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味見
どうなのかねえ、とセイベイはおもしろそうに晴れたそらをみあげた。
「 『人魚』も『天女』も、あたしらが思うよりも、人からはずっとなれたものなのかもしれないねえ。 ムツノクニのほうの《不思議ばなし》で、それほど男前でもないお侍が天女に口を吸われて、それ以来ずっと口からよい香りがしたというものは、ダイキチさんにきいたことがあるが、―― それもひょっとすると、味をみて、喰われるところだったのかもしれないねえ」
ヒコイチは女に吸われた口をあわてておさえ、おのれの息をたしかめた。
いや、いい香りなどしない。
そういえば、天女の舞うあの場所はいい香りがして、ヘイジの部屋も・・・。
そのとき、みゃあ、と鳴き声がして、母屋とつながった廊下の方から黒猫がもどった。
セイベイの横にくると、『 よお、ヒコ 』とこえをかける。
『 ―― 天女はどうだった? 』
そのひびのいったようながさついた声には、わらいがふくんであった。