第十三話「海に沈んだ遺跡の謎」
釣り大会での優勝から三日が経った。港では俺の活躍が話題になっており、何人ものプレイヤーから釣りについて質問を受けていた。
「ウシオさん、どうやったらレインボーフィンが釣れるんですか?」
「プレミアムルアーの使い方を教えてください」
嬉しい反面、少し困ってもいた。みんな結果だけを求めていて、海への理解や魚との対話の大切さを分かってくれない。
「まずは基本的な釣りから始めた方がいいですよ」
そんな風に答えても、がっかりした顔をされることが多かった。
そんな時、港の掲示板に興味深い依頼が貼られているのを見つけた。
『【緊急調査依頼】海底遺跡の調査員募集』
『依頼主:アルネシア考古学会』
『報酬:1000G+発見物に応じた追加報酬』
『注意:海洋での活動経験必須』
「海底遺跡?」
詳細を読むと、ノースリーフの更に沖合で、漁師たちが奇妙な石造りの構造物を発見したらしい。考古学会が本格的な調査を行うため、海洋での活動に慣れたプレイヤーを募集しているとのことだった。
「面白そうだな」
俺は迷わず依頼を受注した。海底遺跡なんて、普通の冒険とは一味違う。
翌日、指定された場所に向かうと、既に何人かのプレイヤーが集まっていた。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」
依頼主のNPC、考古学者の『ドクター・ルーイン』が挨拶した。
「今回発見された遺跡は、これまでアルネシア大陸で見つかったものとは異なる特徴を持っています。海洋文明の痕跡である可能性が高いのです」
海洋文明。俺の興味をそそる言葉だった。
「遺跡は水深15メートルの海底にあります。特殊な水中呼吸装置をお渡ししますので、それを使って調査を行ってください」
参加者は俺を含めて5名。みんな海洋系の職業のようだった。
「それでは、出発しましょう」
大型の調査船に乗り込み、遺跡のある海域に向かった。
現場に到着すると、確かに海底に石造りの構造物が見える。まるで神殿のような形をしていた。
「すげぇ...本当に遺跡だ」
水中呼吸装置を装着し、海中に潜る。VRの技術のおかげで、本当に海の中にいるような感覚だった。
遺跡は想像以上に大きく、複雑な構造をしていた。壁には古代文字のような彫刻が刻まれている。
「これは...何かのシンボルかな?」
魚の形をした彫刻や、波を表現したような模様が随所に見られる。間違いなく海洋文明の遺跡だった。
調査を進めていると、遺跡の奥に小さな部屋を発見した。そこには石でできた祭壇のようなものがあり、その上に何かが置かれていた。
「これは...」
近づいてみると、古い巻物のようなものだった。しかし、海底にあったにも関わらず、なぜか保存状態が良い。
『古代海洋文書を発見しました』
システムメッセージが表示された。
巻物を慎重に取り上げると、古代文字で何かが書かれている。読むことはできないが、魚の絵や海の図が描かれているのが分かる。
「これ、重要な発見かもしれない」
その時、遺跡の壁に奇妙な光る文字が現れた。
『古代の知識を求める者よ、海の深淵への道を示そう』
突然のメッセージに驚いた。どうやらこの遺跡には、まだ秘密が隠されているらしい。
光る文字は続いた。
『深海に眠る神殿へと続く道がある。しかし、その扉は海洋の叡智を持つ者にのみ開かれる』
深海の神殿。俺の心臓が跳ね上がった。
さらに調査を続けると、遺跡の最深部に水で満たされた洞窟の入り口を発見した。
「これが深海神殿への入り口か?」
しかし、一人で進むには危険すぎる。一度地上に戻って、準備を整える必要がありそうだった。
調査船に戻ると、ドクター・ルーインが興奮していた。
「素晴らしい発見です!古代海洋文書は学会にとって貴重な資料になります」
「ドクター、この文書に書かれているのは何でしょうか?」
「詳しい解析が必要ですが、古代の漁法や海洋生物との共生について書かれているようです」
俺の興味はさらに高まった。古代の漁法なんて、まさに俺が追求したいものだ。
「もし解読できたら、教えてもらえませんか?」
「もちろんです。あなたの発見ですからね」
報酬として1000Gと、さらに発見ボーナスで500Gを受け取った。
港に戻る途中、俺は今日釣った魚のことを考えていた。調査の合間に何匹か釣ったのだが、持ち帰る頃には鮮度が落ちてしまっている。
「何かいい保存方法はないかな」
現実でも、釣った魚を新鮮に保つのは釣り人の課題だ。祖父から教わった血抜きの技術を思い出した。完璧に血を抜けば、魚は腐敗ではなく熟成するのだ。
港に戻って早速実験してみることにした。
まず、釣ったばかりの魚の血抜きを丁寧に行う。エラと尻尾の付け根に切れ込みを入れ、海水で血を完全に洗い流す。これは祖父直伝の技術だ。
「血抜きが完璧だと、全然違うんだよな」
次に問題となるのは、温度と湿度の管理だ。ゲーム内でも現実と同じような環境制御が必要なはずだ。
市場を見て回っていると、香草を売っている店を見つけた。
「この香草、魚の保存に使えるかも」
店主に話を聞くと、『シトラスハーブ』という柑橘系の香りがする薬草があった。
「この草は防腐効果があるんです。それに、水分を吸収する性質もありまして、肉や魚から出るドリップをよく吸い取ってくれるんですよ」
「面白そうですね。買います」
シトラスハーブを購入し、血抜きした魚を葉で丁寧に包んでみる。葉が魚から出るドリップを吸収し、適度な乾燥状態を保ってくれる。さらに、普通の保存袋に入れて、なるべく空気を抜くようにして保存した。
「完全に密閉できればもっと効果が上がりそうだけど...まあ、今はこれで様子を見よう」
24時間後、魚の状態を確認してみると驚くべき結果が待っていた。
『新技術「血抜き熟成法」を開発しました』
魚は腐敗するどころか、身が締まり、独特の艶を放っていた。香りも格段に良くなっている。
「これはすげぇ!完璧な血抜きとドリップ吸収で魚が熟成するのか。もっと完全に密閉できる方法があれば、さらに効果が上がりそうだな」
しかし、この技術の真価を知るには、実際に料理してもらう必要がある。俺は料理人ではないので、調理の腕前には限界がある。
「そうだ、以前お世話になった料理人の人に頼んでみよう」
確か、ミオという名前だった。桟橋で初めて釣った時に、魚を調理してもらった親切な料理人だ。
「久しぶりに会えるかな」
港の料理人が集まる場所を探してみることにした。この革新的な技術の効果を、しっかりと確認したい。
数日後、ドクター・ルーインから連絡があった。
「古代海洋文書の解読が進みました。興味深い内容が含まれています」
研究所を訪れると、ドクターが興奮した様子で説明してくれた。
「この文書には、古代の漁師たちが使っていた特殊な技術について書かれています。『潮流統率』『深海交感』など、現在では失われた技術です」
「潮流統率?」
「潮の流れを読み、操る技術です。古代の漁師たちは、この技術を使って大型の魚を捕らえていたようです」
俺の心が躍った。そんな技術が本当に存在するなら、ぜひ習得したい。
「その技術を学ぶことはできますか?」
「文書だけでは限界があります。しかし、あなたが発見した深海神殿には、より詳しい情報があるかもしれません」
深海神殿。やはり、そこに行く必要がありそうだった。
「でも、一人では危険すぎます。信頼できる仲間と一緒に行くことをお勧めします」
カイトとレイに相談してみよう。きっと協力してくれるはずだ。
その夜、俺は海を見つめながら今日の出来事を振り返っていた。古代遺跡の発見、新しい熟成技術の開発、そして深海神殿への手がかり。
「海って、本当に奥が深いな」
血抜き熟成法は大きな可能性を秘めているが、まだ実証が不十分だ。実際に料理してもらって、その効果を確認する必要がある。
「明日はミオさんを探してみよう。そして、カイトさんたちにも深海神殿のことを相談しないと」
深海神殿への挑戦。新たな冒険への期待を胸に、俺は眠りについた。
【アルネペディア】
・海底遺跡:ノースリーフ沖合の水深15メートルに発見された古代海洋文明の遺跡。神殿のような構造で、古代文字の彫刻が刻まれている。
・古代海洋文書:海底遺跡で発見された巻物。古代の漁法や海洋生物との共生について記されている。
・深海神殿:古代海洋文書に記された謎の神殿。海洋の叡智を持つ者にのみ扉が開かれるとされる。
・ドクター・ルーイン:アルネシア考古学会の研究者NPC。海底遺跡調査の依頼主。
・シトラスハーブ:柑橘系の香りを持つ薬草。防腐効果に加え、魚から出るドリップを吸収する性質を持つ。魚の熟成に必要な適度な乾燥状態を保つ。
・血抜き熟成法:完璧な血抜きとシトラスハーブ、密閉環境を組み合わせた魚の熟成技術。ウシオが開発し、海洋コミュニティに公開した。腐敗を防ぎ、旨味を大幅に向上させる。




