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9.夏休み




「夏休みだな、サラ、アル!」

「は、はぁ。いきなりどうしたのですかお父様。」

「……。」


ある日の朝食、父がいきなり声を張り上げたので、サラは手に持っていたパンを危うく落とすところだった。一方、アルブレヒトは涼しい顔でスープを口に運んでいる。


試験が終わり、アルブレヒトも夏休みに入った。

試験で学年一位を取ると貰える記念トロフィーをアルブレヒトが持ち帰ってきたときは、サラと父は大興奮だった。

アルブレヒトは心底嫌そうな顔をしていたが、高等学院で一位をとるというのはそう簡単なことではない。

ゴミ箱にトロフィーを捨てそうなアルブレヒトを何とか止めて、玄関の飾り棚の目立つところに飾った。

それを見てアルブレヒトはさらに嫌そうな顔をしていたが、捨てるのは諦めたようだ。

そんな彼の渋い顔が記憶に新しい。



「せっかく夏休みなんだ。家族で遊びに行こう。」

「!……でも、お父様とアルブレヒト君は何かと忙しいんじゃないですか?」

「アルがここに来てから、色々連れて行かないといけない現場や行事が立て込んでいてね。それでアルのことを連れまわしたり稽古をつけていたんだが、それも一段落したんだよ。」


確かに、国境パトロールや護衛騎士の会議などが春から夏にかけて盛りだくさんだったことを思い出した。サラも少し前までは護衛騎士になるはずだったので、沢山の行事に参加してきた。


「アルも連れまわして悪かったね。北東に来てから、ろくに観光できていないだろう。」

「問題ありません。」


アルブレヒトは素っ気なく言ったが、本当に不満はないみたいだ。

あれだけのハードスケジュールをこなしつつ学業も疎かにしないとは、改めてアルブレヒトの体力と能力その他もろもろの凄まじさを思い知る。


「そうか。だがしばらくは忙しくないからね。久しぶりにおばあさまの所にでも行こうかと思って。アルのことも紹介したいしね。」

「おばあさまのところですか!」


サラは途端に笑顔になった。

アルブレヒトは興味が無さそうだったが、一応説明した。


「おばあさまはお父様のお母様で、ここよりも北に近い山に住んでいるの。この時期でも気温が低くて、涼むにはぴったりだよ。それに自然が豊かで、とても素敵な場所だと思う。」

「そうなんだ。夏休みに遊びに行くのにちょうどいいと思ってね。どうだ、サラ、アル、行ってみないか。」

「ぜひ!」


サラはもちろん賛成だった。


「僕はやめておきます。お二人で行ってきてください。」


アルブレヒトは当然のように断った。


「え!でも……」

「僕はここに残ります。課題や鍛錬があるので。」


サラにとって祖母は大好きな家族だが、アルブレヒトにとっては会ったこともない他人だ。

サラは一人ではしゃいでしまったことを後悔した。

だが、ここで置いていくのはあまりにも寂しい。


「おばあさまはとても優しいお方だよ。きっと美味しい料理を振舞ってくれるし、それに家の周りには景色が綺麗なところが沢山あって……行ったら絶対楽しいと思う。アルブレヒト君にも見てほしいの。……一緒に行こう?」


向かいに座るアルブレヒトはしばし考えて、サラから目をそらした。

一瞬間があったが、それを破ったのは父だった。


「サラの言う通りだ。それに、北に近い環境を知ることは、護衛騎士の活動にも役に立つだろうしね。」


父が後押しすると、アルブレヒトは観念した。


「そういうことであれば行きます。」

「よかった!」

「よし、じゃあ早速おばあさまにも連絡しよう。」


こうして三人での初めての遠出が決まった。




____________________





「はぁー、空気がおいしい。」


サラは思い切り空気を吸い込んだ。

シュルツ家がある北東の市街から馬車で四時間、ようやく目的地にたどり着いた。

道中気まずくならないか心配していたサラだったが、父が延々と話しかけてきたので杞憂だった。アルブレヒトはずっと本を読んでいたが、時折手を止めて会話に参加してくれた。


昼過ぎに出発したので、あたりは日が暮れかけている。

山に囲まれた丘に、サラの祖母の家はあった。白塗りに緑の屋根で、4階建てのかわいらしい家だ。家の前には花壇があり、外が明るければ色とりどりの花が出迎えてくれるが、それは明日のお楽しみだ。

花の道を通り、街灯に照らされた扉を叩くと、しばらくしてガチャリと開いた。


「まあまあ、サラ、よく来たね。エリアスも。」

「おばあさま!お久しぶりです!」


サラは久々に会う祖母に抱き着いた。

いつのまにか自分より小さくなった体は、それほど背の高くないサラでもすっぽりと包み込めた。


「また大きくなったねぇ。」

「それ会うたびに言ってるよ。」


サラと祖母は顔を合わせて笑った。


「お母様、お元気そうで何よりです。」

「おまえもね、エリアス。それでその子が……」


祖母がアルブレヒトに目を向けた。


「はい、手紙でも伝えていましたが、この子がアルブレヒト。春から僕の息子でサラの弟です。」


「初めまして、アルブレヒトです。短い間ですが、お世話になります。」

「まあ、これはまたえらい綺麗な子だこと。」

「ははは、そうでしょう。それにすごくしっかり者なんですよ。立ち話もなんですし、中に入ってもいいですか?」

「ああ、そうだね。お腹すいてるかい?ご飯たくさん作ってあるよ。」

「やった!ねぇ、あれもある?」

「もちろん、サラの好きなかぼちゃパイもね。」


サラたちは客間に荷物を置くと、ダイニングに向かった。


縦長のテーブルの上には、ステーキや魚料理、見たことのない鮮やかな野菜など、豪華な料理が所狭しと並べられている。サラの好物のかぼちゃパイは、山のように積みあがっていた。


「わぁ、おいしそう!」

「たくさんお食べ。」


サラは久々の祖母の料理に感動した。

一口一口をかみしめて食べていると、若干引き気味な顔をしたアルブレヒトと目が合った。だらしない顔をしていたのかもしれない。サラは少し正気に戻った。


「お母様のところに来るのは二年ぶりですね。相変わらず自然が豊かな場所だ。」

「手紙のやり取りはしていたけどねぇ。」

「なかなか来られなくてごめんなさいおばあさま。ここは変わりない?」

「北東の街から大分離れているからね。来るのも大変だったろう。ここはなんにも変わっちゃいないよ。明日見てくるといいさ。」

「うん!お父様、明日は外を見て回っていいですか?」

「ああ。私は明日近くの魔術支部局に顔を出そうと思っていてね。サラ、アルと一緒に遊んでおいで。」

「遊んで……?」

「はい!」


遊ぶという無邪気な単語にアルブレヒトは眉をひそめていたが、その後も夕食は和やかに続いた。


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