第九話「ノースリーフの洗礼」
漁師転職への道筋が見えてきた今、俺は次のステップに向けて準備を進めていた。レベルも10に上がり、海洋装備も一通り揃っている。
「今日こそ、ノースリーフに行こう」
約束していたカイトとレイと、オルディア港の船着き場で待ち合わせた。
「おお、ウシオ!準備はできてるか?」
カイトが手を振りながら近づいてくる。その後ろには、すっかり見慣れたレイの姿もあった。
「はい!今日は本格的な海釣りを教えてください」
「その意気だ。レイも一緒だから、安心しろ」
レイも笑顔で頷いた。
「僕も海での狩人スキルを試してみたいんです。陸とは違う戦術が必要でしょうし」
三人で中型の釣り船に乗り込む。カイトが船を操縦し、ゆっくりと港を離れていく。
「ノースリーフまでは船で約1時間だ。その間に、海での戦闘について説明しておく」
カイトは船を操縦しながら話し始めた。
「海での戦闘は陸と全く違う。足場が불安定だし、水に落ちたら大変だ。それに、海にはサメ系の魔物がいる」
「サメ系の魔物?」
「ああ。リーフシャークやハンマーシャークなんかが代表的だ。素早い動きで船を襲ってくる」
船が沖に出ると、海の色が濃い青に変わった。透明度も高く、海底まで見通せる。
「きれいな海ですね」
「ノースリーフは水深が浅いから、海底がよく見える。そのぶん、魔物も発見しやすいんだ」
しばらく進むと、海面に岩礁が見えてきた。
「あれがノースリーフか」
「そうだ。あの岩礁周辺は魚影が濃い。でも、同時に危険でもある」
船をゆっくりと岩礁に近づける。水深は3〜4メートルほどで、海底には色とりどりの珊瑚が見える。
「うわあ、すげぇ」
オルディア港周辺とは全く違う光景だった。熱帯魚のような美しい魚たちが泳ぎ回っている。
「まずは釣りから始めよう。ここで釣れる魚を教えてやる」
カイトが船を停止させ、錨を下ろした。
「ここではブルーマリン、ゴールデンタナゴ、それにレッドスナッパーも狙える」
俺は興奮して釣り竿を準備した。ガンソウ爺さんからもらった愛用竿に、海洋魚専用ルアーを取り付ける。
「ルアーでの釣りは餌釣りと違って、魚を誘う技術が必要だ」
カイトが実演してくれる。ルアーを海に投げ、リールを巻きながら魚を誘う動作。
「なるほど、魚の動きを真似するんですね」
「そういうことだ。小魚が泳ぐような動きを演出する」
俺も真似して投げてみる。最初はぎこちなかったが、だんだんコツを掴んできた。
そんな時、レイが船の端で何かを見つめていた。
「あ、何か泳いでますよ。結構大きいみたいです」
指差す方向を見ると、確かに大きな影が移動している。
「あれは……リーフシャークだな」
カイトの表情が急に真剣になった。
「危険ですか?」
「こちらから手を出さなければ大丈夫だが、時々船に体当たりしてくることがある」
その時、海面が盛り上がった。グレーの背びれが海面を切って進んでくる。
「こっちに向かってますね」
「まずいな。船を揺らされると釣りどころじゃない」
リーフシャークは体長2メートルほどの大型魔物だった。鋭い歯を持ち、明らかに危険な相手だ。
「戦うしかないのか?」
「そうだな。ウシオ、動物交感スキルは使えるか?」
「試してみます」
俺は動物交感スキルを発動した。リーフシャークの感情が流れ込んでくる。攻撃的というより、縄張りを守ろうとする意識が強い。
「あいつ、この岩礁を縄張りにしてるみたいです。侵入者を排除しようとしてる」
「なるほど。だったら、敵意がないことを示せるか?」
俺はリーフシャークに向かって、平和的な意図を送ろうとした。しかし、野生の本能が強く、なかなか通じない。
「だめです。野生すぎて交感が難しい」
「そうか。なら戦闘だ」
カイトが弓を構える。レイも罠の準備をしていた。
「ウシオ、君は後方支援を頼む。海での戦闘は慣れが必要だからな」
「分かりました」
リーフシャークが船に突進してきた。船が大きく揺れる。
「うわっ」
バランスを崩しそうになったが、なんとか踏ん張った。
カイトの矢がリーフシャークに命中する。『-12』のダメージが表示された。
「レイ、罠の準備はどうだ?」
「海では普通の罠は使えません。でも、網なら」
レイが投網を取り出した。狩人の応用スキルで、魚を捕まえる道具も扱えるらしい。
「ナイスアイデアだ」
リーフシャークが再び突進してくる。その瞬間、レイが投網を投げた。
網がリーフシャークに絡まり、動きが鈍くなる。
「今だ!」
カイトが連続で矢を放つ。俺も後方から弓で攻撃に参加した。
海上での戦闘は想像以上に難しかった。足場が不安定で、狙いを定めるのも一苦労だ。
「海での戦闘はバランス感覚が重要だな」
数分間の戦闘の末、リーフシャークを倒すことができた。
『リーフシャークを討伐しました』
『経験値を獲得しました』
『海洋戦闘スキルLv.1を習得しました』
「海洋戦闘スキル?」
「海上での戦闘に特化したスキルだ。船上でのバランス感覚や、海洋魔物への対処法が向上する」
新しいスキルを習得できて嬉しかった。
「さて、邪魔者はいなくなった。本格的な釣りを始めよう」
カイトが再び釣り竿を構える。俺とレイも続いた。
ノースリーフの海は、オルディア港とは比較にならないほど魚影が濃かった。ルアーを投げてすぐに反応がある。
「きた!」
俺の竿に大きなアタリがあった。今までに経験したことのない強い引きだ。
「これは大物だぞ」
必死に竿を立てて魚とやり取りする。リールからジリジリと糸が出ていく。
「落ち着け。慌てるとバレるぞ」
カイトのアドバイス通り、慎重に対応する。魚の動きに合わせて竿を操作し、徐々に手元に寄せていく。
ついに海面に魚の姿が見えた。美しい青色の背中と銀色の腹。
「ブルーマリンだ!」
『ブルーマリンを釣り上げました』
見事に釣り上げることができた。ブルーマリンは40センチほどの立派な魚で、その美しさに見とれてしまった。
「素晴らしい!ノースリーフでの初釣りでブルーマリンとは」
カイトも嬉しそうだった。
「この魚、高く売れるんですよね?」
「ああ、市場では300G以上で取引される。それに、料理にすると優秀なバフ効果もある」
その後も順調に釣れ続けた。ゴールデンタナゴ、シルバーブリーム、そして再びブルーマリンと、オルディア港では釣れない魚ばかりだった。
「レイさんも投網での漁、上手ですね」
「狩人の採取スキルの応用です。海でも意外と使えるもんですね」
レイは投網で小型の魚を大量に捕まえていた。
「海洋狩人としての新しいスタイルだな」
カイトも感心している。
夕方になる頃、俺たちは十分な釣果を得ていた。ブルーマリン3匹、ゴールデンタナゴ5匹、その他多数。レベルも11に上がっている。
「今日は大成功だったな」
「はい!海での戦闘も釣りも、すごく勉強になりました」
「これで君も立派な海洋系狩人だ。次はフィッシュアローを教えてやる」
帰りの船で、俺は今日の体験を振り返った。リーフシャークとの戦闘、ブルーマリンとの格闘、そして新しいスキルの習得。
「海って、本当に奥が深いな」
オルディア港の灯りが見えてきた時、俺の心は既に次の冒険への期待で満たされていた。
【アルネペディア】
・ノースリーフ:オルディア港から船で1時間の中級者向け海域。岩礁に囲まれた浅い海域で、ブルーマリンやゴールデンタナゴが釣れる。リーフシャークなどの海洋魔物も生息。
・リーフシャーク:ノースリーフに生息する体長2メートルのサメ系魔物。縄張り意識が強く、船に体当たりしてくることがある。
・ブルーマリン:中級海域で釣れる高級魚。美しい青色の背中と銀色の腹を持つ。市場価格300G以上で、料理にすると優秀なバフ効果を持つ。
・ゴールデンタナゴ:ノースリーフで釣れる金色に輝く魚。ブルーマリンと並ぶ中級者向けの釣り対象。
・海洋戦闘スキル:海上での戦闘に特化したスキル。船上でのバランス感覚向上や海洋魔物への対処法を習得できる。
・投網:狩人が使用可能な漁具。罠スキルの応用で海洋での漁に使用できる。




