3-4 僕の兄さん、イマヌエル
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僕が家を出たのはヴァルと会うひと月前の、クリスマスの翌朝のことだった。
お父さんはお手伝いのカミラさんに僕を送ってもらえばいいと言ったけれど、お母さんは何年も会っていない自分のお姉さんにあずけるのだから、ゲルダと兄さんをカミラさんにお願いすると言い張った。
僕は、それでお父さんの機嫌がよけいに悪くなったので、お母さんが一緒に来てくれるのはうれしいはずなのに胃がヒリヒリした。
出発の朝、ゆりかごのゲルダにさよならをすると言ったら、お母さんはイマヌエルが近くにいないことに気づいてしまった。お母さんが
「こんなときに、あの子は」
なんてつぶやきながら兄さんをさがしに行こうとするのを見て、僕はあわてて、
「さっき、部屋で見たよ。もう、あいさつしたよ」
って、後ろの半分はウソをついた。それでわかってほしかったのに、お母さんが兄さんに見送りをさせようと決めてしまって止まらないから、お父さんがイライラして
「いい、あの子の邪魔になる」
って言うのを、聞かなきゃならなかった。
僕は兄さんの邪魔になる。イマヌエルの邪魔をしたらいけない。
階段をおりる前に見たとき、イマヌエルはいつものように自分の部屋のなかを爪先歩きでぐるぐる回りながら考えごとをしていた。ときどき指先をすばやく空中に走らせるのは、お父さんにも難しい数式を書きとめているらしい。
六つ年上の兄さんは背が高くて、彫刻みたいにととのった顔をしている。僕はこういうときに声をかけても兄さんの耳に入らないのを知っていた。近づいても目に入らないし、歩いてくるところへ立ちふさがってみても、家具をよけるみたいによけられるだけなんだ。
イマヌエルは神秘的で、何かしてほしい用事のあるときでないと人の姿が見えないみたいだった。もしかすると僕の顔を知らないんじゃないかとさえ思う。兄弟でふざけたことも、おしゃべりしたこともない。あんまりはやく記号の洗礼を受けてしまうと、ただの子どもやただのおしゃべりなんかには興味をもてなくなるのかもしれない。
僕が小学校へあがるので苦労しておぼえた時計を、イマヌエルはまだ二歳のときにある日とつぜんよめるようになった。それからというもの彼は記号のとりこで、小学生になる前に小学生の算数はぜんぶわかってしまったので、学校へは行かずに、えらい大学の先生とその学生さんたちに来てもらって、十歳から大学に出入りしている。
そんなイマヌエルをお父さんは「神に愛された子」だといって、イエス様をさずかったみたいに大事にしていた。特に小さい頃はものすごく体が弱くて病気ばかりして何度も死にかかったそうだから、よけい大事に思うのかもしれない。
僕が生まれることがわかったときも、ちょうど兄さんが最後の大きな病気をどうにか乗りこえたところで、お父さんはお母さんを怒鳴りつけたらしい。
いらないことにきみが力をそがれて、イマヌエルのことがおろそかになるじゃないかって。
僕はお父さんにとって「いらない子」だった。