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好みの味でなく
「毛は燃えてないのに、だきあげたららひどく熱かったらしい。 先生に、『あとすこしで箪笥と心中でございましたね』と笑われたとさ」
『 いや、《天女》が気にくわねえなんて先生がいうんで、女として妬いてなさるのかと思って、ちょいとどんなもんかみてやろうとおもったんだがよ。 ―― ありゃあ、ほんとにろくでもねえ《天女》だ 』
舌を火傷しちまってなア、とヒコイチのほうへよりながら口を開け閉めする猫に、念のためきいてみる。
「おい乾物屋。火が出る前に天女に口を吸われたか?」
『 そりゃおめえ、夢の中ならおれだって猫じゃあねえからこっちから吸ってやった。 そうしたら、いきなり《天女》が燃えたのよ 』
これにセイベイが、さすがだねえ、と首をふる。
「 ―― よかったねえカンジュウロウ。『天女』の味の好みに、猫味がはいっていなくて」
『 ああ?なんのはなしだ? 』
どうやらさきほどのヒコイチとセイベイのはなしをきいていなかったようで、口をあけたままでヒコイチをみあげた。