングで本当に訃報の電話がなって、遊びに来ていた檀家のおっさん達がビビるのだ。
これは、通夜や葬儀の時の話題になって、うちの和尚は日本一!とばかりに持ち上げらて伝わる。
誰も、文句を言うものはいない。だって、和尚がなんかチートの方が、亡くなった人も良い来世に行ける気がするし、何しろ、そこの親族が泣きながら喜んで酒やご馳走を振る舞うんだから、もう、尾ひれがついて良い感じに仕上がるのだ。
逆に、和尚様に見つけてもらえないと、それも問題になるから、和尚様も昭和のサイキッカー並みに大変だったと思う。…って…
「あああっ。なんで、私って、こう、脱線するんだろう?」
ここまで話て私は叫んだ。
「どうしたんだい?面白かったよ。」
山臥はお代わりのビールを手に適当な返しをくれる。
「どうもこうも( ;∀;)なんか、私のホラーが怖くない原因が分かったわ。欲よ。欲。
ほとの欲とか、人間臭さを解説するから、お化けの怖さが出ないのよっ。心が汚れてんだわ(TT)ああ、和尚様の生活とか
そんな事を言いだすから、なんだかマヌケなはなしになるのよね。」
ため息をつく私に、山臥は爽やかに微笑みながら祝福をくれた。
「良いじゃないか。ヤカンの沸騰なら、お湯、水が関係した怪異になっただろう?」
「あ、」
と、声を漏らして複雑な気持ちになる。本当にこれで良いのかな?
まあ、締め切りが近いし、これでなんとか書いてみようか。
私は味噌ラーメンを汁まで飲んで、腹を決めた。