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オキザリス

 俺は、後から来た百合の母親らしい人に百合を返した。ギンの奥さんだろうか。

 ギンは「今日はこのぐらいにして明日また話をしよう」と言った。


「君たちの部屋を用意した。2人一緒でいいかな。今日はそこで休んでくれ。食事は用意してあるし、シャワーもある」


「えーっ! まだたくさん喋りたかったのに。一緒にご飯したい」と萌愛。

「ダメだ、お前たちといるだけで疲れてしまうだろう。今は緊張しているが後で転移ショックが出るかもしれない。明日大事な話があるから今日はゆっくり休んでもらう。これからしばらくは一緒にいられるんだから我慢しろ」


「残念! じゃあね」と手を振るメイラとネイス。

「明日ね」と声を掛けてくれる皆に手を振って、ギンの案内について行った。

 廊下を挟んで左右に個室が並んでいる。一番奥の部屋に案内された。

 

「起こしに来るけど、目が覚めたらさっきの部屋にいていいよ」

「ありがとうギン、おやすみなさい」

 

 飾り気はなく狭いが清潔で整った室内。ベッドがふたつ、テーブルに椅子がふたつ。タンスと本棚がある。タンスの中には寝間着と着替えが入っていた。

 ルカとテーブルに用意されたパンとシチューを食べた。

 

「びっくりすることばかりだったね。だけど皆優しくて良い人そうだ」

 ルカは落ち着いた様子だ。

「うん。俺はまだ信じられないよ、転移魔法で違う星に来たって」

 

「魔王にやられないで良かった。知らない所だけど魔物がいないっていいな。ガランもそうだったらいいのに」

「そうだね」


 ガランは今頃どうなっているのだろうか。あの後、魔王は村を破壊し多くの人を……。そう思うとやり切れなかった。ルカを助けられたことを喜びたいが、俺たちだけが助かったという意識は消えない。少し気を抜くと頭の中は悔しさと罪悪感でいっぱいになった。

 無事なのかモンドは、プレ討伐隊の皆は、マキナは……。ガランにはもう二度と戻れないのだろう。


「ねえ、リリーって百合ってことだよね。ゼクスはあの子を見てばっちゃを思い出したんだね。僕も思ったよ、似てるって」

「ルカもそう思ったんだ。目の色がさ、紫ってなかなかないから」

 俺はギクリとしたが平静を装った。


「もしかして、百合はばっちゃの生まれ変わりなのかもしれないね。僕たちをここに引き寄せるために生まれ変わって待っていたんだ」

「面白いけど、そのことは言わないように。百合はギンの大事な子供だから、誰かの生まれ変わりと言われたくないと思う」

「そうだね。気をつける」

 

 ルカが急にしょげたように思えて慌てた。気丈に喋っていても心にかなりダメージを負っているはずだ。魔王に襲われ命の危険を感じたこと、友人らを残して来たこと……繊細なルカ。

「ルカが無事で本当に良かった。これからのことは明日考えよう。久しぶりに一緒に寝られるね」

「うん」

 

 

 朝、コンコンという音でドアを開けると、萌愛が「朝食サービスでーす」と、ミルクとサンドイッチを持って立っていた。

「食べたらロビーに来てって」


 ロビーには爽やかな音楽が流れている。窓から光が入って水晶や部屋のガラス、金属部が輝き、昨日とは違う部屋のようだった。

 

 カウンターでギンが香りの良い飲み物を飲んでいた。

「良い匂い」

「コーヒーだ。君たちも飲むか?」

 うん、と言うとギンが炒り豆を挽いて俺たちの分を用意してくれた。


「お早う」

「オッハー!」

「グッモーニン」

 あいさつを交わしながら昨日の面子がやって来た。

 メイラは鼻歌交じりにダンスしている。萌愛はパンを齧りながら歩いてきた。

「食べながら歩かないの」とネイス。


「アタシは紅茶、ダージリンイエーイ」

「俺はココア、っと」

「朝はやはり日本茶がいいわね」

 カウンターに置いてあるドリンクサーバーに列が出来た。

「朝からココアなんて飲むんじゃないわよ、だから太るのよ」

 萌愛がネイスにやり返している。

 

 喧騒の中、ギンがテーブルにコーヒーを3つ置いて俺たちの対面に座った。

 

「よく眠れた?」

「眠れたけど、色々と考えてしまって……どうにもならない事なのに」

 心中の苦しみを少し吐露した。


「ガランのことを考えていたんだろう? 今すぐは無理だが、君ほどの能力者ならまたジャンプして行けるよ」

「……! 本当に?」

 急に胸の中の霧が晴れたように感じた。

 

「ああ。莫大な量の魔法が必要だけどね。でも、君が戻ったところで何か解決になるか?」

 もっともだ。


「今から話すところだったが、俺たちの仲間にならないか? 一緒に魔王のいない世界を目指そう」

 

 ギンの話を聞いた。

 ここは能力者集団の秘密結社『オキザリス』の本部。活動内容は、能力のある子供を救いつつ力を最大限に引き出すことで、その目的は強い能力者を育てること。

 メンバーはギンを始め、ほとんどが元孤児や居場所のない子供だったらしい。同じような境遇の子供たちに、自分の力で何かができることを教えたいという。

 

『オキザリス』の活動はプレ討伐隊活動と似ていると思った。境遇も志もギンと自分が重なる。


「活動内容を表に出せば批判を浴びるだろう。子供を利用するのか、能力者優位の社会にしたいのかと。だから隠しているが不自由はない。政府からの支援もあるし順調だよ。君たちのおかげでまた良い報告ができそうだ」

 にっこり笑う口元を見ていたら、つられてしまった。

 

「なぜ『オキザリス』って言うの?」

「『オキザリス』はカタバミ。種は弾けて遠くまで飛ぶ。ジャンプの暗喩だ。俺がつけたんだ、いいだろう」

 ギンのロマンチストな面が感じられた。

 

「俺も仲間になれる?」

 

「本当に? もちろんその答えは俺たちにとって最高にブラボーだけど、君には俺たちの仲間にはならず、能力者として支援されつつ自由に暮らしていく選択肢もあるんだ」

 

「俺は仲間にしてほしい。ルカはどう?」

「もちろん僕も」と、ルカははっきりした口調で言った。

 ギンが立ち上がったので俺たちも立ち上がった。

 

「サンキュー! ゼクス、ルカ」

 ギンは俺たちを抱きしめて喜んだ。


「仲間になってくれてありがとう!」

 メイラが俺に抱きついてきたことで「ずるいメイラ! どきなさいよ」と萌愛がメイラを引き剥がす。


「俺がお前らをハグしてやるから!」とギン。

「ギンはいいです!」「暑苦しい」と返されて笑い声が上がった。ルカも笑っている。

 

「さて、色々な手続きが必要になるぞ。まず名前だ。ゼクス・クラウドとルカ・アーハートは和名も欲しいところだ。どんな名前がいい?」

「俺には分からない。ギンが決めてくれるといいな」

「僕もお願い」

「分かった」


 しばらく後、ギンが紙に文字を書いたものを両手に1枚ずつ持ってきた。

「日本では命名の時、筆で名前を書くんだ」


「なんて書いてあるの?」とルカ。


六波羅雲水(ろくはらうんすい)、これはゼクス・クラウドに日本の漢字を当てたものだ。苗字と名前が逆になってはいるが、なかなかカッコいい名前になったと思う。ファーストネームは雲水だ」


 文様のような文字列に深い意味や自然の情景が込められていると聞き、感動を覚えた。

 俺の名前は雲水。六波羅雲水。なんと美しい響きだろう。

「ありがとう、ギン。この上ない素晴らしい名前だよ」


「ルカもアーハートも日本語の阿羅漢という言葉に繋がった。阿羅漢(あらかん)としお。ファーストネームは苗字がややこしい漢字だからあっさりした方がいいと思った。どうだろう? ルカ」

「阿羅漢はカッコいいし、としおは呼びやすい。気に入ったしすごく嬉しい!」

 

 普段はどちらで呼ばれたいかと聞かれ、俺もルカも和名を選んだ。


「さあ、ふたりで呼び合ってみて」

 ギンが名前を書いた紙をひらひらさせた。

「雲水兄さん」

「としお」

 嬉しさと照れくささでふたり顔を合わせて笑った。


「雲水!」「としお!」「やったね、良い名前」「イエーイ!」

 メイラや皆が拍手をしてくれた。


「皆ありがとう、だがそれぞれ魔法の鍛錬や研究に戻ってくれ。こっちはこれからシリアスゾーンに突入だ」

 ギンが言うとギャラリーは「ふぁーい!」「オッケ」などと言って散っていった。

 

 ギンは眼鏡の位置を正すと真剣な眼差しになった。

「言わなきゃいけない事がある。雲水は17だから一人暮らしもいいが、としおはまだ10歳だ。規則で、保護した子供は協力者の家族が養子として育てることになっているんだ」


「雲水とは離れて暮らすの?」

 不安そうにとしおが聞く。

「そうなるね。でも、いつでも会えるよ。会いたい時に会いにいける」

「うん」


 最初に、俺に向けてギンは話した。

「協力者は俺たちの仲間で、境遇も似ている者が多い。自分が救われたように子供たちを救いたいと思っているから、温かく迎えてくれるだろう。としおのことは心配せず任せてくれればいい」

 

「としお、君に父親と母親ができる。毎日の食事や身の回りの世話をしてくれる。学校にも行けるし、時には遊びにも連れて行ってくれるだろう。きっと君と暮らせるのを楽しみにしているよ」

 ギンの話にとしおは頷いた。

 

 これでいいんだ。としおには家族が必要だ。


 俺は当面、ここから学校へ通うことになった。「高校」へ2年ほど通う。その後もまだ学校があるらしい。

 ギンは「うんと学びなさい」と言った。学ぶことがガランを救うことになると。



 手続きをして半月ほどすると、としおは養父母の元へ引き取られた。

 顔合わせで会った夫婦は優しく善良そうな人たちだった。俺とも少し話をして連絡先を交換した。

 

「いつでも遊びにいらっしゃい」と言われたが、俺からは遠慮しよう。としおは俺を忘れた方がいい。ガランでの出来事は全部俺と紐づいている。会うことで過去を思い出さないように。

 今度会うのはお互い大人になりこの世界での経験を重ね、すべてが過去の事として捉えられるようになった時だ。どこにいても、どんな姿になっていても、もし縁があればまた会えるだろう。



 その後、俺は大学に進学したのを機に本部を出て一人暮らしを始め、としおとの連絡を断った。


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