よいかおり
六、
障子をあけると、ふわり、とよいかおりがした。
「香を焚いてるのかい?」ヒコイチはよこのサネに小声できいたが、むこうのサダが、「はじめのころに・・・」とこたえる。
「・・・起きないのだから、ねたきりの病人とおなじだろうとおもって」
「ああ・・・そうだよなあ・・・」
ヒコイチも、こどものころいっしょに暮らしたじいさんが、最後は寝たきりだったので知っている。世話は一番近くにすむ親切なおかみさんがしてくれて、ヒコイチも手伝ったが、こどもだったせいもあり、どうしても《匂い》にはなじめなかった。
だが、この部屋にはそんな匂いどころか、いちばんに鼻をついたのは、『よいかおり』だった。
「寝ているだけのはずなのですが、なにも、・・・ださないのです」
「 ―― へ?」
「なにも口にせず、なにもだしません。頭も肌もあぶらも垢もたまらずに、お医者様にいわれて、からだのむきをかえようとしても、頭が動かないので・・・」
「 サダさん、もうここまででいいですよ。あとはサネさんに立ち会っていただいて、ヘイジさんのようすをみますから」
『先生』がやさしくほほえむのにサダもうなずいて、腹をきめたように立ち去った。