じいさま
「ヘイジさん、そのおじいさまが、ほうら、すぐうしろにいらっしゃる」
『ヘイジさん、そのじいさんが、すぐうしろにいるんだ』
先生がそういったとたん、ヘイジの左肩に年寄の手がおかれるのがみえた。
「 じいさま!? 」
あわててふりかえるヘイジの右側の顔と脇腹から、こんどは、ぶつり、と無理に根ごと抜かれたような音がして髪がぬけたが、やはり無理やりだったのか、ぬけた跡のヘイジの肌には穴があき、血がながれた。
年寄りの手が、ふりかえったヘイジの頭をなでると、ヘイジはその手をつかみ、すがるように謝った。
「じいさま、すまねえ。あんときはおれもガキで、わかってなかったんだ。いまならわかるよ。おれのこと、どんだけ気にかけてくれたかのかも、わかってる」
「ヘイジさん、それならば、こんなところにおらずに、ゆきましょう」
『ヘイジさん、なら、こんなとこいねエで、かえりましょ』
「 ああ、そうか。 うん、―― そうだ。 はて、 おれは、 どうして こんなところにいるんだ? なにをしていたっけ?」
腕をくんで首をひねるヘイジのとなりで《繭》のようにかたまっていた《髪》が、とけるようにほどけてひろがり、ヒコイチの足もとにもひろがるほかの髪とまじってゆく。
その動きが足の裏にじわじわ伝わって、右と左の足を交互にあげてとぶヒコイチのことを先生がまたわらい、その笑い声が頭の中でひびいたとおもったら、先生と手をつないで、部屋の中に立っていた。
布団にはまだヘイジがねていて、その頭を、ダイキチがなでている。
「 ヘイジさん、よう、おかえりなさいました。亡くなられたおじいさまも、そこで泣いてよろこんでおられますなあ」
小声でつげたそれに起こされたように、ヘイジの目がゆっくりとひらいた。