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1.春の嵐




「ねぇ、サラ。」

「なあにお母さん。」

「サラ、あなたは本当に素直でいい子よ。」

「すなお?」

「あなたが優しくて素敵な女の子に育ってくれて、お母さんは本当に嬉しいわ。」

「そうかなぁ」

「そうよ。誰からも愛される立派な大人になるわ。」

「へへっ。やった!」

「……もうなにも心配しなくていいんだって、お母さん安心してる。」







「っ……。夢か……。」


あまりに鮮明で暖かい記憶で、夢だと気づいて落胆した。

まだ少し肌寒い春の日の朝、サラはゆっくりベッドから下りた。


「このくせっ毛本当やんなっちゃう。」


くせ毛でダークブラウンの髪は、朝の貴重な時間を奪う。湿度が高いとうねるし量も増える。雨の多い時期は大変なのだ。

一つに結ってどうにかこうにかして綺麗にまとめた。

サラサラストレートヘアへの憧れを抱きつつ身支度を終えると、朝食をとりに部屋を出た。



____________________



「おはようサラ。」

「おはようございます、お父様。」


食卓に向かうと、サラの父親のエリアスがすでに席についていた。

幼い頃に母を亡くし、サラは父と二人きりの家族だった。今日までは。


「昼過ぎにはここに着くみたいだ。一緒に出迎えよう。」

「わかりました。」

「表情がかたいな。緊張してるか?」

「……少しだけ。今までお父様と二人きりでしたから。」

「ははっ。サラより4つ年下だが、しっかりした良い子だよ。きっとすぐに仲のいい姉弟になれる。」

「そうですね……。私、姉らしくできるように頑張らなきゃ!」

「ああ。よろしく頼むぞ。」


父から養子をもらったと聞いた時は驚くばかりで実感が湧かなかった。

今だってそうだが、深呼吸して心を落ち着けた。

南向きの大きな窓からは春の陽気がほころんでいた。



____________________



遠くから馬車の走る音が聞こえる。


「来たみたいだ。盛大に迎えよう。」

「はい、お父様!」


エリアスと玄関で到着を待ちながら、サラはソワソワしていた。

どんな子だろうか。

綺麗にまとめたはずのくせ毛が少しほつれている感じがして気になってきた。

急いで手櫛でおさえる。


そのとき、大きな音を立てて扉があいた。

春の強い風と共に花びらが入り込んでくる。

薄紅色の光がまぶしくて、思わず目を閉じた。


「ハルトマン家から来ました。アルブレヒトです。」


凛とした声が聞こえた。

逆光で見えなかった姿が、徐々に目が慣れてきて鮮やかに映し出される。


これほどまでに綺麗な人間を、サラは今まで見た事がなかった。

透けるような銀髪と宝石のような青い目。

涼やかな輪郭と薄い唇。

すらりとした脚は黒のスラックスに包まれている。

作り物のようで、とても生きているとは思えなかった。


「っ……。」


前髪をめくるほどの風の強さのせいか、それとも彼が放つどこか冷淡なオーラのせいか、サラは身震いした。


「やあ、よく来てくれたアル。ここまで長旅ご苦労だったね。」

「お気遣い感謝します。長距離移動は慣れていますので。」

「そうかそうか。アル、紹介するよ。君の姉になる娘のサラだ。……サラ?どうかしたのか?」


目の前の会話を遠く聞きながら、アルブレヒトの現実味のない美貌に呆気に取られていたサラは、父の呼びかけにはっとした。

無意識に止めていた呼吸を再開する。


「ご、ごめんなさい。ぼーっとしちゃって。」

「……。」

「はじめまして、サラです。どうぞよろしくお願いします。」

「アル、前にも話したが、サラは君の心優しい姉になれると思う。仲良くしてやってくれ。」

「……よろしくお願いします。」


(なっ、なんか怒ってる?)


緊張しているのか無表情なアルブレヒトにサラは会釈を返した。


「早速だがサラ、アルを部屋まで案内してくれないか?」

「わかりました。」

「私は書斎で少しやることがあるから、夕飯の時間にまた会おう。」

「はい、お父様。」


書斎へ向かう父の背を見送ると、サラはアルブレヒトに向かい合った。





「えっと、改めましてよろしくね。部屋はこっちだよ。」

「はい。」


アルブレヒトの部屋がある二階の角部屋へと向かう。アルブレヒトのために、長年使っていなかった部屋を整えたのだ。きっと居心地はいいはずだ。


「この部屋だよ。物はそろえてあるけど、必要なものがあったら遠慮なく言ってね。」

「わかりました。では。」

「あの!」


部屋に入ろうとしたアルブレヒトを、慌てて呼び止める。


「いきなり知らない家に来て慣れるまで大変だと思うけど、これから仲良くしてね。姉弟として!」


サラは握手を求めて右手を差し出した。


「……。」

「ア、アルブレヒト君?」


当然のように手を握ってくれると思っていたサラは、ギラっと鋭い目線で無表情のまま動かないアルブレヒトに動揺した。


「僕がこの家に来たのは、」

「う、うん。」

「利害の一致であって家族になりに来たわけではありません。」

「……。」

「あなたも、無理に僕と親睦を深めようとしなくて結構です。」


では、と彼は言い残して部屋の扉をバタンと閉めた。

唖然としたサラは、たった今目の前で繰り広げられた言葉が処理できずしばらくその場に立ちすくんだ。


「あっ、そういう感じ?」


ようやく状況を飲み込んだサラは気の抜けた顔でつぶやいた。




22歳、春。サラに新しい“家族”ができた。


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