2 僕はヴァルを助けて、ヴァルは僕を子分にする
変な生き物は、威勢はいいけど、つかれて困っているみたいに見えた。だから僕は、
「怒らないで」
と言って、そこにしゃがんだ。背を低くしたほうがいいと思ってね。
「僕はハンス。きみはなんていうの?」
しゃべるんだから、名前もあるのかな、と思った。でもそいつは、まだ警戒するみたいに僕をじっとにらんで、こうきき返してきた。
「ハンス、なんていうんだ、それだけじゃねぇだろ」
「ハンス・ザルツマン」
「それだけか?」
「うん、それだけ」
僕が首をすくめると、そいつは
「フン、つまらねぇ名前だな」
って、ケチをつけた。僕の名前はおじいさんの名前だからムカッときたけど、そいつはそれでちょっと僕に気をゆるしたみたいだった。肝心の自分の名前は言いそうにないから、僕は別のことをきいてみた。
「ねえ、おなかすいてるの? 何かもらってこようか」
「ドラゴンは人間の食い物なんか食わねぇ。だが、俺様に供物をささげるつもりがあるなら、火をもってこい」
僕は辺りをぐるりと見回した。おじさんもおばさんも、まだ遠くのほうで畑のせわをしていた。前の晩の嵐で飛んできた木の枝やなんかをかたづけていたんだ。
「ここでたき火はできないよ。うちなら暖炉があるけど、来る?」
そいつは少し迷って、ああ、と答えた。立ち上がってツバサを広げようとしたけど、ギクッとよろめいてすぐに座り込んでしまった。
よく見るとそいつには腕もあるのだけど、ツバサはやっぱりコウモリみたいで、つまりは腕の変形したもので、そのすけるほどうすい膜のはった腕はかんたんに折れそうな小枝みたいに細くて、もっと細い四本の指もまだ子どもの手みたいに短かった。だから、飛ばされてくる間かここへ落ちたときにケガしたんだと思う。結局、僕が抱えて帰った。
「そぅっとだぞ」
って言うから、そぅっと抱きあげて、ネコみたいに抱えて帰った。変な生き物は意外と軽くて、じんわりと温かかった。
おじさんたちの目をぬすんでこっそりうちに戻ると、暖炉の火はちゃんと燃えていた。寒いから火がほしいっていうのかと思ったら、そいつが僕の腕からぱっと飛びだして火の中に首を突っ込もうとするもんで僕はびっくりして、思わずしっぽをつかまえたら、そいつは怒ってふりほどいて、そのしっぽでムチみたいに僕の手をビシッとたたいた。
「やめろ」
とそいつが言うのと、
「だめだよ」
って僕が言うのが、かさなった。僕はびっくりして、そいつはカッとなって、言葉が出るのがおくれたんだ。たたかれたところは赤くなってジンジンしたけど、それより僕は、そいつが熱がりもしないで暖炉の赤い炎にかみついているのをぼうぜんと見ていた。
「――きみ、炎を食べるの?」
どう見ても、そうだった。うえた獣がようやく獲物にありついたみたいに、「食事」をしていた。それで僕はいよいよ、こいつはただの変な生き物じゃなくて、ふつうの生き物じゃないんだってことに、気づいた。
魔法の生き物。
「ねえ、ケガがよくなるまで、ここにいるのはどう?」
ようやく暖炉から離れたそいつに、僕は言ってみた。
「いてやるのも悪くない。ただし、おまえが俺様のシモベとしてマジメに仕えるなら、だが」
僕はしゃがんだまま、ぴょん、とはねた。そいつのそういうえらそうなしゃべり方が、いつのまにか好きになっていた。
「きみのことなんて呼べばいい?」
「ドラゴンはそうかんたんに名を名のらない」
そいつはゴニョゴニョいって、僕が決めていいことになった。
「じゃあ、ヴァルはどう? 今、ぱっと思いついたよ」
「うん、それでもいいけど、ヴァルならヴァルドーのほうが強そうでカッコイイんじゃないか」
「じゃあ、ヴァルドーが正式で、愛称がヴァルだ」
「ああ、なら、俺様のことはヴァルドー様と呼べ」
ヴァルは言いながら、首をのばして僕の後ろを見た。知らないうちにおじさんの犬のベルントが勝手口から入ってきて、ヴァルのことを不審そうに見ていた。ベルントは中型の雑犬で、それほど獰猛じゃないかわりに頭がいい。そばに来たから、僕の友だちだよって安心させようとしたら、ヴァルが先に、
「なんだ、こいつ」
って言っちゃった。顔が引きつっていて、僕は、ヴァルのほうがベルントをこわがってるって気づいた。自分より大きいし、たくましくて、色も黒に近い茶だからね。だけどベルントはベルントで、あやしいやつがしゃべったものだから驚いたんだろう、僕がとめるよりもはやく、鼻づらを近づけてにおいをかごうとした。
――ワッて言ったのが、どっちだったのか、わからない。
僕が見たのは、ヴァルがとがったキバのびっしり生えた口をカッと開いて、ベルントの鼻にかみつこうとした、ってことだけ。ベルントはサッと飛びのいてヴァルをジロリとひとにらみすると何もせずに出て行った。
おじさんたちを呼んでくるかもしれないと思って、僕はヴァルを僕が使っている屋根裏へ運んだ。
「おまえんち、ボロだな」
おなかがいっぱいになったせいか、ヴァルは眠たそうに言った。
「僕んちじゃないんだ」
僕は正直にうちあけた。
「何だと?」
「僕のうちは都会のほうにあって、ここはおじさんのうちなんだ」
「外にいたやつら、おまえの親じゃないのか」
「あの人たちは、おじさんとおばさんだよ」
「おまえの親はどうした」
「都会の僕のうちにいるよ。お父さんと、お母さんと、兄さんのイマヌエルと、小さいゲルダ」
「おまえだけこんなとこへ飛ばされてきたのか」
首をもち上げて、ヴァルはちょっぴりするどい声で言った。
「うん、まあ、そんなところなんだ」
僕は肩をすぼめてみせた。
「そうか。なら、俺と一緒だな」
ヴァルは言って、もう眠りそうな目で僕を見つめた。
「おまえを俺の子分にしてやるよ、ハンス」