表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖精の森  作者: 四つ葉
6/8

 ᛋᛁᛗᛟᚾ

 ノアが立てるようになると、できる限り急いで、二人は交流施設へ向かった。広場を作るのであればこの辺りにとアルベルトが以前話していた場所に真っ赤な重機が置かれていた。ニルスと交流施設の近隣住民が重機の前で何かを話し合っているようであった。少し離れた場所にコニーが言葉もなく、立ち尽くしている。自分がようやく就職した会社の社長が、突然森の木を切り始めれば、呆然もするだろう。不安そうに立ち尽くしているコニーに駆け寄り、シモンとノアは声をかけた。

「ノ、ノア様!? まだ王には会いに行かれてないのですか!?」

 ノアがいることにコニーが驚く。ノアが首を横に振った。

「いえ、もう王にはお会いして、誠心誠意謝り、今回は許していただきました」

「次はこっち! 王はもう怒ってないから怖いものないよ! ──アルベルト!!」

 コニーを安心させて、シモンはすぐに重機の近くまで駆け寄る。ニルスたちと揉めているアルベルトの前にシモンは立ちはだかった。

「なんだよ、皆して、作業の邪魔して。轢き殺されたいのか」

「ルールを何も守ってない重機が動いてたら、命がけで止めるよ! 今年は広場づくりはダメだって言ったはずだ! どうしてこんなことをした!? 人間の許可も妖精の許可もなく森の木を切ったら、広場づくりどころか、明日からお前は生活できない!」

 シモンの叱責にしかしアルベルトは表情一つ変えなかった。平然としているアルベルトにシモンは強い違和感を覚えた。

「な、何、その視線?」

「重機を動かすルールは知ってる。エストホルムに許可を取って、二週間前から近所の人に告知してってあれだろ? それを愚直に守っているとなんだかんだと一か月近くかかる。今は四月下旬で、広場の完成を間に合わせたい夏至祭は六月の下旬。重機を動かすだけで一か月もかかっていたら、絶対に夏至祭に広場が間に合わない。要はトラブルにならなければいいんだよ。シモン様は広場づくりに反対しなかったから、それを許可と捉えていた。街の人と妖精からは事前に許可は取ってある。時間を無駄にするのが嫌いだから確かに二週間前の告知はしなかったけど、要は許可があればいいんだ。問題ないだろ?」

 重機を動かしたアルベルトの身勝手な理由にシモンは怒りで気が狂いそうだった。

「お前の勝手な行動のせいで、僕はノアが死ぬところだったんだ!」

 白樺の王から今回の件の許しは得たが、それでもシモンは一度は白樺の王にノアの心臓を差し出せと命じられた時の恐怖をまざまざと思い出しては怖くなる。

「街の人たちの許可も妖精たちの許可もいつ出たっていうんだ!?」

 シモンの怒りの言葉に重機の傍にいた女性がシモンを見た。ビョルケルの人に多い金髪の長い髪に青い瞳、ハンスよりやや年上でありながら、背は高く、すらりとした体格で、ベージュのコートを着ている。交流施設の近くに住んでおり、ビョルケルの商工会議所の副所長のアンネだ。シモンもアルベルトも仕事でよく会う一人であった。

「いえ、アルベルトさんが広場づくりのために森の木を切るって話は聞いてますし、納得しています。ただいきなり今日、重機で切り倒すって話は聞いてないので驚きましたし、さすがに作業を止めに来ました」

 アンネは商工会議所で管理している重機を勝手に持ち出し、木を切り倒したアルベルトを非難しに来たのだと思っていたシモンは、アンネの説明をすぐには理解できなかった。

「……へ? 納得してるの!?」

 アンネの反応に驚き、シモンは素っ頓狂な声を上げてしまった。もっと早くから事情を聴いているはずのニルスを見れば、彼もまた複雑そうな顔をしていた。

「アンネさんから一通り話を聞いたんですけど、アルベルトさんは確かに必要な人の許可を取ってるみたいなんです。人間側の許可は問題ありません」

「ええ、コニーを社会復帰させてくれた人なので、私たちもアルベルトさんに協力してやりたいということになりましてね。ビョルケルの商工会議所のメンバーも一緒に広場づくりに納得してない人の説得をしたんですよ。人間側の許可については私が保証します。こういうのは外の人より、中の人からの説得の方が効きますからね」

 彼女の誠実な仕事ぶりをシモンはよく知っていた。彼女が保証するというのであれば、アルベルトが必要な許可を取ってきたことを疑う余地はなかった。

「ほら、見ろ。俺はきちんと許可を取ってる」

 ビョルケルの商工会議所の副所長の言葉を受けて、アルベルトは堂々と胸を張った。

「え? じゃあ、何も問題ないってこと……?」

「妖精たちの許可はコニーが取ってるよ。なあ、コニー!」

 アルベルトがコニーを呼ぶ。ノアの隣で不安そうにしているコニーが呼ばれて、表情を変えた。コニーの隣に立つノアが、不思議そうな顔をする。

「あれから許可が取れたのですか?」

 静かな声でノアがコニーに尋ねた。

 以前、コニーは妖精たちから木を切る許可を取れなかった。あれからまた話し合って、決着がついたのかと。それであればノアもシモンもエストホルムと近隣住民への重機使用の告知がなかったことは不満だが、怒らない。いや、そんなはずはない。もしもきちんと妖精たちからの許可があれば、白樺の王がノアの心臓を求めるはずがなかった。重機を動かしたアルベルトは妖精たちの許可なく、人と妖精の契約の範囲外の伐採を行ったはずだった。

「白樺の王はこの騒ぎに大変お怒りでした。……本当に許可を取ったのですか?」

 許可を取っているはずがないというニュアンスでノアが淡々と尋ねる。コニーはノアの質問にすぐには答えられない。その場にいる全員の視線がコニーに向く。しばらくの沈黙の後、コニーは何も答えずに泣き出してしまった。突然、泣き出したコニーにシモンたちは唖然とした。

「……ほ、本当は、許可を取っていません……」

 そして、この場にいた皆が薄々察していた事実をコニーは泣きながら話す。

「はあ!? お前、許可取れたって言っただろ!?」

 それを信じて木を切ったのだとアルベルトが大声でコニーを非難した。ノアがアルベルトの大声を怖がったが、今回ばかりはシモンもアルベルトを怒れなかった。

「ご、ごめん…なさい……っ、アルベルトさんはきちんと街の人の許可を取ったのに、俺は取れなかったって……どうしても、言えなくて……!」

「……じゃあ、この騒ぎの原因は……」

「コニーさんだったんですね」

 彼にとって一番大事な仕事をできていなかったことをシモンもノアもすぐには非難できなかった。

「三年も引きこもっていた俺なんかを外に引っ張り出して、信頼して仕事を任せてくれたアルベルトさんに「できなかった」って言えなくて……。本当に今朝のギリギリまで話し合っていたのですが、どうしても許可が下りなくて。そのうちにアルベルトさんが重機を動かしてしまって……全部、俺のせいなんです」

 コニーがぐずぐずと泣きながら、取れていない許可を取ったと言ってしまった理由を話す。コニーが「自分が悪いんです」と声を上げて、わんわん泣きだしてしまった。死の瀬戸際だったはずのノアが、コニーの背中をさすって、宥める。普段から温厚でトラブルを起こさないコニーを誰も怒れなかった。

「……俺が、何だって?」

 一方的に悪者にされたアルベルトが恨むようにシモンを見た。

「い、いや……」

 一方的な思い込みで、散々アルベルトを罵倒したシモンはさっとアルベルトから視線を逸らす。

「白樺の王は何とおっしゃったのですか?」

 すぐ隣に立つシモンにアンネが尋ねた。

「ノアのおかげで、今回は条件付きで許してもらえた。次はこんなことできない」

「でも今回は許してもらえたんですね。さすがノア様です。後はアルベルトさんたちとシモン様たちで話し合ってください。……アルベルトさん、次、木を切る時はきちんと告知をしてからにしてください」

「わかったよ。告知はやっぱ必要だったな。次から気を付ける」

 ビョルケル商工会議所は敵に回したくないアルベルトが、副所長の指示に素直に謝罪し、従った。

「じゃあ、俺は一足先にエストホルムへ戻って、事情を説明します」

「そうして。皆、心配してる」

 ニルスも副所長もそれぞれの家へ戻ることにした。後に残るのはまだ泣いているコニーとコニーを慰めるノア、今回の契約外の伐採問題の濡れ衣を着せられたアルベルトと濡れ衣を着せたシモンである。

「……どこか話せる場所ある?」

 非常に気まずいながらもシモンはアルベルトに話し合いの場を相談した。

「交流施設が使えるよ。まだリフォーム中だけど、台所のリフォームは終わって、一階の食堂でコーヒーくらいなら入れられる」

 以前にコニーが水回りのリフォームをすると話していたことをシモンは思い出した。雨が降る心配もないので商工会議所から借りてきた重機は一度そのままにして、シモンたちは交流施設へ入った。



 泣きすぎて会話ができないコニーを一度、落ち着かせるためにも全員は、アルベルトが鍵を開けた交流施設に入った。

 元アトリエだった建物は大きなキャンパスや彫刻用の石材を室内に搬入するために、正面玄関がとても大きい。両開きの大きな正面玄関を人が通れる程度だけ開き、中に入る。扉を通って、最初に目に飛び込むのは、とにかく広いアトリエである。アルベルトが購入した当時はガラクタばかりだった広い空間は、全てのゴミが処分されて、まっさらな空間になっていた。アトリエの左右には扉があり、左右に食堂や台所、二階へ続く階段がある。

「こっち」

 アルベルトが先頭に立って、左手の扉を開いて中に入った。右手には台所、左手には小さな食堂がある。食堂には古いダイニングテーブルと四脚の椅子が置かれていた。コニーが飾ったのか、ダイニングテーブルの上には小さな花瓶が置かれ、白く星形の花びらが可愛らしいヤブイチゲが飾られていた。

「座ってて。コーヒー淹れてくる」

 ノアがまだグズグズ泣いているコニーを最初に座らせた。隣に寄り添った方がいいのか迷っていたが、シモンに呼ばれてノアはコニーの対面の椅子に腰かけた。

 会話もなく椅子に座って待っていると、しばらくしてアルベルトが人数分のコーヒーをトレーに乗せて戻ってきた。コーヒーを並べて、花瓶のすぐ近くにクッキーを盛った深皿を置く。ビョルケルのどの商店でも必ず売られている定番のクッキーだった。

 シモンとノアは礼を言って、コーヒーを飲んだ。コニーもコーヒーの香りを感じて、少し冷静になったようだ。マグカップに手に取って、ゆっくりと温かなコーヒーを飲む。コニーの隣に座ったアルベルトも最後に自分で淹れたコーヒーを飲んだ。

「ちょっと早いフィーカだね」

「大分早いよ。まだ九時過ぎだぞ」

「いつ重機を動かしたの?」

「ああ、昨日のうちに明日は午後には天気が崩れるって近所のじいちゃんが妖精から聞いたって言うから、午前中には作業を終えたくて、早く起きて、速攻で商工会議所から重機動かして、七時くらいには切り始めたかな。何本か倒してたら、この近所に住んでる副所長がやって来て、うっかり轢き殺すところだった。副所長と揉めてたら、エストホルムの若い使用人がやってきた」

「……なんでアルベルトはそんなに働き者なの……」

 休みの朝など寝過ごして欲しい。シモンは休日ものんびりできないアルベルトが理解できなかった。

「今日、切っておけば、月曜から広場の整備作業が始められるだろ」

「……でも、アルベルトさん、切る作業は月曜にするって」

「月曜も天気が悪いって言われたからさ。重機作業は天気が命だ。俺は予定してた作業が始められないのが一番嫌いなんだよ。お前も妖精から伐採の許可は取ったって言ったしさ、こういうのは強引にでも作業を進めていかないとどんどん予定が後ろ倒しになる」

「アルベルトさんがまさか日曜に伐採作業をするとは思わなかったんです。今日、一日かけて妖精を説得して、月曜日に間に合わせようとして、つい……」

「見栄を張ってしまったと」

 シモンの推測にその通りですとコニーは申し訳なさそうに頷いた。それからようやく落ち着いて話せるようになってきたコニーがぽつぽつと事情を話し始めた。

「以前にノア様が広場を作る意義を妖精たちに話してくれたので、広場を作ること自体は妖精たちも納得していたんです。でも伐採方法で揉めました。当たり前ですけど、妖精たちは重機で木を切るのは絶対に駄目と言いました。でもアルベルトさんは斧で一本一本木を切り倒すなんて絶対に嫌だって言っていたから、そこで困ってしまって」

「重機だったら、俺一人でもたった数時間の作業で終わるんだぞ!? さっさと切って終わりにした方が妖精たちのためになるだろ!」

「……それはアルベルトさんの意見であって、妖精の意見ではないです……」

 どうしてこの人は自分の意見が一番正しいに違いないと心から思えるのだと、シモンもコニーもアルベルトが時に見せる傲慢さが理解できなかった。

「もう大人しく手で切れば良かったんじゃん! 木を切る許可があるだけすごいのに、なんでお前は自分の意見を押し通そうとするの!?」

「俺は時間を無駄にするのが一番嫌いなんだよ! なんで数時間で作業が終わる方法があるのに、何日もかかる方法で伐採しなきゃならないんだよ!?」

「アルベルトさんは一番嫌いなことが幾つもあるですね……」

 嫌味ではなく単純に感心して、ノアがどうでもいい茶々を入れた。

「アルベルトさんが重機なら数時間で作業が終わると何度も言っていたので、ここは森の端っこだし、絶対に半日で作業を終わらせるから今回だけ許可をもらえないかとお願いをしたのですが、やっぱり重機で木を切ることは納得してもらえなくて、話が行き詰まっているうちにアルベルトさんが重機で伐採作業を始めてしまって……」

「……ということは、アルベルトさんはコニーさんが妖精から本当に許可を取ったのかの最終確認をしなかったんですね」

 珍しくノアに仕事のミスを指摘されて、アルベルトが目を眇める。

「嘘だったけどコニーは俺に許可を取れたと言った」

 こうなっては言い訳でしかないが、アルベルトは自らに非はなかったとノアにすぐさま言い返した。しかし珍しくノアはアルベルトの言い分に屈さなかった。

「それが事実かどうかをどうして確認しなかったんですか。エストホルムでは妖精との契約は必ず最終確認をします。私の契約はシモンが、シモンの契約は私が確認するのです。外部の方が最終確認をしたいと言うのであれば、必ず受け入れます」

「……そうなんですね」

 妖精との話し合いでノアの実力を疑うものはビョルケルにはいない。それでもエストホルムではこれだけの最終確認体制を整えていたことにコニーは感心した。

「そうだよ。やっぱり人間だから勘違いやミスもあるし、一度結んだ契約を修正するのは大変だからね。妖精たちは約束がすごく大事だから、時間をかけて契約を交わすことを好意的に評価する。長生きの妖精相手に焦って契約をする必要はないんだよ」

「そんなこと言われても、俺は妖精語がわからない。コニーができたというなら、できたと判断するしかない。……でも確かに妖精との交渉内容の最終確認方法がないのは良くないな」

 街中で暮らしていたり、人が好きな妖精は人の言葉も話すが、森から出てこない妖精たちは基本的に人の言葉を話さない。ビョルケルの周囲に一番たくさんいる白樺の妖精は森と街の境目あたりまで出てくるが、街へは来ず、人の言葉を話さなかった。

「今回の確認不足はもう責めないけど、これだけ大きなトラブルを起こしたんだから、次回からは妖精語ができる別の人の立ち合いや確認を必須にして」

 責めるのではなく冷静にシモンが同じトラブルを起こさないための対策をアルベルトに求める。

「ビョルケルの商工会議所の所長と副所長であれば、妖精語が流暢ですし、信頼のある方たちです。いかがでしょうか」

 ビョルケルの商工会議所の所長のアマンダと副所長のアンネの妖精語力をよく知っているノアがシモンの提案に自分の意見を重ねる。シモンとノアの提案を拒否する余地はなく、アルベルトは聞き入れた。

「わかったよ。……コニー、お前を信用してない訳じゃないけど、別の誰かにお前の交渉結果をチェックしてもらっていいか?」

「勿論です。本当は最初からそうすべきでした」

 社長と従業員一人の計二人でやっているので、色んなことが曖昧になっていたとコニーも反省する。素直に反省できるコニーをアルベルトもシモンたちも責めることはしなかった。必要以上に怒られなかったことに、コニーはようやく少し笑顔を見せてくれた。

 コニーの話がひと段落して、シモンは笑顔で解散となるかと思ったが、アルベルトが急にこれみよがしにため息をついた。

「あーあ、今回のトラブルはコニーが原因なのに、真っ先に俺が疑われて悲しいなあ。この落とし前はどうつけてくれるんだろうなあ」

 真っすぐにシモンを見ながらアルベルトが恨み節を吐いた。確かにトラブルの原因をアルベルトと決めつけたのはシモンの非である。

「これはあれだなあ。六月の夏至祭に間に合うように広場を作る算段をつけてくれないと治まらないなあ」

 これ見よがしにアルベルトが自分の希望をシモンに求める。さすがに今回ばかりは、シモンもアルベルトの希望を無視することはできなかった。

「……ノア、なんとか妖精たちから重機で木を切り倒す許可を取ってきてくれない?」

 自分ではとてもできない仕事をシモンはあっさりノアに丸投げした。過去の実績から、ノアであればできると判断したからだ。いつだってシモンの期待に応えたいノアがどう交渉すべきか思案してくれる。しばらく考え込んだ後、ノアは顔を上げてアルベルトを見た。

「アルベルトさん、重機であれば本当に今日中に作業を終えられますか? そこを確約してくれるのであれば、交渉できます」

「今日は嫌に強気だな。そっちこそ、本当に許可を取ってこられるのか? 自分からそこまで胸張って言い出しておいてやっぱりできませんでしたって言われるのが、俺は一番嫌いだ」

 さらに一つ一番嫌いなことを増やして、アルベルトがノアを煽る。

「私が許可をとれるかどうかは、貴方の重機の操縦レベル次第です」

 白樺の王と対等に話し合い、そしてノアたちの希望が認められたという実績がノアに自信を持たせたのか、ノアはアルベルトの煽りに負けずに言い返した。珍しく対等に話し合うノアとアルベルトの睨み合いにコニーはハラハラし、シモンは呆れた。

「人間同士でいがみ合っちゃ駄目だよ。機械トラブルも考えられる。無理のない交渉をして。妖精は約束を違えることを何よりも嫌う」

 シモンが二人の睨み合いに横やりを入れた。自分の確認不足で問題を起こした自覚のあるアルベルトがしばし思案する。

「それなら雨が降り出すまで重機を使わせて欲しい。足りない分は後日、手作業で切り倒す。コニーの父親の幼馴染が林業の仕事をしてるから、その人に切り倒しを頼める。これなら急な機械トラブルが起きても妖精との約束を違えない。どうだ?」

「それであれば許可を取れる」

 自信満々にノアが請け負った。

「でも、俺が妖精たちの信頼を損ねることをしたから……」

 人間側にばかり都合の良い許可は取れないだろうとコニーが不安そうにノアを見る。

「私が以前にしたのは、広場を作る意義を説明したこととあの日は木を切らないと約束したことだけです。妖精たちが広場づくりに納得したのは、交流施設をリフォームしているコニーさんたちの働きを見て、手伝ってやりたいと思ったからでしょう。現に手作業であれば木を切ってもいいと妖精たちは言っています。森を大事にする妖精たちからそこまでの気持ちを引き出せたのなら大したものです。雨が降るまでという妖精にもわかりやすい条件つきでの重機の使用であれば、許可が出ると思います。コニーさん、後少し交渉を頑張りましょう」

「わかりました! 頑張ります!」

 ノアの励ましにコニーは表情を明るくした。時間を無駄にしていられないと、さっそく二人が対応に向かう。小さな食堂はアルベルトとシモンの二人きりになった。とても気まずい空気が食堂に満ちた。

「何か言うことがあるんじゃないんですか、シモン様」

 正式な謝罪の言葉を受けていないとアルベルトがシモンを詰める。

「……ご、ごめんなさい」

 余計な言い訳はアルベルトの心証を悪くするだけだと判断して、シモンは素直に謝った。

「本当なら大広場グローペンで謝罪してほしいところだけど、まあいい。こんな大事になると思わなかったよ。俺も確認が甘くて悪かった」

 意外にもアルベルトが素直に自らの非を謝罪する。

「前からさ」

 シモンをもうそれ以上責めるでもなく、アルベルトが違う話を始めた。

「聞いておきたかったんだけど、今回みたいに王が怒るくらいの大きなトラブルになったらどうしたらいいんだ? 毎回毎回、アンタたちに頼れないだろ」

「毎回毎回、大きなトラブル起こさないで欲しいんだけど、そうなったら毎回、僕かノアを呼んで。僕かノアが対応する。僕たちしかできないから」

 悪気なくアルベルトが次から次へと大きなトラブルを起こす様を想像して、シモンは背筋が寒い。白樺の王にも「ノアを殺すのはシモンだ」と言われた。妖精との付き合い方を知らないアルベルトのような外の人間は、ビョルケルの人が考えもしない行動を悪気なくする。それらを全て未然に防ぐのは難しいだろう。起きてしまった問題を贖うのはノアだ。何故、そんな簡単なことを想像できなかったのかという白樺の王に問いかけはもっともだった。

「……でも、それは大変だし、負担だろ」

「いいんだよ。そのために僕もノアもいるんだから」

 シモンの気遣いの言葉にアルベルトは納得できない顔をする。

 それでもシモンは祖父のように外の人を拒むことはできなかった。外から若い人が来て、子供を産んでくれなくては街は続かない。それだけは間違いようもない真実で。

 確かにアルベルトは今回、大きな問題を起こした。しかしそれは決して悪意からの行動ではなかった。皆で生きていくためにした間違いだったというのなら、シモンはどんな問題を起こした人間でも許したかった。

「そういうの嫌なんだよな。自分たちで起こしたトラブルは自分たちで解決したいんだけど」

 アルベルトがやはり納得しきれずにいる。しかしシモンは首を横に振った。

「悪いけど、アルベルトにはできないよ。妖精たちとの付き合い方はコニーがよくわかっているから、コニーの言うことをよく聞いて。気を付けて生活をしてくれたらそれでいい。それでも問題が起きたら僕たちを呼んで。絶対に助けに行くから」

「……そうじゃなくてさ」

 決して責める声音ではなく、アルベルトが食い下がる。

「アルベルトが言いたいことわかるよ。だけど、妖精たちは人と価値観が違う。問題を起こした人に贖って欲しいとは必ずしも思わない。妖精たちにとって価値のある人間に埋め合わせをして欲しいんだ。ビョルケルでは、それは僕とノアだ」

 首を横に振り、シモンは冷静に理由を説明した。

「アルベルトではノアの代わりにならないんだよ」

 シモンの残酷にも聞こえる説明にアルベルトは気を悪くすることはしなかった。それほどまでにビョルケルと白樺の森でノアが重要であることを感じたか、アルベルトは何かをしばらく考え込んだ。

「……そっか。わかった。気をつける。それでも駄目なら助けてくれ」

 アルベルトが冷静に気持ちの整理をつけた。自分のできることとできないことの線引きが上手いところは彼の良いところだとシモンは感じた。

「うん。その返事が一番嬉しいよ。これからもよろしく」

 話の本質をとらえるのが早いアルベルトの返事にシモンは心から安心した。

 どちらかともなくシモンとアルベルトは軽く握った拳をぶつけ合った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ