ジャンパーとマグネター
高い天井まで届く巨大な水晶を見て、一瞬、神殿の様子が変わってしまったのだと思った。神殿ではなく別の場所だと分かったのは、人の気配。
明るい暖色の光に包まれた部屋には様々な年齢の男女が10人ほどいて、皆それぞれに本を読んだりお茶を飲んだり好きに過ごしている。
俺は1人用ソファに背を預けて座っていた。
「やあ、気分はどうだい、突然やって来たボーイ」
白髪交じりで銀縁の眼鏡をかけた男がテーブルを挟んで対面に座り、話し掛けてきた。
軽い調子の物言いに安心感を覚えた。俺はこの人に助けられたのだろうか。
「居眠りをしていて目覚めたという気分。少しぼうっとはしてるけど」
「それならグッド。君と一緒にジャンプしてきた子は隣の部屋で眠っているから安心して」
そうだ、魔王が来て俺はルカと一緒に水晶に入り……ジャンプ?
「今からこの状況を説明するよ……私の名は橘銀河。君は?」
「ゼクス・クラウド。タチバナ・ギンガ」
「ギン、と皆は呼ぶんだ。良かったら君も、ゼクス」
少女が俺に飲み物を手渡してきた。温かく良い香りがする。
「ゼクス、ここは地球という星だ。君はオリジンという星のガランという場所からここまでジャンプしたのさ。ジャンプとは転移魔法で移動することだ」
「転移魔法? ……誰かが俺に魔法を?」
「転移魔法を使ったのは君だ。そして、君をここまで引き寄せたのは我々マグネターだ」
ギンの話は途方もなかった。
転移魔法を使って転移できるジャンパーは、魔力があれば遠くまでジャンプすることができ、近年はジャンプを助けるマグネターによって星から星へ転移する星間転移も可能になった。
俺は魔王に襲われ転移魔法を発動、ここにいるマグネターたちの魔法で引っ張られ、水晶から水晶へ転移して来たらしい。
飲み物をくれた少女が「ギン、もういいかしら?」と声を上げた。続いて「俺も!」「私も話していい?」と、数人が俺の周りにやって来た。
「ゼクス・クラウドね! いい名前だわ。アタシはメイラ。わあ、近くで見てもカッコいい! 髪は銀色なの? 白っぽくも見えるわ」
褐色の肌、青いラメで囲まれた大きな目が俺を見る。
「俺はネイス。たくさん宝石をつけているんだね。ガランでは宝石に魔法を入れて実用と装身具を兼ねているのかな。こっちでも流行るといいな」
ふっくらしたネイス。羽飾りのついたコートを着ている。
「ねえ、そんなことより、彼のジャンプに驚きなさいよ! ここまで5,000万kmよ、訓練もせずに初めてのジャンプでなのよ? こんな凄いことってある?」
ルカと同じぐらいだろうか、利発そうだ。
「萌愛、もちろんそれは凄いことよ。でも、こんな素敵な子が私たちの仲間になるっていうのに興奮しないでいられる? 私は無理だわ」
「まだ仲間になるって聞いてないけど。希望的観測が過ぎるよ」
「妬いてんじゃないわよ」
顔を覗き込まれたり、髪を触られたりしながら、俺の周りで突然交わされる騒がしい会話に面食らった。
「あっはっは」と、腕組みをして立っていた女が笑った。
「あんたたち、本を読むフリやお茶を飲むフリして大人しくしていたけど、我慢できなくなったのね」
ウエーブのかかった黒髪と黒縁の眼鏡がモンドを思わせる。
「ゴメンね、みんな君に興味津々なのよ」
「だってえ、ギンがお前らうるさいから俺が話し終えるまでシャーラップ、って言うんだもん」
メイラが口調を変えて言うと、コホンとギンが咳払いした。
静かになったところでギンが話を続けた。
「地球とオリジンの関係について説明しよう。地球は、ゼクスたちの居たオリジンという星の移住先となった星だ。
オリジンはその昔、文化レベルの高い星だったが、増えていく魔物に将来を危惧していた。エネルギー問題や人口の爆発的増加もあって、移住先を探したところ地球を見つけた。地球は人類が住めるような環境ではなかったが、時間をかけてオリジン化した。そして多くのオリジン人が移住し地球人となったんだ」
「つまりアタシたちのご先祖様はオリジン人でゼクスもオリジン人だから、アタシたちは違う星で育ったけど元は同じってことなのね」
メイラがつぶやき、皆が頷いた。
「地球をオリジン化した後、オリジンは魔王らによって滅ぼされてしまった……その後も2回。オリジンはこれまでに3回滅びているんだ。
その度に魔物から逃れたごく僅かの人類がオリジンを復活させた。最初のオリジンを第一期として、ゼクス、君たちはオリジン第四期の人類だ……ちょっと失礼」
ギンが席を立つと、メイラたちに混じって少し離れていた人たちも俺を取り囲んだ。
「お茶のおかわりはどう?」
「ありがとう、ごちそうさま」
黒髪の青年が話し掛けてきた。
「ようこそ。オリジンのガランから来た君。ここは地球の日本という国だよ」
彼との会話で地球と日本について少しだけ理解した。
皆、俺に言語を合わせてくれているらしい。メンバー以外と話す時には翻訳魔法を使うことを勧められた。
年配の婦人とはオリジンと地球の違いについて話した。
オリジンに比べ地球は魔法エネルギーが少ないため魔法は希少らしい。だから気軽には使えないと言う。魔法の使える能力者は特別な存在だが、非能力者らと同じように生活し、魔力は主に寄付するようだ。
「オリジンは魔物って言うのね、地球ではゴーストと言うの。日本ではお化けとか幽霊とも呼ぶわ」
「ガランというところは魔法が豊かなだけあって神秘的な文化があるのね。日本にも神殿はあるけど」
日本についての話は、どこかガランに似ていて興味深かった。
体格の良い中年の男は討伐隊に興味があるようだった。
「討伐隊というのは地球にはないなあ。他はどうか知らないけど、日本じゃゴーストは役所の庶務課が処理しているよ」
「討伐隊の代わりに役人が戦うの?」
「いや、退治するほどのゴーストが出るなんて稀なことだから、片手間で十分なんだ」
これには最も驚いた。魔物のいない世界……ここはオリジンが目指す世界だ。
「オリジン人が地球を移住先に決めたのも、魔物が少なかったからなんじゃない?」
萌愛が会話に入ってきた。隣にルカがいる。
「ルカ!」
「ゼクス、転移魔法が発動したんだね。やっぱりゼクス兄さんは凄いや」
「あなたたち兄弟なの?」
「うん、俺とルカ、血は繋がっていないけど本当の兄弟なんだ」
「フフ……どういうこと? ニュアンスは分かるわ、助け合って生きているのね。チームの皆もそんなものよ。歳は随分離れていたりするけど」
萌愛が笑った。
ギンが戻ってきた。腕に赤ん坊を抱いている。
「可愛い娘が目を覚ましたぞ」
俺は立ち上がって赤ん坊に近づいた。
赤ん坊が俺を指さしたからだ。
紫の瞳。
「リリー」と俺はつぶやいた。
赤ん坊が笑う。
「どうして分かったんだ? この子は百合という名前なんだ」
「偶然だよ」と俺は答えた。
「この子は予知能力があるんだ。君たちが来ることを予言したんだよ」
そんな気がしていた。
「予知能力者は地球に、いつの時代も1人しか存在しない。予知能力者が亡くなって100日目に次の予知能力者が生まれると言われている。この子もそうだ」
「いくつなの?」
「もうすぐ8ヶ月だ」
百合が手を伸ばしてきたので「抱っこしても?」と聞いた。
「ああ、予言通りやって来た君の顔を見せてやってくれ」
俺は百合を抱いてソファに腰掛けた。
「この子は水晶を指さし『オリジン』と繰り返したんだ。これまでほとんど喋らなかった百合の初めての言葉だった。それで俺たちはオリジンから誰かがジャンプして来ることを知ったんだ」
ギンは百合を驚かせないように静かに話した。
皆、ソファの周りで俺の腕の中の百合を見つめている。
百合は俺のマジック・ファイヤーオパールをはめた指を握り、紫の瞳で俺を見ていた。




