ガランにて ~トイロとマコト発現の日~
転移して、巨大招き猫と戦って、職員宿舎で眠る一日目。
俺は、ガランで初めてトイロに会った時の夢を見ていた。
……
「トイロはいくつなの?」
「5歳」
「俺は7歳。仲良くやろう」
そう言うと、淋しげな表情をしていたトイロはニッと笑った。
人懐こそうな愛嬌のある顔立ちだが目に力がある。焼けた肌、癖のある赤みがかった茶色の髪は硬そうで、子供ながら野性的な印象だ。
トイロを連れてきた大人が言った。
「この子は大きくなるぞ! 見ろこのしっかりした手足。歯も大きくて立派だぞ」
トイロはその通り、大きく育った。
あの人は誰だったんだろう。
ガランでは子供と親は一緒に暮らさない。子供は生まれると地域ごとに集められて、保育術を心得た者たちに育てられる。子供たちが育つ場所は、見守りの大人が何重にも張ったバリアの中にあるため安全だ。
そして、子供が7歳以上になると弟や妹ができる。血はつながっていない。
俺の兄貴分とは、少し前に彼が15になり討伐隊に入ってから疎遠になった。姉貴分もいて、明るくて聡明な人だったことを覚えている。彼女はすぐに隣国に行ってしまった。
両親とは特に親しく交流してはいないが、見かけると嬉しくなる。父も母も魔法使いで、ヒーラーとして人々の役に立っている、尊敬する人たちだ。
トイロと俺は、よく「討伐隊ごっこ」をして遊んだ。
トイロは2つ下だけど、力があるので互角に戦えて楽しかった。
一年後、トイロは背格好が俺と変わらないぐらいに成長し、とても6歳には見えなかった。
その日、俺は兄貴分に教えてもらった剣捌きをトイロに教えていた。
驚くことに、俺が何日もかけて習得したことを、トイロは一瞬で飲み込んで身につけてしまった。
「もっと教えて」と言われたが引き出しがなくなって困っていると、どこかの兄貴分が声を掛けてきた。
「ねえ君、この子、戦士の素質があるんじゃないか?」
「戦士?」
「魔法使いや戦士といった能力者は国の宝になる。僕ら兄貴分は、そういった子供を見つけて能力が発現するよう鍛えて伸ばさなきゃいけない」
トイロが戦士になるとしたら、それは凄いことだ。戦士はカッコ良くてみんなの憧れだけど、なりたくてもなれるものじゃない。
兄貴分は装備を取りに行き、戻るとトイロに言った。
「君、僕と手合わせしよう。剣を落としたり体を斬られたら負けだ」
トイロはこの上なく嬉しそうな顔で「うん」と言った。
兄貴分は持ってきた装備をトイロに着けながら、重くはないか、動けるか聞いていた。
「大丈夫! 動ける」
プレ討伐隊が身に着ける子供用の装備は、玩具とは雲泥の差がある。素材も見た目も大人用と変わらない。銀色の簡易鎧を着て大きな盾と模造剣を持ったトイロは、すでに戦士に見えた。
「僕はヌオ。君は?」
「トイロ!」
「そっちの君は?」
「マコト」
「じゃあマコト、君の弟分がどこまでできるか見せてもらうよ」
うん、と頷いた。
「トイロ、本気で来い! どんな攻撃でも受けて立つ」
ヌオが言うとトイロは体を左右に揺らし、ヌオの脇を狙って剣を振った。だが、その直前にヌオが盾でガード、ガラ空きのトイロの胴に剣を滑らせた。
「もう終わりか?」
ヌオが言うと、トイロは「もう一回!」と叫び、ヌオはそれに応えた。
二回目、三回目、四回目……手合わせが続く。
最初は慣れない装備にもたついていたトイロが、まるで何の装備も着けていないかのように滑らかに動くようになった。そして、ヌオの動きをいつの間にか読んで回避、反撃までしていた。
その攻撃をギリギリ躱すヌオ。どんどん決着がつかなくなってきて、余裕がなくなってきているのがわかる。
十回を過ぎた頃。俺は興奮してやり取りを見ていた。
トイロが勝つかもしれないと思ったからだ。
「ちょっと休もう」
剣を下ろしてヌオが言った。息が上がっている。
握っている模造剣の先に汗が伝って、床に水溜りをつくった。
トイロは盾を体から離し、床に置いた……その時。
ヌオが、屈んだトイロの肩を目掛けて剣を振り下ろした。
トイロはそれを予測していたかのように避けながら、剣を両手で持ちヌオの足元を狙って思い切り振ると、ヌオを転ばせた。
尻もちをついたヌオが「僕が! 教えてやっているというのに!」と怒りを込めて言い、トイロはそれをきょとんとして聞いていた。
「トイロが勝ちだ!」
たまらずそう叫ぶと、ヌオは「まだだ! これまで散々僕が勝っていたんだぞ! 先に3回続けてやられたら負けだ」と喚いた。
「まだ続けていいの?」
トイロは戸惑いながら、いそいそと盾を持ち直した。
遠くから眺めていた子供たちと数人の兄貴分が、トイロとヌオの手合わせを見に集まってきた。
向かい合うふたりの熱気に「何事か」と囁き合う。
6歳の子供と15にはなっているだろう兄貴分が同等にやり合っているらしいと。
「ヌオ、頑張れ!」「ヌオ! そんなチビに負けるな」ヌオの弟分たちから声が上がる。
俺も負けずに「トイロー! やっちまえ!」と檄を飛ばした。
トイロはこちらを見てニッと笑うと、その隙に出されたヌオの攻撃をひらりと躱し、すばやくヌオの背後に回り込んで後ろから斬りつけた。あっという間に一勝。
続けてトイロはヌオをからかうように距離を縮めたり離れたしながら、隙を見て攻撃に出た。
ヌオも負けてはいない。素早く盾や剣で防御し、時に体当たりを食らわせる。トイロはその度に吹っ飛ぶのだが、上手く受け身を取って体勢を立て直し、攻撃する暇を与えない。
トイロが再び斬り込みに成功した。
「このガキ!」
怒りのゲージを上げたヌオは、トイロの剣の柄を持ち上げるように叩き上げた。すると、トイロの手から剣がすっぽり抜けて飛んでいった。
反射的に跳び上がったトイロは、天井近くにまで飛んだ自分の剣を掴み、着地。
どよめきが起こった。
突進してくるヌオに向かってトイロは床を蹴り、今度は軽く弧を描いて跳んだ。そして空中で体を捻り、ヌオを回し蹴った。
ワアアアアア! 歓声が上がる。
「トイロ! いいぞ!」
床に倒れ、片膝をついたままヌオは「クソ!」を連発していた。
勝負はついたと思いトイロを見ると、再び跳び上がったところだった。
剣を大きく振り上げて、ヌオに向かって一撃を食らわすつもりのようだ。
「ダメだ! トイロ!」
トイロはこの試合中にとんでもなく強くなっている。模造剣といえど加減をしなければヌオに怪我をさせてしまう。
次の瞬間、ヌオの上にシールドが張られ、トイロの剣はシールドを打ち叩いてカーンと音を響かせた。
ギャラリーは静まり返った。
トイロは立ち尽くし、こちらを見ている。
数秒後にザワザワと声がして「ワーッ」という歓声に変わった。
ヌオがヨロヨロと立ち上がり、トイロに握手を求めた。
「おめでとう」
トイロは手袋を外すとヌオの手を取った。
「マコト、君も」
俺たちとしっかり握手を交わすと、ヌオはトイロの帽子を脱がしてやり、顔を見ながら言った。
「トイロ、すまない。つい熱くなってしまった。僕が弱いわけじゃない、君が特別なんだ。未来の戦士と初手合わせができたんだ。名誉なことさ」
ヌオがニコッと笑った。よく見ると目元が優しい好青年だ。
ポカンとしているトイロにヌオは続けた。
「君はさっき、戦士としての能力が “発現” したんだ。普通はあんなに高く跳べやしない。高さだけじゃない、あれもこれもだ。最後の蹴りは痛かったぞ。
トイロ、君は戦士として “始まった” んだよ! これからどんどん強くなる。たくさん鍛錬して腕を磨くんだな」
ヌオはそう言って鼻をこすり、トイロの背中を叩くと、子供たちに向かって片手を上げた。
「ヌオ! トイロ!」歓声が上がる。
「俺、戦士になったの?」
トイロは額から流れ落ちる汗を拭うと、ヌオを見上げた。
ヌオはトイロの顔を自分の手ぬぐいで拭いてやり、簡易鎧を外しながら言った。
「ああ、でも今はまだ戦士見習いというところだ」
「よかったな、トイロ」
そう声を掛けると、ヌオがこちらを見て言った。
「君もだ。さっきシールドを張ったのは君だろう。おかげで助かったよ。蹴り以上に痛い思いをするところだった」
「俺が? あれは俺がやったのか?」
「そうだ。君もあの瞬間、魔法使いとしての能力が発現したんだ。これから修練を積んでいけば色々な魔法が覚えられるだろう。頑張れ」
「俺が、魔法使い……」
「僕はすっかりやられたけど、ふたりも発現させたんだ。礼ぐらい言ってほしいね」
苦笑いするヌオ。俺とトイロはお礼を言い、心から感謝した。
「ヌオのおかげだと思ってる。ありがとう」
「俺、夢中になって攻撃を続けてごめんなさい」
「構わんよ。能力ってやつは危機的状況になってちょっと無理をしないと発現しにくいものなんだ。僕も何か発現すると良かったんだけど……まだ諦めないけどな」
ヌオは自分の鼻の頭に人差し指をつけ、脂をトイロの鼻の頭に移すようにチョンチョンとつけた。大人が子供にする『上手く行きますように』のおまじないだ。
「じゃあな」
後ろを向いたままそう言うと、鎧を抱えてヌオは帰っていった。
入れ違いに、試合を見ていた子供たちが寄ってきて俺たちを取り囲んだ。
「トイロが戦士でマコトが魔法使いなんだね!」
「頑張って!」
「うん、ありがとう」
「頑張る!」
しばらくは信じられない気持ちでいっぱいだった。
でも、少しずつ実感していった。
「俺たち、最強の戦士と魔法使いになろうぜ! うんと強くなってガランの魔物をやっつけて平和な国にするんだ」
「うん!」
その後、ふたりで「プレ討伐隊」を結成し、学び舎から帰ると剣の稽古や魔法の勉強をして過ごした。
……
昔のことを振り返る余裕なんてなかったから、今頃こんな夢を見るのだろうか。
ガランの風景が消えない。夢はまだ続きそうだ。




