ガランにて ~砕け散った恋~
マキナは自分を狙うガーゴイルに気づき、戦闘モードに変化した。
変化中は自然に張られるバリアで魔物は近づけない。
突進したガーゴイルが次々と弾き飛ばされた。
白いワンピースは赤いドレスと魔法ローブになり、風を受けて広がった。ドレスに金の魔法文字が入り、お下げに宝石が編み込まれていく。手元に現れた金色の杖を握るとローブから炎の幻影が立ち上った。
ガーゴイルは以前見た個体より一回り大きく、姿も少し違う。
ルカが赤いスライムを見たと言っていたが、転移してくる魔物が少しずつ強くなっている気がする。
マキナから俺に狙いを変えたガーゴイルの一体が下降してきた。咄嗟に伏せるとマキナがローブを俺に被せて庇った。
「ギャーーーッ!」
ローブが取り払われて視界に入ってきたのは、1体のガーゴイルが焼かれて消滅する瞬間だった。
「プロテクション!」
マキナは俺に保護魔法をかけると、攻撃魔法を詠唱した。
「我が名はマキナ。我に宿りし火の神よ! 悪しきガーゴイルたちを焼き尽くし給え」
杖の先から吹き出した火炎がガーゴイルたちを包み焼いた。
3体が消えたがまだ1体残っている。
マキナは杖を剣に変え、向かってきたガーゴイルを斬り払った。
一撃でガーゴイルは消えた。
安堵も束の間、空にガーゴイルが次々と現れた。5体、6体……全部で8体か。
「きゃっ」とマキナが叫んだ。
腕を引っ掻かれたらしく、血が滲んでいる。
「マキナ!」
「ゼクスは動かないで!」
俺は、どれだけ頑張っても戦闘魔法は使えるようにはならなかった。セルフヒーリングと伝書鳥、水をコップに注ぐこと、それだけが俺の使える魔法だ。だから、マキナの言う通り余計な事をしないのが一番だ。
それでも力になりたい。できる事ならこの手でマキナを守りたい。
再びマキナが詠唱する。消えたのは4体、残りの4体のうち2体はマキナの背後に回った。
攻撃をかわしながら剣を振る。だが、一撃では消えないようだ。魔法がブロックされていたらしい。2回斬りつけてようやく一体を消した。残り3体。マキナは息が上がってきてバランスを崩した。このままでは防御できない。
レオの「君はマキナに一生守ってもらうつもりか」というセリフが脳裏に蘇る。苦戦しているマキナを黙って見ていることは、もうできない。俺だって何かできるはずだ。
そうだ、囮になればいいんだ──。
俺は手を振り、ガーゴイルたちを挑発した。俺に気づいたガーゴイルがこちらに向かって来る。
いいぞ、マキナはその間体勢を立て直せる。
噛みつき、引っ掻き、体当たりと連続で食らう。ガーゴイルからの攻撃は想像以上だった。プロテクションの魔法が切れたのだろう。防具を付けていない俺の体は、ほんの数秒突かれただけで傷らだけになった。皮膚は切り裂かれ、穴が空いた。でも耐えられる。何も出来ないよりはマシだ、例え死ぬことになっても。
そろそろか。ガーゴイルの火力が上がってきている頃だ。
「マキナ! ガーゴイルが火を吹く時、防御力が半分になる。その時が攻撃チャンスだ!」
ガーゴイルの頭が後ろに引いた。火を吹く!
「今だ!」
マキナが駆けてきた。上手く行くか。
「ゼクス!」と、マキナが俺の前に飛び出し、炎から俺を庇った。
「うっ」と呻くマキナ。別のガーゴイルがマキナの足に鋭い爪を食い込ませたらしい。
俺は流れる血を見て激しく後悔した。
「馬鹿野郎!」
走ってきたのはレオだった。
「一般人が勝手に動くな!」
言いながらレオはガーゴイルに向かって剣を振った。たった2振りでガーゴイル3体を消した。
「マキナさん!」
魔法使いらしき男が走って来て、手慣れた風に魔法でマキナの傷を治していった。
俺にも、全身に回復魔法をかけてくれた。
「大丈夫ですか? 酷い傷ですね。一度に治す事は出来ないので毎日少しずつ回復魔法を受けるか、回復薬を飲むといいでしょう」
「ありがとう」
マキナとレオが話をしている。似合いのふたりだ。話が終わったら俺を見るのだろう、惨めな俺を。何も言わずにこの場を去りたかった。でも、礼だけは言おう。
立ち上がった時、マキナが近づいてきた。
「大丈夫? ゼクス」
「……ごめん。マキナに怪我をさせてしまった。俺のせいだ」
「こんなのいつもの事よ。怪我に入らないぐらいだわ。ほら、もう治してもらったし」
明るく笑ってくれたが、慰めにはならなかった。
「追いかけて来てくれたんでしょう? 嬉しかったわ」
マキナの言葉は、本心ではないように聞こえた。どこか冷めた優しさを感じた。俺をこれ以上傷つけまいと、気を遣ってくれているのだろう。
「ジルコンの指輪、大事にするよ。……もし縁があったなら……その時は俺が用意していた指輪を貰ってほしい」
言い終わってマキナを見ると、琥珀の瞳から涙が溢れていた。
「そうよね。そんなものなんだわ。分かっていたけど」
マキナは側にいたレオに手を取られ、胸を借りて泣きじゃくった。
俺はそれをどうすることもできずに見ていた。酷く傷つき、悲しかった。
マキナが本当はどうしたいのか、俺は分からなくなっていた。ひとつはっきりしているのは、もう元には戻れないという事だ。
「幸せに、マキナ」
そう言うとマキナはレオから離れ、涙を拭いながら言った。
「君は私を、恋人のようには愛していないのよ。君が本当に愛しているのはあの人だけだわ……エルダー・リリー」
怒りを含みながらも、すでに諦めているような口調だった。
俺は返答に困った。
混乱するマキナ、そうさせてしまったのは俺だ。だからこんなにも胸が痛むのだ。
「分かっていないのね。じゃあ教えてあげる。君が熱を出して眠った後、私は聞いたの。君が『エリザベス』と何度もうわ言を言っているのを。葬儀の日、君は恋してしまったんだわ、あの人の幻影に」




