第二話「初心者の洗礼」
オルディア港に降り立った俺は、まず周囲を見回した。石畳の道には多くのプレイヤーが歩いており、それぞれが思い思いの装備を身につけている。剣を背負った戦士、杖を持った魔術師、短剣を腰に下げた盗賊――まさにファンタジーRPGの世界だ。
しかし、このVRの没入感は想像以上だった。風が頬を撫でる感覚、潮の香り、遠くで聞こえるカモメの鳴き声。全てが現実のように鮮明で、少し頭がくらくらする。
『プレイヤー、ウシオ様。チュートリアルを開始しますか?』
どこからともなく、優しい女性の声が聞こえた。視界の端に、半透明のウィンドウが表示される。
「はい、お願いします」
『チュートリアルを開始します。まず、基本移動の練習です』
言われるがまま、ぎこちない足取りで指定された方向へ進む。VR独特の浮遊感に戸惑いながらも、だんだん慣れてきた。
『次に、メニュー画面を開きましょう。右手を開き、手のひらを上に向けた状態で、指を一本立ててください』
右手をゆっくりと開き、人差し指を立てる。すると、手首のあたりから薄い光の板がスッと伸びてきた。
「おお、すげぇ」
光の板には、ステータス、スキル、アイテム、装備、マップ、オプション、ログアウト、といった項目が並んでいる。恐る恐る「ステータス」に触れてみる。
プレイヤー名:ウシオ
種族:ヒューマン
職業:狩人
レベル:1
HP:100/100
MP:50/50
SP:100/100
基本ステータス
STR:12 DEX:15 INT:10
VIT:13 AGI:14 LUK:11
「DEXとAGIが高めか。狩人らしいステータス配分だな」
次に「スキル」を確認する。
職業スキル:弓術Lv.1、採取Lv.1
基本スキル:識別Lv.1、移動Lv.1
アイテム欄を開くと、初期支給品が並んでいた。
・初期支給回復薬(N)×3
・初期支給MP薬(N)×2
・狩人用装備セット(N)×1
『メニューの閉じ方は、指を立てたまま手を下ろすか、握りこぶしにしてください』
言われるがまま手を下ろすと、光の板が消えた。
『次に、戦闘チュートリアルを行います。正面に現れる練習用スライムに攻撃してみましょう』
目の前に青いゼリー状のモンスターが現れた。俺は腰の短弓を抜き、矢を番える。
「よし」
狙いを定めて矢を放つが――シュン!矢はスライムの隣の地面に突き刺さった。
「あれ?」
『命中率は武器の性能とDEXステータス、そして実際の技術に依存します。何度か練習してみましょう』
二射目、三射目も外れた。四射目でようやくスライムに命中し、『-3』というダメージ表示が現れる。スライムのHPは15なので、あと4発は当てる必要がある。
その間にスライムがぴょんぴょんと近づいてきて、体当たりを受けた。俺のHPが2減る。
「うおっ、たかがスライムに……」
なんとか5発目を当てて、ようやくスライムを倒すことができた。スライムは光の粒となって消え、経験値とお金を少し獲得した。
『戦闘の基本は以上です。続いて、採取スキルの使用方法を学びましょう』
今度は港の近くの草原に案内された。そこには様々な植物が生えている。
『薬草を採取してみてください。薬草に近づいて、採取の意思を込めて手を伸ばしてください』
指示された薬草は、現実でもよく見かけるドクダミに似た植物だった。近づいて手を伸ばすと、自動的にしゃがみ込んで薬草を摘む動作が行われる。
『薬草を1個獲得しました』
「へえ、これは海でも応用できそうだな」
海藻や貝類の採取にも使えるかもしれない。
『最後に、NPCとの会話と簡単なクエストの受注方法を学びましょう』
港にいる商人のNPCに話しかけると、簡単なお使いクエストを受けることができた。
「ふむふむ、隣町まで手紙を届けるのか。簡単そうだな」
クエストを受注すると、地図に目的地が表示される。オルディア港から歩いて十分ほどの場所にある小さな村だった。
道中、いくつかのスライムと遭遇したが、訓練のおかげで多少はマシに戦えるようになっていた。それでも一匹倒すのに矢を4〜5本使う効率の悪さは変わらない。
「戦闘職の人たちはもっと楽に倒せるんだろうなあ」
小さな村でクエストを完了し、報酬の経験値とお金を受け取った。レベルが2に上がり、ステータスポイントを1つ獲得できた。
「うーん、DEXに振るかAGIに振るか……」
弓の命中率を上げるならDEX、回避や移動速度を上げるならAGI。しばらく考えて、DEXに振ることにした。命中しなければ話にならない。
『チュートリアル完了です。アルネシア・オンラインの世界をお楽しみください!』
メッセージが消えると、俺は一人港に立っていた。周りを見回すと、他のプレイヤーたちは次々と冒険に出発していく。レベル上げのためにモンスターを狩りに行く者、ダンジョンに挑戦する者、生産系のスキルを上げるために素材集めに向かう者――みんな目的を持って行動している。
「さて、俺はどうするかな」
狩人として森で狩りをするのが王道だろうが、俺の目的は海だ。でも、まだレベルも低いし装備も貧弱。いきなり海に出るのは無謀かもしれない。
しばらく考えて、まずは港周辺でレベル上げをしながら、海に関する情報を集めることにした。NPCに話しかけたり、他のプレイヤーに聞いたりして、この世界の海がどんなものなのかを知る必要がある。
「急がば回れ、だな」
俺は港の酒場に向かった。情報収集には酒場が一番だ。そこで俺は、この世界の海の奥深さを知ることになる。
【アルネペディア】
・スライム:初心者向けの弱いモンスター。HP15、攻撃力2程度。経験値とお金を少量ドロップする。
・採取スキル:植物や鉱物などの素材を採取するスキル。狩人の得意分野の一つ。