再動
時が経つのは早いものだ。
私の名は阿羅漢としお。地球人ではなくオリジン人であり、オリジンでの名はルカ・アーハートだった事を知る人はほとんどいない。
オリジンでは家族を魔王に奪われ、育成所で育った。プレ討伐隊に参加し、指導者の六波羅雲水ことゼクス・クラウドを兄と慕った。
ガランに魔王が降り立ったその日、私は雲水兄さんと一緒に導かれるように水晶に入り、兄さんの転移魔法とマグネターらの引き寄せによりオリジンから地球へ転移した。
転移先の地球で私たちは秘密結社オキザリスの仲間になり、私はオキザリスの協力者である養父母に引き取られた。兄さんとは2年ほどで連絡が取れなくなり、誰に聞いても消息は分からなかった。
養父母のお陰で、私は孤児という身の上を意識することなく子供時代を幸せに過ごす事ができた。
時には厳しいお説教も聞かされたが、いつも愛情が感じられた。
色々な事を教わった。日本で生きていくための知識のほか、礼儀、身の処し方、人生訓なども。
中学、高校、大学を経て璞市役所に入庁。
市役所勤めを決めたのは、雲水兄さんが公務員になっていたと知ったからだ。以前から公務員の仕事に興味はあったし養父母も勧めてくれていたので、兄さんの件だけが理由ではないが決め手にはなった。
公務員名簿から六波羅雲水の名前を見つけた時には、嬉しくて体が震えた。連絡は取らず偶然会える時を待った。勤務先が違ったため、会えたのは随分後──兄さんが市長になった時だ。私は40代、兄さんは50代になっていた。あの時の事は今でもはっきりと思い出せる。
璞市役所に市長就任の挨拶をしに来た兄さんを追って声を掛けた。
「私です、阿羅漢としお。ルカ・アーハートです」
そう言うと兄さんは「知ってるよ」と一言。にこっと笑って去っていった。
兄さんの背中を見ながら、連絡が取れなくなったのは拒絶ではなかったと思い知った。幼い頃、溢れるほどの愛情を他人の私にかけてくれた。自分のことより子供たちのことを考えていた。だから、連絡を断ったのは私に辛い過去を忘れさせるための、愛情ゆえの行動だったのだろう。
「兄さん! ずっとありがとう」
私の声は届いたようだ。兄さんは振り向かずに片手を上げた。
指にはたくさんの指輪があり、肩まである銀色の髪は変わらず陽を受けて輝いていた。
私はそれを涙でぐしゃぐしゃになった目で見つめた。
今、私は定年退職も近い年齢だ。結婚はしていない。
私が10歳の時に40代だった養父母は、どちらも他界している。
この先独りで余生をどう生きていこうか考え始めていたところだった。
人事部で働いていた私は、新入職員の履歴書を見て驚いた。能力者のステータスが見えるのだ。視覚的に見えるわけではないので「分かる」と言った方が正しいかもしれない。
能力者は人口の5分の1。能力者であるか否かを書くのは任意なので、書かれていない場合も多い。
それなのに分かる。誰が能力者でどんな能力を持っているか。使える魔法や技、攻撃力、防御力、体力、魔力、何に強く何に弱いかという事まで。
鑑定魔法だ!
子供の頃にプレ討伐隊で人の能力が自然に分かった時の感覚が蘇っていた。
私は庁舎を飛び出し通りに出た。履歴書だけではないはずだ。
……分かる!
すれ違う人たちすべての能力の有無、その内容が。男でも女でも、子供でも老人でも、何をしていても、後ろ向きでも、少し離れた所にいても。
生身の状態で見ると、成長速度や伸び代も鑑定できることが分かった。
すれ違った少年は魔力の量から魔法使いの素質がある。発動後は雷属性の魔法が得意になるだろう。他にも成長後に使えそうな魔法がいくつか見える。成長スピードはゆっくりだが上限値は高そうだ。
飲食店から出てきた初老の紳士はヒーラーだ。魔法量は多くないが安定した魔力を保っている。魔法の日常的な使用が感じられるから、家族と自分のちょっとした怪我や体調不良に役立てていると思われる。
父親に肩車をされている幼い女の子は、ガランであれば将来強い戦士になれたことだろう。体力、攻撃力、防御力の伸び代が大きい。魔力はなさそうだ。
気づけば大通り沿いの歩道に立って行く人々を鑑定していた。
少し落ち着こうと思った時、自然に「クローズ」と言葉が出てきた。すると、能力は見えなくなった。
では、逆はどうだろうか? 「オープン」と言ってみた。再び能力が見えた。
自分自身の事も分かるのだろうか……掌を見つめ、自分の能力を確認した。
──能力者、鑑定魔法のみ。魔法量は少な目、鑑定魔法で消費される魔法量は限りなくゼロに近い。
私の鑑定魔法は長い時を経て再び発動したようだ。
どうしろというのだ、今更。この能力があの時続いていれば、魔王討伐も可能だったかもしれないのに。
「部長、どうかなさったんですか?」
庁舎の休憩スペースでぼんやりしていた私は間抜けな顔をしていたのだろう。話し掛けて来た職員と、これまで何度も交わしてきただろう当たり障りないやり取りをした。
「最近、お忙しかったですものね」と笑みを見せて去る職員を見ながら「オープン」と小さくつぶやいた。
──能力者ではない
そのまま歩いてくる集団に目をやった。
──能力者ではない
──能力者ではない
──能力者、魔力は少ない。ヒーリング魔法と物理防御魔法が使える。伸び代は少ない。
──能力者ではない
数秒の間に把握した。
退庁時間になった。今日はバスに乗らずに歩いて帰ろう。バスで5区間の距離は歩いて40分ほどだ。
「オープン」
道行く人を眺めながら歩いた。
昼間よりはっきりとステータスが分かるようになった。目視できる範囲のすべての人を鑑定することができる。この能力が消えることはないだろう。鑑定魔法が私の血と共に、全身を流れるように存在しているのを感じた。
帰宅する多くの人々。日が暮れると能力者は淡く発光しているように見えることが分かった。
あの人は戦士、あの子は魔法使い、ヒーラーもいる。
いつの間にか私は「探している」ことに気づいた。高い能力を持つ能力者を。
見つけてどうしようというのか。
高校生が数人、歩いてくる。愉快そうに笑って……楽しい年頃だ。
その中の1人が飛び抜けて高い能力を持っているのに気づいた。
──能力者、魔法量はかなり多い。召喚魔法が使える。成長スピードは早く伸び代は未知数。
速くなる自分の心音が聞こえる。
信じられない。こんな能力者がいたのか。
もっと詳しく見たい……私はこっそり後をつけた。
制服の特徴と背格好を覚えた。友人らが「ミクト」と呼んでいる、それが名前なのだろう。




