巻紙は お札(ふだ)
「ぬ、ぬの、ぬのが、」
「いや。布じゃない。艶はあるが絹糸じゃあないね。馬の毛よりずっと細いが・・・、これは、織物としての布じゃあないのだろう」
そこでサネの足音がちかづき、障子が開くときにはヒコイチはまだちょっとむせてみせ、背をさすった『先生』が水を受け取ると、セイベイが厳めしいようすで、これから『先生』がお祓いをしてくださるからむこうで待とう、とサネにつげた。
履物屋の隠居であるダイキチのことは知っているサネには、『先生』のことを、実はこの女のかたが《法力》のある尼さんなのだが、世間にしられたくないのでダイキチに偽坊主になってもらってヘイジさんをみてもらう、と言ってあった。
頭を深々さげたサネの背を押しセイベイが障子をしめると、ダイキチが懐から巻紙をとりだした。
「 これは、わたくしのしりあいのお坊さまからいただいた《お札》のようなものでございましてね。 だいたい、眠ったままの人というのは、魂をとばしてしまってるようで、その魂を遠くへやらないように、これを部屋の出入り口にひろげおくようにと」
巻紙をひろげると、何やら経のような字のつらなりがいくつかあるが、ヒコイチがみたことのない文字で読めない。その文字の合間合間に、朱版の印のようなものが押されている。