4-2 ヴァルは秘密をもちはじめて、もう僕なしでも冒険に出る
ヴァルならきっと黙ってなくて何か思いつくだろうけど、大変なことになるような予感がした。だから僕はこのできごとをヴァルにも誰にも言わないでおくことにした。
それで、元気のない顔をしていて気づかれでもしたら困るから、わざと元気な顔を作って、ただいま! っていきおいよくドアを開けたんだ。
でも、中にいたのはおばさん一人だった。
「ヴァルは?」
「今日はまだよ」
ぽかんとしていると、おばさんも針仕事の手を止めて、カウチのところからけげんそうな目をあげた。
「知らないの? このところ毎朝ひとりで出かけるのよ。あら嫌だ、何をしてるのかあなたは把握していると思ってたのに」
おばさんは舌打ちをして、窓の外を睨んだ。
「ろくでもないことでなけりゃいいけど」
春になってヴァルは急に大きくなりだした。犬のベルントと並んだのがほんの二週間前で、つい昨日、後ろ足で立ち上がったらもう僕を見下ろすんだと気づいたばかりだった。
飛ぶのもどんどんうまくなって、ケガが治ってすぐの頃は飛べるといってもニワトリくらいだったのに、高いところをずいぶん長いこと飛べるようになってきている。
「いつから?」
「先週ぐらいからかしらね」
僕は、先週だったか少し前に、不思議に思ったことを思い出した。夜中に風を感じて目をさましたら、屋根裏の窓が開いていて、ヴァルがいなかったんだ。どうしたんだろうと思いながらうとうとしていたら、しばらくして帰ってきた。どこへ行ってたの、ときいても、なんだかよくわからないことを言って教えてくれなかった。
体も大きく強くなってきて、ヴァルがお昼から僕と遊ぶだけじゃ物足りなくなってきているのはわかる気がした。だけど内緒で何をしているのかなんて、僕たちにはまるで想像もつかなかった。
僕がお昼を食べ終える頃になっても、戻ってこない。おばさんもピリピリしてきていた。それで、宿題もあったけど、ヴァルをさがしに外へ出た。それにはおばさんも反対しなかった。
ヴァルはすぐに見つかった。うちの家畜を囲ってあるところでおじさんと立ち話をしていた。
そばにはベルントもいて、ヴァルはウシを蹴るまねをしてからかいながら、おじさんをためしているみたいだった。おじさんは柵の外にじっと立って、ヴァルの言うことすることに首を振っている。
ヴァルはクマみたいにいかつくてあまりしゃべらないおじさんを前から気にしていた。こわいと思う気もちと、遊んでほしいって気もちがまぜこぜになっている感じ。
自分が大きくなったから、「こわい」のほうがうすれてきたんだ。
「ヴァル」
僕が呼ぶと、ヴァルはこちらへ飛んできた。
「来いよ、ハンス」
「どこへ行ってたの? もう、僕、心配しちゃったよ」
僕は文句を言ったのに、ヴァルはなんだかニヤニヤして答えない。そのまま僕を連れてどこかへ出かけようとする。
「僕が帰ってきたときはまだおじさんと一緒じゃなかったよね」
「いいから俺に従え。墓場でガキどもが石合戦をしていた」
あれはおもしろそうだ、と思っているのが顔に出ていた。
僕は嫌な予感がした。
「僕は行かない」
ヴァルは止まって、僕を振り向いた。
「行かない? 俺様の命令に逆らうのか」
「だって、石合戦には魔法とかは出てこないよ。たのしくないよ、きっと」
「わかんねぇやつだな。だったら弾の当たらねぇとこに隠れて見てな」
僕はヴァルの気が変わるのを期待した。僕なしでも行くとは思えなかった。僕がここを動かないでいればそのうち諦めて戻ってくると思った。
けれど、ヴァルはもう振り向きもしないでぐんぐん遠ざかっていく。
僕はしかたなく後を追った。すぐにベルントが追いかけてきた。子どもたちがヴァルを見てぎょっとした顔でもしたら、なんとかして連れて帰るつもりだった。