第六話「狩人としての成長」
カイトとの約束から三日が経った。ノースリーフに行くためには、もう少しレベルを上げる必要がある。カイトからは「最低でもレベル8は欲しい」と言われていた。
「よし、今日は陸地でレベル上げだ」
オルディア港の東にある『初心者の森』に向かった。ここはレベル1〜10のプレイヤー向けのフィールドで、様々なモンスターが生息している。
森に入ると、すぐに他のプレイヤーたちの姿が見えた。剣を振り回す戦士、魔法を唱える魔術師、短剣で素早く動き回る盗賊。皆、効率よくモンスターを狩っている。
「俺も頑張らないとな」
最初に遭遇したのは『フォレストスライム』だった。港にいるスライムより少し大きく、緑色をしている。
短弓を構え、狙いを定める。チュートリアルの頃と比べて、命中率は格段に上がっていた。釣りで培った集中力と手の安定性が効いているのかもしれない。
一射目が見事に命中。『-8』のダメージが表示された。レベルが上がったおかげで、攻撃力も向上している。
三発でフォレストスライムを倒し、経験値を獲得した。
「よし、この調子で行こう」
森を進んでいくと、『ゴブリン』に遭遇した。小柄な人型の魔物で、棍棒を持っている。スライムより手強そうだ。
距離を取って弓で攻撃する。ゴブリンはこちらに向かって突進してくるが、後退しながら矢を放つことで対処できた。これも狩人らしい戦い方だ。
「意外と面白いじゃん」
最初は海に出るための手段として考えていた戦闘だったが、やってみると狩人としての戦術に奥深さを感じる。距離を保ち、相手の動きを読んで的確に攻撃する。まるで魚とのやり取りに似ている部分もあった。
しばらく狩りを続けていると、別の狩人プレイヤーと出会った。
「お疲れ様です」
声をかけてきたのは、俺と同じくらいの年齢に見える青年だった。名前は『レイ』。
「お疲れ様です。同じ狩人の方ですね」
「はい。レベル7です。あなたは?」
「レベル5になったばかりです」
「おお、僕より少し下ですね。一緒に狩りしませんか?パーティを組むと経験値効率が上がるんです」
パーティ。そういえば、まだ他のプレイヤーとパーティを組んだことがなかった。
「お願いします」
レイからパーティ招待が来て、承諾した。視界の端に、レイのHPとMPが表示される。
「僕は基本的に前衛タイプです。罠スキルを使って敵を足止めして、接近戦で倒すスタイルなんです」
「罠スキル?」
「はい。狩人の特殊スキルの一つです。まだ覚えてませんか?」
「全然知りませんでした」
「狩人は弓だけじゃないんですよ。採取、罠、野営、追跡……色んなスキルがあります」
レイの説明を聞いて、俺は目から鱗が落ちる思いだった。狩人という職業の可能性の広さを、全然理解していなかった。
「教えてもらえませんか?」
「もちろんです!」
レイは嬉しそうに罠の設置方法を教えてくれた。地面に小さな仕掛けを置き、そこを通った敵の足を絡め取るという仕組みだ。
『罠スキルLv.1を習得しました』
「おお、覚えました!」
「早いですね。センスありますよ」
罠を使った狩りは、今までと全く違う戦術だった。敵の動きを予測し、適切な場所に罠を仕掛ける。そして誘導して罠にかけ、動けなくなったところを弓で仕留める。
「これ、めちゃくちゃ面白いです!」
「でしょう?狩人は頭脳戦なんです。力押しじゃない」
レイと一緒に狩りを続けているうちに、様々なスキルを教わった。『野営スキル』でフィールドでの休息効率を上げたり、『追跡スキル』で敵の足跡を読んだり。
「狩人って、こんなに奥が深いんですね」
「そうなんです。でも、最近は皆、効率を求めて戦士や魔術師を選ぶんですよ。狩人は地味だって」
レイは少し寂しそうに言った。
「僕も最初は戦士にしようかと思ったんですけど、狩人の方が面白そうだったので」
「俺は海が好きで狩人を選んだんです」
「海?」
俺はカイトとの出会いや、釣りのことを話した。レイは興味深そうに聞いてくれた。
「すごいですね!僕は釣りはやったことないです。今度教えてください」
「いいですよ!でも、まずはレベル上げを頑張らないと」
「そうですね。ノースリーフ、僕も興味あります。一緒に行けませんか?」
「カイトさんに聞いてみます」
レイとのパーティは予想以上に効果的だった。お互いの得意分野を活かして、効率よくモンスターを狩ることができる。俺は弓での遠距離攻撃、レイは罠と近接戦闘。
夕方になる頃には、俺のレベルは7に上がっていた。
「やったぜ!」
「早いですね。やっぱりセンスありますよ」
スキルも大幅に向上していた。弓術はLv.3、採取はLv.2、そして新しく罠Lv.1と野営Lv.1を習得。狩人らしいスキルセットが整ってきた。
「これで海に出る準備ができたかな」
「海かあ……僕も行ってみたいです」
その時、森の奥から大きな唸り声が聞こえてきた。
「何だ、あれ?」
木々の間から現れたのは、今まで見たことのない大型のモンスターだった。『フォレストベア』という名前が表示されている。
「やばい、ボス級だ!」
レイの顔が青ざめた。フォレストベアは体高2メートルはある巨大な熊で、明らかに俺たちのレベルでは太刀打ちできない相手だった。
「逃げよう」
「いや、待ってください」
俺は冷静に状況を観察した。フォレストベアは確かに強そうだが、動きが鈍い。そして、何より興味深いことに気づいた。
「あいつ、傷ついてませんか?」
よく見ると、フォレストベアの左足から血が流れている。どうやら罠か何かにかかって負傷しているようだ。
「本当だ。でも、それでも危険ですよ」
「うーん……」
俺は現実の知識を思い出した。負傷した動物は、時として予想外の行動を取る。逃げるか、逆に攻撃的になるか。
フォレストベアをよく観察すると、こちらに敵意を向けていないことに気づいた。むしろ、苦しそうにうめいている。
「もしかして……助けを求めてる?」
「えっ?」
「動物って、時々人間に助けを求めることがあるんです。現実でも、釣り針が刺さった鳥が人に近づいてきたりして」
俺は恐る恐るフォレストベアに近づいた。
「危険ですよ!」
レイが止めようとしたが、俺は直感を信じて歩き続けた。
フォレストベアは俺を見つめたが、攻撃してこない。むしろ、左足を見せるような仕草をした。
「やっぱり……」
左足に金属製の罠が食い込んでいる。かなり深く刺さっていて、自分では外せない状態だった。
「レイさん、罠外しのスキルってありますか?」
「え、ええ……罠解除スキルなら」
「お願いします。あいつを助けましょう」
「本気ですか?」
「はい」
レイは恐る恐る近づき、罠解除スキルを使った。金属の罠がカチリと外れると、フォレストベアは安堵のため息をついた。
『フォレストベアとの友好度が上昇しました』
『イベント「森の王との邂逅」達成』
『特殊スキル「動物交感」を習得しました』
「えっ?」
突然のシステムメッセージに驚いた。
「すげぇ、隠しイベントだったんだ!」
レイも興奮している。
フォレストベアは俺たちに頭を下げると、森の奥へと去っていった。しかし、去り際に何かを地面に落としていく。
『フォレストベアの毛皮を獲得しました』
『森の実×5を獲得しました』
「お礼の品ですね」
「動物交感スキルって何だろう?」
スキル説明を確認すると、『野生動物との意思疎通を可能にするスキル。レベルが上がると、動物から情報を得たり、協力を要請できる』とあった。
「これ、すげぇスキルじゃないですか?」
「海でも使えそうですね。イルカとか魚とか」
俺は胸が躍った。このスキルがあれば、海での活動がもっと豊かになるかもしれない。
「今日は大収穫でしたね」
「はい!レイさんのおかげです」
森を出る頃には、俺のレベルは8に到達していた。ノースリーフに行く条件も満たしている。
「明日、カイトさんに報告してきます」
「僕も一緒に海に行けたらいいな」
「きっと大丈夫ですよ」
港に戻る道すがら、俺は今日の成果を振り返った。レベルアップだけでなく、狩人としての幅広いスキルを身につけ、さらには特殊な動物交感スキルまで習得できた。
「海で新しい冒険が待ってる」
明日からは、いよいよ本格的な海洋冒険が始まる。胸の奥で何かが熱くなるのを感じながら、俺は港の灯りに向かって歩き続けた。
【アルネペディア】
・初心者の森:オルディア港東部にあるレベル1〜10向けのフィールド。フォレストスライム、ゴブリン、フォレストベアなどが生息。
・フォレストスライム:初心者の森に生息する緑色のスライム。通常のスライムより若干強い。
・ゴブリン:小柄な人型魔物。棍棒を持ち、突進攻撃を得意とする。
・フォレストベア:初心者の森のボス級モンスター。体高2メートルの巨大な熊。通常は非常に危険だが、
特定条件下では友好的になることがある。
・罠スキル:狩人の特殊スキル。地面に仕掛けを設置して敵の動きを封じる。罠解除も可能。
・野営スキル:フィールドでの休息効率を向上させるスキル。狩人の基本スキルの一つ。
・追跡スキル:敵の足跡や痕跡を読み取るスキル。狩人の専門技術。
・動物交感:野生動物との意思疎通を可能にする特殊スキル。レベルが上がると動物から情報を得たり協力を要請できる。イベント「森の王との邂逅」で習得可能。
・レイ:レベル7の狩人プレイヤー。罠と近接戦闘を得意とする。ウシオに狩人の様々なスキルを教えた。




