第十四話「熟成の真価」
翌日、俺は港の料理人街を歩き回っていた。ミオを探すためだ。血抜き熟成法で処理した魚の真価を知るには、やはり料理のプロに調理してもらう必要がある。
「確か、解体スキルを持った料理人だったよな」
いくつかの料理店を回ったが、ミオの姿は見当たらない。そんな時、港の調理場から美味しそうな香りが漂ってきた。
「この匂い...」
調理場を覗いてみると、見覚えのある後ろ姿があった。茶髪を後ろで束ね、エプロンを着けた女性が、手際よく魚を捌いている。
「ミオさん?」
「あ!ウシオさん!」
振り返ったのは、確かにミオだった。
「お久しぶりです。覚えていてくださったんですね」
「もちろんです!あの時は美味しい魚料理をありがとうございました」
ミオは嬉しそうに微笑んだ。
「今日はどうされたんですか?」
「実は、お願いがあって。新しく開発した魚の処理法があるんですが、料理してもらって効果を確認したいんです」
「面白そうですね!どんな処理法ですか?」
俺は血抜き熟成法について説明した。ミオは興味深そうに聞いていた。
「血抜きによる熟成...確かに理にかなってますね。ぜひ試させてください」
俺は熟成処理を施したブルーマリンを取り出した。24時間経過したそれは、見た目からして普通の魚とは違っていた。
「わあ、身が締まってて艶がすごいですね。香りも全然違う」
ミオが魚を手に取って確認する。
「これは期待できそうです。解体から始めますね」
ミオの解体スキルが発動すると、魚の輪郭が淡く光った。
「あ、解体スキルの光だ」
俺は興味深く見守った。いつか自分も覚えたいスキルだ。
ミオは慣れた手つきでブルーマリンを解体していく。内臓を取り除き、三枚におろし、骨を丁寧に取り除く。
『解体成功:上質なブルーマリンの身×4、ブルーマリンの骨×2、ブルーマリンのアラ×1を獲得』
「上質って表示されてる!」
「熟成の効果で、素材のランクが上がったんですね。これはすごいです」
ミオは感心しながら身を確認していた。
「通常のブルーマリンより、明らかに質が違います。身の色艶、弾力、香り、全てが上等です」
続いて調理に移る。ミオは身をソテーにすることにした。
「こういう上質な素材は、シンプルに調理するのが一番ですね」
フライパンに油を敷き、軽く塩胡椒した身を焼いていく。ジュージューという音と共に、たまらない香りが立ち上った。
「うわあ、すげぇいい匂い」
「普通のブルーマリンとは全然違いますね。香りの深さが段違いです」
数分後、美しい焼き色がついたソテーが完成した。
『料理成功:「熟成ブルーマリンのソテー」完成』
皿に盛りつけられた料理は、まるで高級レストランの一品のようだった。
「それでは、いただきます」
俺は一口食べてみた。
「!!!」
口の中に広がったのは、今まで体験したことのない深い味わいだった。魚の旨味が凝縮され、それでいて臭みは全くない。身はしっとりとして、噛むほどに味が出てくる。
「これ、やばいです。めちゃくちゃ美味い」
ミオも目を輝かせていた。
「私も驚きました。こんなに美味しいブルーマリンは初めてです」
そして、システムメッセージが現れた。
『「熟成ブルーマリンのソテー」を食べました』
『HP回復+120(通常の2.4倍)』
『DEX+8(通常の2倍)』
『AGI+5(通常の1.7倍)』
『持続時間:90分(通常の1.5倍)』
『特殊効果:海洋活動効率+15%(60分)』
「すげぇ!バフ効果が桁違いだ」
通常のブルーマリン料理と比べて、全ての効果が大幅に向上している。さらに、海洋活動効率という特殊効果まで付いている。
「これは革命的ですね。熟成によってここまで効果が変わるなんて」
ミオも驚いている。
「ウシオさん、この技術は素晴らしいです。ぜひ多くの人に知ってもらいたい」
「そうですね。でも、どうやって広めるか...」
「掲示板に投稿するのはどうでしょう?私が調理データと一緒に投稿させてもらえませんか?」
「お願いします!ミオさんなら、料理人の視点からも詳しく説明してくれそうです」
その後、俺たちは他の魚でも実験を続けた。コモンフィッシュ、シルバーダイ、ゴールデンタナゴ。どれも熟成処理によって劇的に美味しくなり、バフ効果も大幅に向上した。
実験を重ねているうちに、俺にも変化が起きた。ミオの解体技術を間近で見続け、さらに自分でも何匹もの魚を処理した結果、ついに条件を満たしたのだ。
『条件達成:解体スキルLv.1を習得しました』
「やった!解体スキル覚えた!」
「おめでとうございます!これで自分で処理できますね」
解体スキルを使ってみると、魚の構造が見えるような感覚があった。どこを切れば無駄なく処理できるかが、直感的に分かる。
「これは便利だ」
夕方になって、ミオが掲示板投稿の準備を始めた。
「どんな感じで書きましょうか?」
「技術の手順と、実際の効果を詳しく書いてもらえませんか?」
ミオは丁寧に投稿文を作成していく。
『【革新技術公開】血抜き熟成法による魚料理の品質向上について』
『料理人のミオです。狩人のウシオさんが開発された「血抜き熟成法」を実際に調理して検証いたしました。
【技術概要】
1. 魚を釣った直後に完璧な血抜きを行う
2. シトラスハーブで魚体を包み、ドリップを吸収させる
3. 保存袋に入れて空気を抜き、24時間熟成させる
【調理結果】
・通常のブルーマリンと比較して、旨味が格段に向上
・身の質感、香り、全てが上質に変化
・バフ効果が平均2倍以上に向上
・持続時間も大幅に延長
・海洋活動効率向上の特殊効果も確認
この技術により、魚料理の可能性が大きく広がります。海洋系プレイヤーの皆様、ぜひお試しください。
なお、この技術を開発されたウシオさんに深く感謝いたします。』
「素晴らしい投稿ですね。ありがとうございます」
投稿が完了すると、すぐに反響があった。
「これマジ?バフ効果2倍って」
「料理人のお墨付きなら間違いないな」
「シトラスハーブ買いに行こう」
海洋系プレイヤーだけでなく、料理人からも多くの反応があった。
そんな中、特に丁寧な文章のメッセージが届いた。
『拝見させていただきました。なんと素晴らしい発想でしょう。血抜きによる熟成という考え方、まさに目から鱗でございます。素材の真の価値を引き出すという理念に、深く感銘を受けました。私も素材の品質向上に日々取り組んでおりますので、このような技術を惜しみなく公開してくださる心意気に敬服いたします。いつかお目にかかれる日を楽しみにしております』
「すごく丁寧な人だなあ。料理人の人かな?」
差出人の名前は表示されていなかったが、文章の上品さから、かなり教養のある人だと思われた。
「素材の品質向上って、同じようなことを考えてる人がいるんですね」
ミオが少し興奮したような表情を見せた。
「あ、もしかして...」
「どうしたんですか?」
「実は、私が最近お世話になっている方がいるんです。とても上品で、素材の扱いに並々ならぬこだわりを持った料理人の方で」
ミオの表情が明るくなった。
「その方、解体技術がすごくて、素材の鮮度や品質について、私にいろいろ教えてくださるんです」
「へえ、すごい人なんですね」
「はい!『素材との対話』って言葉をよく使われるんです。きっとこのメッセージも、その方かもしれません」
ミオは嬉しそうに微笑んだ。
「もしそうなら、ウシオさんの技術をとても喜んでくださると思います。素材を大切にするという考え方が、きっと共感してもらえるはずです」
「そんな人と知り合いになれるなんて、ミオさんはすごいですね」
「私の方こそ、いろいろ教えていただいて感謝してるんです。今度、機会があったら紹介しますね」
三人の料理人が出会うことで、どんな化学反応が起きるのか。俺は少し楽しみになった。
夜になって、俺は今日の成果を振り返っていた。血抜き熟成法の効果確認、解体スキルの習得、そして技術の公開。
「今日は大収穫だったな」
港の夜景を見つめながら、俺は満足感に浸っていた。自分の開発した技術が、多くの人に喜んでもらえている。これ以上の幸せはない。
「明日はカイトさんたちに深海神殿のことを相談しよう」
新たな冒険への期待を胸に、俺は宿屋へと向かった。
【アルネペディア】
・熟成ブルーマリンのソテー:血抜き熟成法で処理したブルーマリンを調理した高級料理。通常の魚料理と比べてバフ効果が大幅に向上し、特殊効果も付与される。
・海洋活動効率:海での釣りや採取、戦闘の効率を向上させる特殊バフ効果。熟成魚料理の特典として付与される。




