ゴーストNo.4:ダンシング・フルーツ
どうでもいい通報が多すぎる。
ゴーストに服の袖を引っ張られたとか、飲み物を一口飲まれたとか、お釣りを受け取る時に小銭を落とされたとか。自販機でジュースを買う時に違うボタンを押されたとか、玄関の靴を左右入れ替えられたとか、読んでいる本のしおりを違うところに挟まれたとか……本当にどうでもいい。
「ゴーストの仕業かもしれないので現場に来てください」と、呼びつけるやつもいるらしい。
としおの書いた日報を見て「平和なことは何よりだが、だからどうした? いちいち通報すんな」と思う。
こんな日報も書かなくていいだろ。
「何でもないように思えても、その後大事に発展する可能性もあるので、どんな記録も残しておきます」
と、としおは言う。
靴や本のしおりの位置が変わったことが大事件になるかねえ?
今回の案件も、ひたすらどうでもいい内容だ。
「スーパーの青果コーナーで果物の置き場が変わっている」というもの。
オレンジがネギの横に? 匂いがつく? そりゃあ大変だなあ! ハッハッハ……笑うしかない。
「『エブリニャン・マルシェ』ってたまり丸くんが働いているスーパーですね」
えっ? たまり丸の? ……久しぶりに会いたくなってきた。あそこのプリン美味しかったし。
「としお課長、この案件ちょっと気になります。最近出動がなくてみんな暇そうなので、話だけでも聞きに行くのはどうですか。俺がソロで出てもいいですけど」
「そうですね。出動しましょうか」
みんなにも連絡すると「わかった」「行く」と乗り気だ。
ということで、としおとチーム色即是空で閉店後のエブリニャン・マルシェへ。
到着すると、店長の山崎さんという女性とたまり丸が店頭に立っていた。
「まあ、わざわざお越しくださったのですね……ご足労おかけしました。お会いできて嬉しいです」
頭を下げる、落ち着いたマダム風の山崎さん。ウィスパーボイスが色っぽい。
「皆さんカッコいいですね!」とニコニコしている。
これこれ……この反応! 部屋着のスウェットからわざわざスーツに着替えてきてよかった。
「マコトさん! トイロさん、ユキさん、ミクトさんも!」
たまり丸のまん丸な黒目がキラキラ輝く。
「久しぶりだなあ、元気そうでよかった」
みんなに撫でくり回されるたまり丸。スーパーでも人気なんだろうな。
バックヤードで話を聞くことになった。
「ウチは野菜と果物のコーナーが、通路を挟んで向かい合わせに分かれています。なのに最近、開店前に陳列を見ると、果物コーナーにあった果物が野菜コーナーに移動していることがあるんです。ピーマンのところにバナナが、白菜のところにキウィが、ネギのところにオレンジとレモンが、という具合にバラバラに」
「それは困りましたね」と、としお。
「誰かのいたずらという可能性は?」と聞くと、山崎さんは「防犯カメラの映像がこちらなんですけど……」と、パソコンの前に誘導した。
斜め上方から見たスーパーの様子が映し出される。
たまり丸の尻尾がボワッと膨らんだ……その尻尾、ゴーストセンサーと言っていいんじゃないか?
「……あっ、動いていますね」
りんごやバナナ、オレンジなどの果物が忙しく移動しているのが見えた。
誰かが動かしている様子はない。
果物は一晩中あちこち移動して、元の場所に戻らないまま、明け方に動きを止めた。
「ゴーストですね」と、ユキが言った。
「やはり、そうなのですね。果物に憑くゴーストがいるなんて」
「いつ頃からなんでしょう? どの程度の頻度で?」
「……そうですね、お盆が終わった頃、初めて桃や葡萄が移動しているのに気づいて……以来、毎日ではないですが、こういうことが時々起こっています」
山崎さんは、ふっくらした手を頬に当てて、パソコンの画面を見つめながら話した。そして、ユキの方を見て「あの、どんなゴーストが憑いているのかわかるんでしょうか?」と聞いた。ちょっと嬉しそう……俺の方も見て。
「私のノートに出力できますか?」
としおがカバンからノート型デバイスを取り出した。
「はい」
ユキはとしおのノートに、防犯カメラに記録された映像を同期させ、霊視結果を出力した。
「この黒いモヤがゴーストです。ゴーストになる前の姿は……果物が視えます」
「果物? 果実って霊になるんだっけ」
「何か言い分があるようです。音量を上げますね」
ーー「ああ、もったいない。美味しく食べられたのに」
ーー「温室で大事に育てられたのに、食べられもせず捨てられるとは」
ーー「俺の予定では、仏壇に飾られるはずだった。夢見すぎた」
ーー「私は綺麗にカットされてパフェに乗せられるのがよかったな」
ーー「どれも叶わなかったな。残念」
「え……果物って、こんなこと考えてたの? 童話の世界みたい」
「だよなあ、こいつら残念だったな。俺が食ってやったのに」
ミクトとトイロ、俺らゴーストバスターズなんだぞ?
ゴーストの言い分を真に受けてたら仕事にならんぞ。
こんなことある? 俺には信じられない。
「痛みかけた果物を見て同情した人の念が入り込んだのでしょう。話の内容は、その人が想像したことなんじゃないか……と思います」
ユキが結論を出したが歯切れがイマイチだ。
「ってことは、ゴーストの正体は人?」
「大半は。でも、果物が霊になったり感情がないと言い切ることはできないです。人間とは違うだけで、似たようなものがあるのかもしれません」
「そうか……」
「慈眼さん、そこに人が視えますか?」
としおの問いにユキが答える。
「人の姿は視えません。視えるのは果物だけです」
「果物の霊……いるとしたら食いづらいな」
トイロ、神妙な顔で言うことがそれか。
「さっきの声、最初の部分をもう一度聞かせて?」
ミクトが言い、ユキが画面に触れた。
ーー「ああ、もったいない。美味しく食べられたのに」
さっきと同じセリフ。
「これ、山崎さんの声じゃない?」
ミクトに言われて、ハッとした。確かに山崎さんの声だ。
よく気づいたなあ。
「えっ? ……私? そんな事を言った覚えは……」
山崎さんは驚いた様子で口ごもった。
「最近、果物を廃棄しましたか? その時、何を思われました?」
ユキが言うと山崎さんは、はっとして話し始めた。
「お盆用の果物がたくさん売れ残ってしまい、思ったより早く傷んできたので廃棄しました。もう少し仕入れを控えればよかった、値下げして売ればよかった、早めにカットして売り場に出せばよかったなど、たくさん後悔しながら。もったいないもったいない、と思いながら」
山崎さんは心底後悔しているようだった。
「ゴーストの正体はあなたや、店内で傷んできた果物を見てもったいないと感じた人の気持ちでしょう。生霊の一種です」
「生霊……私やお客様の? ……」
「多くの人が出入りする場所には、多くの生霊や浮遊霊も集まります。そして、同じ思いは集まりやすいんです」
スッキリしたぞ。としおも報告書に書きやすいだろう。
さて、祓いと浄化をどうやるか……そうだ、祓いの前にアレやろう。
トイロ、ユキ、ミクトに耳打ちした。
「あーはいはい、アレやんのか!」
「ガランでやってたやつだね」
「わかりました」
「山崎さん、お店の商品を少し使わせていただきますね」
「はい、構いません。どれでもお好きなように使ってください」
「たまり丸、用意してほしいものは……」
としおのノートを使い、店内商品のイメージサーチから画像をクリップして、たまり丸に見せた。
「わかった! これを持ってくればいいんだね」
たまり丸は生活用品コーナーへ走っていった。
「としお課長、粉末聖水を使います」
「持ち歩いて幾年月、やっと出番が! 今出します」
「ユキは全員に “魔法を防御する魔法” を。今から空間魔法を使うからターゲット以外にかからないように」
「わかりました」
「トイロとミクトはここに椅子とテーブルを」
「はいよ!」
「はーい!」
レジと壁につけたサッカー台の間は広めの通路になっている。テーブルを置いて、観客席にしよう。
さて、ショーの始まりだ!
山崎さんに頼んで店内の照明を落とし、音楽を流してもらった。
あたりが暗くなり、軽快な音楽が鳴り響く。
ライトが必要か……地下ダンジョン用の明かりを魔法で出すと、天井からぶら下げた。明かりは自動的にターゲットを追うので探さなくてもいい。
ユキは白い手袋をすると、胸の間で手を向かい合わせにし、本を出現させた。
本は浮かんだままパラパラと自らページをめくって青く光り、俺たちを一瞬青く染めたかと思うと消えた。
「コーティングしました」
「じゃあ、いくぜ!」
俺は懐からショートステッキを取り出すとくるくると操ってみせた。
魔法使いたるもの手先が器用でなければならない……あ、落とした。
気を取り直して、ステッキを回しながら胴の周りを一周させると最後に天井に放り上げる。落ちてきたステッキを掴むと同時に、魔法をかけた。
「ダンシン!」
ズンズンズンズン……リズムに合わせて果物に憑依したゴーストたちが什器からせり上がってくる。
チャチャチャ! ほうら、飛び出して来た。
「久しぶり、マコトの面白魔法!」
「子供の頃、この魔法を使いすぎて怒られてたよね」
うん、攻撃力はないから、戦闘ではあまり意味ないんだよなあ。
怖い顔した敵が踊りだすのが面白くてよく使ったけど。
果物たちが宙を舞って俺たちの眼の前に集まってくる。
バナナにりんご、オレンジ、ぶどう……あれ? あの白くて人のような形をしたのも果物の仲間?
「あの大根、ご近所さんからいただいたものです。形が奇妙なのでお店には出していないのに」
俺は目を見張った。手足が生えていて、手は短く足は組んでいるように見える。こんなセクシーな食べ物があるとは。「大根」か。
「随分と……特徴的なビジュアルですね」
俺は「コホン」と咳払いをした。
「ええ。どうして果物に混じっているのでしょう?」
ああ、やっぱり果物じゃなかったのか。どうして、と言われてもわからない。
「……人形など人を模した形のものは依代になりやすいので、入りやすかったのかもしれませんね」
ユキが代わりに答えてくれた。
前奏が終わり、いよいよ忙しく動き回り始めた果物たち。
「いいぞ! 好きなように踊れ!」
俺はステッキを振り、きらびやかな光の粒をあたりいっぱいに散らした。
「ミラーボールみたいで綺麗」
「サタデーナイトフィーバーですな」
この世界にもこういう演出があるんだな。
オレンジが輪になってキュッキュッとリズミカルに動く。中心には縦に積まれたりんごが弾んでいる。
ぶどうはその周りを優雅に漂い続けている。
手足付き大根がサッカー台の上に下りて陽気なステップを踏むと、オレンジよりも小さい「みかん」と「柿」が飛んできて続いた。
「うわあ! 可愛い!」
「ハハ! 面白い動きだなあ」
「この大根、なかなか踊りが上手ですね」
しばらく眺めて楽しんでいたまえ。
そろそろ仕上げだ。たまり丸が用意してくれたボール、鍋、泡だて器、ミキサーほか、細々としたものをテーブルに並べる。
「たまり丸、色々持ってきてくれたね」
「はい、役に立ちそうなものを集めてきました」
ゴーストにしておくにはもったいないな。
俺はミキサーの上に魔法陣を出し、ファイナルステージの準備をした。
トイロがナイフをテーブルに突き立て、俺が魔法をかける。
するとりんごがやってきてナイフに身を当て、くるくると回った。トイロのナイフが自動皮むき器になった。
赤いリボンのような皮が長くなっていくと、りんごの肌が剥き出しになる。
うーむ、これもセクシー。
皮を剥かれるために、ナイフの前に並んで待つりんご。待っている間のダンスも面白い。
オレンジやみかんもあっという間に皮なしになった。よしよし。
指を鳴らすと、ミキサーの上の投入口目掛けて果物が集まってきた。
「インフィニティ・エア・ソード! 果物を分割せよ!」
果物は一瞬でさいの目切りになり、順次ミキサーに落下していった。
ヴォン! と音を立ててミキサーが稼働する。
「一旦止めて、ここで粉末聖水を入れる、と」
さらにミキサーで撹拌すると、たまり丸の持ってきた紙のコップに次々とジュースを注いだ。
一気に飲み干すトイロ。
ユキもミクトも飲み始めた。
「えっ……これ飲むんですか?」
としお、どうした? 粉末聖水は害がないので食用も可、と言ったのはとしおだぞ。
「飲まないんですか?」
「いえ……飲みますけど。ちょっと抵抗が……山崎さんはどうですか?」
としおがチラと山崎さんを見る。
「えっと……私も少し抵抗が。あ、でも、大丈夫です!」
山崎さんは笑っているけど、どこか困っているように見える。
「どんな点に抵抗がありますか?」と聞いてみた。
「ん……そうですね。生……だから?」
目が泳いでいる……果物は生で食べない派か。
「じゃあ、加熱しましょうか?」
「えっ? ……加熱? ……はい」
まだ迷っているようだけど、加熱した方が好みのようだ。
じゃあ、残ったジュースを鍋に入れて、粉末聖水を入れながら加熱、と。
「それ、使うんですね」
たまり丸がそう言うのでパッケージを見たら、粉末聖水じゃなかった。
箱を見ると、書いてある文字が自動翻訳される。
「ペクチン?」
やっ……間違えた。
「ユキ、どうしよう?」
「これを入れたんですね? じゃあ……」
ユキの言う通り加熱したペクチン入ジュースを氷魔法で冷やした。
「それで、こいつを入れればいいんだな?」
ユキの指示でたまり丸が持ってきた「牛乳」を加えて混ぜる。
……白くもったりした物質に変化した。
「なんでスライム化してるんだ?」
「LMペクチンとカルシウムが合わさるとゲル化するんです」
どうしてそんなことまで知っているんだろうね? 賢者様は。
「味はどうなのかな」
「美味い! 美味いぜっマコト!」
「美味しい……こんなプルプルの料理初めてだ」
そんなに?
食す…………美味い! なんだこれは。果物の酸味と乳のまろやかさ、何より口触りが最高だ。ひんやりしているのがまたいい。
「星月夜さん、◯ルーチェみたいで美味しいです」
「そう言えば、◯ルーチェっぽいですね」
としおと山崎さんが言うソレはスライム系なのか。スライム、ガランではあまり食べないけど食べる風習があるのか、ここでは。
とにかく、喜んでもらえてよかった。
「今日は楽しかったね」
「ダンシング魔法見られたし、プルプルしたやつも食べられたし」
「魔法で遊べるのは平和だからだよな」
「うん」
…………何か引っかかる。
そうだ、あのプルプルをつくる時、粉末聖水を入れてなかった。
ってことは……ゴーストは祓われないまま腹の中に?
食べてもらいたかったゴーストの無念が晴らされたことだろう。




