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ほんとうのヘイジは
それをじっとながめたセイベイが、絹糸じゃなさそうだ、と手をのばしかけたのを、さわらないほうがいい、とダイキチがとめる。
「ダイキチさん、なにかみえたかい?」
ヒコイチは部屋に入ってからずっと眉をよせたままの年寄りが気になっていた。
死んだ者や不思議がみえるという年寄りは、寝ているヘイジをみおろしながら言った。
「それがねエ・・・、わたくしには、そのヘイジさんという方がみえないのです」
「・・・いや、だってここに寝てるじゃねえですか」
そこで先生が、ああ、と声をもらし、ほんとうのヘイジさんはここではないのでございましょう、とその桜色の顔をのぞきこんだ。
ほんとうのってなんだい、といいながら、ヒコイチも腰をおとしてヘイジの顔をのぞきこむ。
なるほど。
ねているヘイジからは、ながいこと風呂にはいっていないようなにおいもしないし、『先生』が布団の上にだしてやった手の爪は、みじかい。 きっとほかとおなじように、この『からだ』の時が止まっているのだろう。
だが、ここにいるのだから、とおもってさわった色のいい額が、ひやりとつめたい。