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ガランにて ~跳躍~

 あれから1年。マキナとは偶然会うこともなく、俺は17歳になった。

 最近になって遠くの地で結婚したと噂に聞き、心の中でおめでとうを言った。相手はレオだろうか……あの人ならきっとマキナを幸せにするだろう。

 

 再び縁あればと、持っていた2つの紫水晶の指輪は仕立て直した。ひとつは耳飾りに。水晶には感知魔法を入れてある。もうひとつは守護魔法を入れペンダントに。こちらはルカの護りになった。

「ガランの男は宝石をたくさん持っていないと」と言って渡すと、ルカは嬉しそうだった。

 


「空が変な色だね」

 神殿への来客が途切れ、外を見ていたルカが言った。

 

「今日はもう終了にしよう」

 

 着替えていると、耳飾りがピッと鳴った。

「魔物が出たらしい。帰りは送っていくよ」


 育成所まで遠くはないが、最近は討伐隊の警備が足りないため、各人で自衛する向きになっている。

 ルカと一緒に神殿を出て歩く。ぎらついた夕日に染まる風景は、赤や黄のフィルムを通して見ているようだ。切れ切れの黒っぽい雲が流れ、時おり視界が暗くなる。

 

 ドンッ!

 重量のある何かが空から落ちてきたような衝撃が、地面を伝って全身に響いた。

 しばらくして「うわあ!」と叫びながら人々が駆けて来た。

 

 オオオオオオ……

 唸るような魔物の咆哮に悪寒が走る。

 ズシンと音がし、建物の影から魔物の姿が現れた。人の身の丈を遥かに超える異形。

 逆光で見えにくいが、獣を複数合わせたような体に頭部が3つ、それぞれ頭に2本の角が生えているのが分かった。顔には邪悪に光る目、尖った耳、大きく裂けた口があり、腕は4本、背には黒い羽があった。

 

 魔王だ。

 

 何の前触れもなしに魔王が転移してきたのだ。

「ルカ! 神殿に戻るぞ!」


 魔王は俺たちを追って……いや違う、神殿に向かうつもりだ。

 

「ゼクス! 神殿の水晶が壊されたらどうなるの?」

 走りながらルカが問う。

「討伐隊の防具や武器が消えてしまうかもしれない。普段は水晶の中にあるんだ。他にも困ることがたくさんある、村の魔法エネルギーシステムと繋がっているから」


 神殿に入り壁に飾ってある剣を取った。

 討伐隊も駆けつけたようだ。神殿を囲むように並んでいる。


「指輪が光ってる!」

 ルカに言われて見ると、ばっちゃに貰ったマジック・ファイヤーオパールが明るく光っていた。

「これはきっとばっちゃが護ってくれる合図だ」

 何となくそんな気がした。魔力が何かに反応しているだけかもしれないけど。


「良かった! 魔王は討伐隊がやっつけてくれるね」

 ルカはほっとした顔で微笑み、俺は頷いた。


「知ってる? ゼクス。魔王の左の顔は“焼き尽くす”っていうんだ。火を吹くから」

「ああ」

「右の顔は“吹き飛ばす”だ。風を吹くから」

「うん」

「真ん中の顔は“解き放つ”だよね。どういう意味?」

「それは……」


 俺は不安になった。もしかして……。


 ずっと誤解していたのかもしれない。魔王が自身の力を制限せず出し切ることが“解き放つ”ことだと思っていた。そうではなく、かけられた魔法を解いたりシールドを解除するという意味だったら? 結界は解かれるかもしれない。

 

 首を振りながら火や風を吹き出す魔王。討伐隊と魔王の攻防は、圧倒的に魔王が優勢だ。

 真ん中の顔がオオオと叫ぶとバリバリという激しい音がした──2年前に聞いた音と同じだ。

 不安は的中した。いとも簡単に結界が破られ、魔王が神殿内に入ってきた。

 

 魔王の背後に追ってきた討伐隊が見えた。

 戦士の聖剣による攻撃も、魔法使いたちの炎や水や雷の攻撃も、ほとんど効いていないようだ。魔王の腕一振りでなぎ倒され、吹き飛んだ。

 

 ケッケッケと笑い声が響く。


 ルカと祭壇の影に隠れていると、マジック・ファイヤーオパールが再び輝き出した。それに呼応するように神殿の水晶が赤く変化していく。

 水晶に入れと言うことだろうか。魔王が破壊しに来るというのに?


 もしルカが一緒に入れたなら……この勘を信じてみよう。

 

「こっちへ!」

 走って移動し、ルカの手を取ったまま水晶に触れると、スッと体が入った。

 ルカが驚いて周りを見る。

「水晶の中だよ。安心して」

 自分にも言い聞かせるように言った。

 

 水晶の内部は、村長になる儀式の時と同じ白い空間ではなかった。結界がない今、水晶は魔法を守り溜めているだけの容器に過ぎない。水晶の向こうに魔王の姿が見える。

 じっとして、色づいた魔法が姿を隠してくれることを願った。

 

 柱を折り、天井を突き破りながら遂に魔王は水晶の前に来た。

 左の顔がゴオと激しく火を吹いた。水晶はびくともしない。

 続けて右の顔が風を吹き出した。建物が軋んで揺れたが水晶は動かなかった。

 

 真ん中の顔がオオオと叫んだ時、ピシッと音がし水晶がひび割れた。


「怖い! ゼクス怖いよ」

 ルカが震えている。

「大丈夫。ここにいれば助かるから」

 しがみつくルカを両手で抱いて、どうすれば本当に助かるのか必死で考えた。


 危機的状況だ、魔法が発動するかもしれない。もしそうなら、どんな魔法がいいのか。

 通常の攻撃魔法が出来たところで無力に等しい。防御魔法はどうだ。

 駄目だ、シールドやプロテクションの魔法が発動したとしても魔王は解除魔法が使えるんだ。

 

 魔王が水晶に頭突し、水晶が揺れた。

 ルカと一緒に身を縮めて倒れないように踏ん張るのが精一杯だ。

 期待していた魔法の発動も、起こる気配はない。


 魔王の4本の手に4つの禍々しい剣が現れた。妖気が立ち上っている。

 

 ここまで俺は精一杯やってきた。

 残念だが覚悟を決める時が来たのかもしれない。

 みんな、ありがとう。怖くはない「あちら側」の世界に行くだけだ。


 何かを察したのかルカが叫んだ。

「嫌だ……ずっと一緒にいるんだ、ゼクス兄さん!」

 俺が首にかけてやった紫水晶が目に入った。

 そうだ、俺はこの弟を守ると決めたんだ。この子だけでも生き延びる方法はないのか。


 俺が飛べたら。水晶から飛び出してルカを安全な場所に連れていくのに。


 魔王の4つの剣が振り下ろされ、水晶を刻んだ。

 飛び散る水晶の欠片。

 

「ルカ!」

 

 俺は全身が引っ張られてどこかへ吸い込まれるような感覚を覚えた。


 

 

跳躍(ジャンプ)成功おめでとう」


 俺は気絶していたらしい。

 何と言われた? なぜこんな所にいるんだ?


 見たことがない建物の内部。知らない人たち。

 ここはガランではなさそうだ。

 

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