第四話「初めての海釣り」
桟橋の端に立った俺は、まず海の状況を観察した。波は穏やか、風は微風。太陽の位置から判断すると、今は午後3時頃だろう。
「夕まづめまでまだ時間があるな。でも、まずは練習がてら投げてみよう」
初心者用釣り竿を手に取る。現実で使っている竿と比べると軽く、しなりも少ない。でも、初めての海釣りには十分だ。
餌は『オキアミ』が入っていた。現実でもよく使う餌で親しみやすい。針に餌を付け、仕掛けを整える。この辺りの作業は現実と同じで、手が勝手に動いてくれた。
「よし、いくぞ」
竿を後ろに引き、勢いをつけて前に振る。仕掛けが弧を描いて海に飛んでいった。
『釣りスキルが発動しました』
システムメッセージが表示された。どうやら釣り竿を投げる動作で自動的にスキルが起動するらしい。
浮きが海面に落ち、ゆらゆらと波に揺られている。この瞬間が一番好きだ。魚がいつかかるかわからない緊張感とワクワク感。
「こういう時間、最高だな……」
現実では部員たちがいなくなって一人で釣りをすることが多くなったが、VRの世界でも結局一人だ。でも不思議と寂しくない。むしろ、純粋に釣りそのものを楽しめている。
しばらく待っていると、浮きがピクピクと動いた。
「おっ、アタリか?」
でも、すぐに浮きは止まった。エサ取りだろう。現実でもよくあることだ。
再び餌を確認し、投げ直す。今度は少し沖の方を狙った。
三投目で、浮きが勢いよく海中に引き込まれた。
「きた!」
竿を立ててアワセを入れる。手に伝わる重みと引き。間違いなく魚がかかっている。
『コモンフィッシュがかかりました!』
システムメッセージが出ると同時に、魚との駆け引きが始まった。VRだけあって、魚の引きがリアルに伝わってくる。
慌てずに竿を立て、魚の動きに合わせてやり取りする。強く引かれた時は竿を寝かせ、魚が疲れたタイミングでリールを巻く。
「うん、いい引きだ」
現実での経験が活きている。魚とのやり取りを楽しみながら、徐々に手元に寄せていく。
ついに海面に魚の姿が見えた。銀色に光る、手のひらサイズの魚だ。現実のアジに似ている。
「よし、上がれ!」
無事に桟橋に魚を上げることができた。初めてのアルネシア海釣りで見事に魚をゲット。
『コモンフィッシュを釣り上げました!釣りスキルが上昇しました』
「やったぜ!」
思わずガッツポーズ。魚を手に取ると、ちゃんと重みや感触がある。すごい技術だ。
アイテム欄を確認すると、『コモンフィッシュ』が追加されていた。説明文には『オルディア港近海でよく釣れる一般的な魚。調理することで回復効果のある料理になる』とある。
「料理にも使えるのか。面白いな」
気を良くした俺は、続けて釣りを楽しんだ。二匹目、三匹目と順調に釣れる。どれもコモンフィッシュだったが、釣りスキルは着実に上がっていった。
そんな時、桟橋に他のプレイヤーがやってきた。
「おっ、釣りしてる人がいるじゃん」
振り返ると、料理人らしい装備をした女性プレイヤーが立っていた。頭上には『ミオ』という名前が表示されている。
「あ、こんにちは」
「釣り、楽しそうですね!私も興味があるんですけど、道具がなくて……」
「そうなんですか。僕も今日始めたばかりですよ」
ミオは俺の釣った魚を見て目を輝かせた。
「うわあ、新鮮そう!私、料理人なんです。もしよろしければ、その魚を使って料理を作らせてもらえませんか?」
「えっ、いいんですか?」
「はい!釣りたての魚で作る料理は効果が高いって聞いたことがあるんです。お礼に、できた料理を半分お渡しします」
面白そうな提案だった。釣った魚がどんな料理になるのか興味がある。
「お願いします!」
俺はコモンフィッシュを2匹渡した。ミオは嬉しそうに受け取ると、持参していた調理ナイフを取り出した。
「まずは解体からですね」
ミオの手がコモンフィッシュに触れると、魚の輪郭が淡く光った。
「うわ、光ってる?」
「解体スキルの効果です。素材の構造が見えるんです」
ミオは慣れた手つきでナイフを滑らせる。魚の鱗、内臓、骨――まるで透けて見えているかのような正確さで処理していく。
『解体成功:コモンフィッシュの身×2、コモンフィッシュの骨×2を獲得』
「すげぇ、きれいに捌けてる」
「解体スキルがあると、素材を無駄なく活用できるんです。骨も出汁に使えますからね」
ミオは解体した魚の身に塩を振って、簡易調理器具で焼き始める。いい香りが立ち上ってきた。
『料理「コモンフィッシュの塩焼き」が完成しました』
「できました!」
ミオが差し出した料理を受け取る。見た目は現実の焼き魚そのものだ。
『コモンフィッシュの塩焼き:HP回復+50、DEX+3(30分間)』
「おお、ステータスアップ効果まで!」
「釣りたてだからでしょうね。普通に買った魚だと、ここまで効果は出ないんです」
一口食べてみると、意外にもちゃんと魚の味がした。VRでここまで味覚を再現できるのか。
「美味しいです!ありがとうございます」
「こちらこそ、新鮮な魚をありがとうございました。また釣れたら、ぜひ声をかけてくださいね」
ミオは手を振って去っていった。
「釣りと料理の組み合わせか……面白いな」
一人になった俺は、改めて釣りを続けた。夕方が近づくにつれて、魚のアタリが活発になってきた。
「やっぱり夕まづめは違うな」
ガンソウ爺さんの言っていた通りだ。時間帯による魚の活性の変化も、このゲームではしっかり再現されている。
そんな時、いつもより大きなアタリがあった。
「おっ、これは……」
竿が大きく曲がる。今までとは明らかに違う引きの強さだ。
『シルバーダイがかかりました!』
「シルバーダイ!」
ガンソウ爺さんが言っていた魚の一つだ。コモンフィッシュより上位の魚らしい。
魚は激しく抵抗する。竿先が水面を叩き、リールからジリジリと糸が出ていく。
「落ち着け、落ち着け……」
現実での経験を活かし、慎重にやり取りする。強引に寄せようとすると糸が切れる危険がある。魚の動きに合わせて、丁寧に対応する。
数分間の格闘の末、ついにシルバーダイを桟橋に上げることができた。コモンフィッシュより一回り大きく、名前の通り銀色に美しく輝いている。
『シルバーダイを釣り上げました!釣りスキルが大幅に上昇しました』
「やったあ!」
今度は声に出して喜んだ。これは間違いなく価値のある魚だ。
アイテム欄を確認すると、シルバーダイの説明文には『オルディア港近海の良質な魚。調理や売却で高い価値を持つ』とあった。
気がつくと、辺りはオレンジ色に染まっていた。夕日が海に反射して、とても美しい光景だ。
「いい一日だったな」
初めてのアルネシア海釣りは大成功だった。コモンフィッシュ5匹とシルバーダイ1匹の釣果。釣りスキルも順調に上がり、料理人との交流もあった。
桟橋を後にする前に、もう一度海を見つめた。
「明日も釣りに来よう。もっと大きな魚を釣ってやる」
胸に新たな目標を抱いて、俺は港の宿屋へ向かった。今日の釣果を売って、明日の準備を整える時間だ。
【アルネペディア】
・釣りスキル:魚を釣るためのスキル。竿を投げる動作で自動発動。レベルが上がると釣れる魚の種類や成功率が向上する。
・コモンフィッシュ:オルディア港近海でよく釣れる一般的な魚。現実世界のアジに似た銀色の魚で手のひらサイズ。調理することで回復効果のある料理になる。
・シルバーダイ:コモンフィッシュより上位の魚。現実世界のチヌ(黒鯛)に似ているが銀色に美しく輝く。調理や売却で高い価値を持つ。引きが強く釣り上げるのにコツが必要。
・コモンフィッシュの塩焼き:釣りたての魚で作ると「HP回復+50、DEX+3(30分間)」の効果。釣りたての魚は調理効果が高い。
・解体スキル:モンスターや素材を適切に処理するスキル。スキル発動時は対象の構造が淡く光って見える。技術依存スキルのため習得には適性試験が必要。




