第七話「海洋クエストの発見」
レベル8に到達した俺は、翌朝早速カイトに報告するため桟橋に向かった。いつもの場所で釣りをしているカイトの姿が見える。
「カイトさん、おはようございます!」
「おお、ウシオ!どうだ、レベル上げは順調か?」
「はい!レベル8になりました」
「早いな。さすがだ」
カイトは満足そうに頷いた。
「それに、色々なスキルも覚えました。罠とか野営とか、あと動物交感っていう特殊スキルも」
「動物交感?!」
カイトの反応が予想以上に大きかった。
「それ、めちゃくちゃレアなスキルだぞ。どうやって覚えたんだ?」
俺はフォレストベアの件を説明した。カイトは感心したように聞いていた。
「なるほど、現実の動物知識が活きたのか。そのスキル、海でも絶対に役立つ」
「そうですか?」
「ああ。海洋生物とのコミュニケーションが取れれば、釣りでも採取でも有利になる。イルカやクジラから情報をもらえるかもしれない」
想像しただけでワクワクしてきた。
「ところで、今日はノースリーフに行く予定だったが……その前に面白いものを見つけたんだ」
カイトは港の掲示板を指差した。
「海洋系のクエストが出てる。君にぴったりだと思ってな」
「海洋系のクエスト?」
掲示板に向かうと、確かに海に関するクエストがいくつか貼られていた。
『【緊急】港の警備隊より 海岸の魔物退治 報酬:500G』
『【依頼】漁師組合より 失われた漁具を探せ 報酬:釣り具一式』
『【調査】港務局より 潮溜まりの生態調査 報酬:海洋図鑑』
「どれも面白そうですね」
「特に注目すべきは『失われた漁具を探せ』だ。これ、普通のプレイヤーには出現しないクエストなんだ」
「えっ?」
「海に関する一定の実績がないと表示されない隠しクエストらしい。君が釣りを続けてきた成果だろう」
俺は胸が高鳴った。自分の努力が認められた気がして嬉しい。
「やってみます!」
「よし。でも一人じゃ危険かもしれない。俺も付き合うぞ」
「ありがとうございます!」
クエストを受注すると、詳細な情報が表示された。
『クエスト:失われた漁具を探せ』
『内容:ベテラン漁師ガンソウの大切な漁具が嵐で海に流された。サウスコーブ近海に沈んでいると思われる漁具を回収せよ』
『注意:サウスコーブは中級者以上推奨エリア。海洋魔物に注意』
「サウスコーブか。ガンソウ爺さんが言ってた上級者向けエリアですね」
「ああ。でも俺がいるから大丈夫だ。それに、君の動物交感スキルがあれば、海洋生物から情報をもらえるかもしれない」
二人は港の船着き場に向かった。サウスコーブまでは小舟で30分ほどの距離だ。
「船、運転できますか?」
「任せろ。海洋系スキルは一通り覚えてる」
カイトが操船スキルを使って舟を出した。エンジン音と共に、港を離れていく。
「うわあ、海から見る港もきれいですね」
海上から見るオルディア港は、陸からとは全く違う美しさがあった。白い建物が朝日に照らされて、まるで絵画のようだ。
「これも海の魅力の一つだ。陸からじゃ見えない景色がある」
舟は順調に進み、やがてサウスコーブが見えてきた。岩礁に囲まれた入り江で、確かに複雑な地形をしている。
「あそこが目的地か」
「ああ。でも気をつけろ。魔物が出るエリアだ」
舟を岩場に係留し、俺たちは海岸に上がった。サウスコーブの海は透明度が高く、海底まではっきりと見える。
「きれいな海ですね」
「ここの魚は品質がいいんだ。でも、その分危険でもある」
俺は動物交感スキルを使ってみることにした。スキルを発動すると、周囲の生き物の気配を感じ取れるようになった。
「何か感じるか?」
「えーっと……魚がたくさんいますね。それと……何か大きな生き物も」
その時、海面に大きな影が現れた。
「シーサーペントの幼体だ!」
カイトが警戒する。現れたのは、体長5メートルほどの海蛇のような魔物だった。美しい青緑色の鱗を持っているが、明らかに危険な相手だ。
「戦闘になるのか?」
「いや、まずは動物交感を試してみろ」
俺は恐る恐るシーサーペントに意識を向けた。すると、頭の中に映像のようなものが流れ込んできた。
海底に沈んだ木箱。それを守るように泳ぎ回るシーサーペント。どうやら、この個体は漁具の入った箱を守っているようだった。
「あいつ、漁具を守ってるみたいです」
「守ってる?なぜ?」
さらに意識を集中すると、シーサーペントの感情のようなものが伝わってきた。この漁具の持ち主、つまりガンソウ爺さんに対する敬意と感謝の念があるようだ。
「多分、ガンソウ爺さんがこの子を助けたことがあるんじゃないでしょうか」
「なるほど……それで恩返しのつもりで守ってるのか」
俺はシーサーペントに向かって、ガンソウ爺さんの使いであることを伝えようとした。動物交感スキルを通じて、俺たちの目的を説明する。
しばらくすると、シーサーペントが理解したような仕草を見せた。そして海底に潜ると、口に木箱をくわえて浮上してきた。
『古い漁具箱を発見しました』
「やったぜ!」
シーサーペントは箱を俺たちの前に置くと、満足そうに海の奥へと泳いでいった。
「すげぇな、おい。戦闘せずにクエストクリアだ」
「動物交感スキル、すごい効果ですね」
箱を開けると、中には古いが質の良い釣り道具が入っていた。
『ガンソウの愛用竿を獲得しました』
『海洋魚専用ルアーセットを獲得しました』
『潮読みコンパスを獲得しました』
「これは……すごい装備ですね」
「特に潮読みコンパスは貴重だ。これがあると、潮汐の変化を正確に読めるようになる」
俺は興奮して道具を確認した。どれも初心者用とは比較にならない高性能な装備だった。
港に戻ると、ガンソウ爺さんが待っていた。
「おお、ウシオ!無事に見つけてくれたか」
「はい!でも、シーサーペントが守っていてくれました」
「ああ、あの子か。昔、網に絡まって苦しんでいるところを助けてやったんじゃ。まさか恩返しをしてくれるとはのう」
ガンソウ爺さんは嬉しそうに笑った。
『クエスト「失われた漁具を探せ」完了』
『経験値を獲得しました』
『ガンソウとの友好度が大幅に上昇しました』
『釣りスキルが上昇しました』
「ありがとう、ウシオ。君は本当に海に愛されておるな」
「海に愛されてる?」
「ああ。海の生き物たちが君を受け入れている。これは滅多にないことじゃ」
ガンソウ爺さんは俺を見つめて続けた。
「実はのう、君に話しておきたいことがある。『漁師』という職業についてじゃ」
俺の心臓が跳ね上がった。
「漁師への転職は、確かに可能じゃ。だが、条件がある」
「条件?」
「海を愛し、海に愛されること。海の生き物たちとの絆を築くこと。そして……」
ガンソウ爺さんは意味深に微笑んだ。
「海の真の深さを知ること、じゃ」
『特殊条件「海への理解」が一部達成されました』
『漁師転職への道が開かれつつあります』
システムメッセージが表示された。
「おお!」
「まだ完全ではないがな。君なら必ずたどり着ける。その時を楽しみにしておるぞ」
クエストの報酬として、高性能な釣り具一式を受け取った。レベルも9に上がり、海洋関連のスキルも向上している。
「カイトさん、今日はありがとうございました」
「こちらこそ。君の動物交感スキル、本当にすごいな。今度はノースリーフに行ってみよう」
「はい!」
夕日が海に沈む中、俺は今日の成果を振り返った。海洋クエストの成功、貴重な装備の獲得、そして漁師転職への手がかり。
「海での冒険が、本格的に始まったな」
港の灯りを見つめながら、俺は胸の奥で熱いものを感じていた。現実では一人になってしまった釣り部での活動も、ここでは新しい仲間と共に無限の可能性を持って広がっている。
「明日からは、もっと大きな海に出よう」
第一章の目標だった海での活動基盤は、確実に築かれていた。これからの冒険が、どんな展開を見せるのか。俺は期待に胸を膨らませながら、宿屋へと向かった。
【アルネペディア】
・サウスコーブ:オルディア港南部の入り江。岩礁に囲まれた複雑な地形で、上級者向けの釣りポイント。シーサーペントなどの海洋魔物が生息。
・シーサーペント:海蛇型の魔物。美しい青緑色の鱗を持つ。幼体でも体長5メートルに達する。知能が高く、恩義を理解する。
・操船スキル:船舶の操縦を行うスキル。海洋系職業の基本スキル。
・ガンソウの愛用竿:ベテラン漁師ガンソウが長年使っていた釣り竿。初心者用装備より格段に性能が高い。
・海洋魚専用ルアーセット:海釣り専用の疑似餌セット。通常の餌では釣れない魚も狙える。
・潮読みコンパス:潮汐の変化を正確に把握できる特殊な道具。海での活動に必須のアイテム。
・特殊条件「海への理解」:漁師転職に必要な隠し条件の一つ。海の生き物との絆や海洋知識の蓄積が必要。