ガランにて ~亀裂~
村長としての仕事は今のところ書類の整理と魔法の充填、来客の対応など。儀式や村の祭典などの決め事があれば、僧やエルダー、役人たちからの報告を受けて神殿を解放する。
その合間にプレ討伐隊の仕事もする。俺は兄貴分として直接指導するだけでなく、活動方針のガイドラインと指導のマニュアルづくりも進めていた。規模が大きくなってきているため、役人や学び舎、育成所と連携し何度か改正してきたものだ。
モンドは「ゼクスは意外と役人に向いているのかもな」と言う。そういう将来もあるのかと思った。
今は俺にできる最大の事をしたい。魔物からガランを救うためにできることを。親を亡くして悲しむ子供たちがいなくなる事を願って。
村長の仕事は許可をもらってリィサやルカたちに手伝ってもらうことにした。リィサとレティアは書類整理と来客の対応を、ルカは魔法の充填、双子のネオとリオには庭と温室の管理を頼んだ。学び舎の帰りや休日など、好きな時に寄ってもらう。報酬は魔法だ。携帯用の強化水晶に充填して渡すことにした。
マキナは、転移してくる魔物の数が増えたことで警備の薄いエリアに助っ人として入ることが増えた。そんな中で寸時を惜しんで会いに来てくれるが、会えない日は苦しかった。
俺とマキナは節度をもって付き合っている。いわゆる「週末だけの恋人」にならないよう、夕食前には離れることにしていた。でも、マキナのことを考えるといつだって体が熱くなる。ずっと一緒にいたら俺は駄目になってしまうだろう。甘いキスも優しい愛撫も毎日欲しくなってしまう。昼も夜も離したくなくなってしまって、マキナを困らせるだろう。
16歳の誕生日。マキナに結婚を申し込むつもりで揃いの紫水晶の指輪を用意した。魔石屋に通いモンドに見立ててもらって買ったものだ。
久しぶりに会える喜びに胸が高鳴った。しかし、約束の場所に来たのはマキナではなく、隊の仲間だという大柄な大人の男だった。
マキナは遠征先で怪我をして来られなくなったと知らされた。
「お誕生日おめでとう。そちらに行けなくてごめんなさい。怪我は魔法治療も受けたし、大したことはないから安心して」
魔法による声のメッセージとマキナからのプレゼントを受け取った。
「マキナに婚約者がいると聞いていたが、こんなに若いとは思わなかった。失礼、俺はレオ・セルヴィエス。マキナの隊にいる戦士だ。もうすぐ昼食の時間だし、よかったら一緒にどうかな?」
顎に生えかけた髭を指で撫でながら、レオが提案した。
「俺はゼクス・クラウド。知ってると思うけど。レオと呼ばせてもらうよ」
「いいよ」
俺はマキナと入るはずだった店にレオを案内した。嫌な予感がしたが、その予感が当たっているのか確かめたかった。
「若いのに村長なんだって? エルダー・リリーに見込まれたということは優秀なんだな」
2度も「若い」と言われた。口調も皮肉めいているように感じられ、グラスの中の水を顔にかけてやろうかと思ったがやめた。だから子供だと言われるのが落ちだ。
俺が黙っているとレオは続けた。
「君はエルダー・リリーに頼まれたから義務感でマキナと結婚の約束をしたんじゃないのか?」
口元に笑みを浮かべながら無遠慮に俺を見る。
「頼まれたからじゃない! 俺の気持ちとエルダー・リリーは関係ない」
声を荒らげた俺を宥めるように、レオは両手を上げた。
「わかった、怒るなよ」
この男はマキナのことが好きなのかもしれない。
「俺たちはお互いに必要としている。今はまだ週末だけの恋人だけどね」
嘘をついた。レオの反応を見ると、不機嫌そうで少し溜飲が下がった。
「ふうん、恋人ね。結婚して君はマキナに一生守ってもらうつもりか? いつ魔物に襲われるかもしれない日常で、君は戦えるほどの力や魔法スキルがあるのかな」
「今はまだ……だけどきっと」
平静を装いながら、どう切り返すのが良いか考えたが分からず黙り込んでしまった。
するとレオは急にしょんぼりして、すまなそうな素振りをした。
「ごめんよ。立ち入った事を言った。心配だったんだ。俺たちの隊長がどんな奴と結婚するのかって大騒ぎになってさ。ちなみに隊はマキナ以外4人共男だ。マキナは美人で魅力的だし、皆あわよくばと思っていたんじゃないかな。
俺だって……そんな事はいいか。マキナが君を愛していて夫に選んだならいいんだ。隊長には幸せになってほしいと思っているから。愛し合っていれば大丈夫だ……ちょっとムカつくけどね」
話しながら運ばれてきたスープに口をつけて「アチ!」と顔を顰め慌てて水を飲むレオ。悪いヤツではなさそうだ。
パンをちぎりながら唐突にまた話し始めた。
「マキナには黙っていろと言われたけど、言うよ。マキナは、魔王軍の中ボス討伐のための遠征に行くメンバーに選ばれたんだ。行けば2、3ヶ月は帰って来られない」
遠征? ……マキナはなぜこの話を黙っていたのだろう。
レオは続けた。
「マキナがいないと、とてもじゃないが勝てない。どうしても必要な戦力だ。だけど結婚したら、君はマキナを側に置いておきたいんだろ? 危険な所に行かせたくはないんだろ? 君の望みは強い討伐隊をつくって魔物のいない世界をつくることなのに、恋人は別というのはおかしな話だという事になるな」
レオの言う通りだった。マキナが話してくれていたら俺は「行くな」と言っただろう。だからマキナは言わなかったのだろうか。
「俺は……マキナが行きたいと言うなら口出ししない」
「それでいいのか?」
「ああ」
「伝えておくよ」
レオは無言で食事を終えると、店を出て行った。
紫水晶の指輪は、今度マキナに会った時に渡すとしよう。
マキナからのプレゼントもまた指輪だった。よく輝く青い石。「お揃いのジルコン」だと書いてある。
おふくろの形見やばっちゃに貰った指輪と並ぶようにはめた。
連絡が途絶えた。移動魔法やメッセージを使う方法もあるのに何も言ってこないのには理由があるのだろう。こちらから宿舎を訪ねて行くのはどうか。神殿から長く離れるわけにはいかないが顔を見るだけでも。しかし直に夫になる男が、待ち切れない奴だと思われるのはマキナの立場を悪くするかもしれない。やはり、このまま待っていた方がいいのか。
逡巡し、待つことを選んだ。
数カ月は忙しいうちに過ぎていった。
客人がいなくなり神殿から出ようとした俺は、こちらに向かって歩いて来るマキナに気づいた。
来てくれた! 何ヶ月ぶりだろうか。
「マキナ! 久しぶりだ。プレゼントは受け取ったよ。メッセージも。怪我はすっかり良くなった?」
てっきりマキナは喜んで抱きついて来ると思ったのに、静かに微笑んだだけだった。
「うん、久しぶり。怪我は跡形もないわ」
何だか妙だ。
「どうかした?」
「あれから色々考えたの。……私たち、結婚はまだ早いわね」
「……どうしてそんな事を言うの?」
そう言うのが精一杯だった。
目の前が暗くなっていく。何がいけなかった?
「ゼクスは私じゃなくてもいいのよ」
マキナが寂しそうにつぶやいた。
「そんな事はない。マキナじゃなきゃだめだ」
「ううん、君は私のこと、ルカを見るような目で見ている」
兄弟を見るように、という事だろうか。恋人らしくないと。
「俺がどれほどマキナのことを愛しているかわからない? マキナに会えなくてどれほど辛かったか」
そう言ってもマキナの表情は曇ったままだった。
「君は初めての恋で浮かれているだけよ。私、分かっちゃったの。君が一度も宿舎に来てくれなかったこと。いつも私から会いに行っていたこと……君は待っているだけ。情熱的なキスは結婚してから? どうしてなのか考えたわ。あなたが欲しいのは恋人じゃなくて肉親なのよ」
いつもは甘いマキナの口から、ひりつくような言葉が出てきた。内容も理解し難いものだ。
「違う!」
そうじゃない、俺はマキナを……どう伝えたらいいんだ……。
「レオから聞いたわ。遠征の話、黙っていてごめんなさい。君が私の意思を尊重しようと思ってくれた事、嬉しかった。でもその後、私は君に会えないまま2度遠征に行ったわ。どこに行っていつ帰るか、そのぐらい調べれば分かるよね……ひょっとしたら君が待っていてくれたりするんじゃないかって、期待してた。来てくれるどころか連絡さえないなんて……君の私への気持ちはその程度だったのね」
「そうするのが一番だと思ったんだ。マキナこそ俺を信じてはくれないの?」
神殿を抜ける風だけが俺とマキナを繋いでいた。
「何ヶ月も声を聞かなくてもあなたは平気でしょうけど、私は耐えられない。そんなの恋人じゃない」
マキナの声に強い怒りを感じた。俺は何を間違えたんだ?
「だから結婚はやめるって言うの? 嫌だ! 一方的だよ。約束したじゃないか」
サワサワという大樹の葉擦れが聞きながら、俺はマキナの返答を待った。
「……別に永遠の別れじゃないわ。私たち、もし縁があるならその時またやり直しましょう……今はさようなら、ゼクス」
移動魔法で神殿を出たマキナを、俺は急いで追いかけた。きっと遠くまでは行かず、近くで待っていてくれる。俺はマキナを抱きしめて、離したくないと言うんだ。そうすれば……。
すぐに、広場を歩いているマキナを見つけた。
俺は大声で「マキナ」と呼びながら、走り寄った。
振り返った瞳には涙が浮かんでいる。
両手が俺を受け入れようと左右に開きかけたのに……突然「来ちゃだめ!」と叫んだ。
俺への拒絶ではないことはすぐに分かった。魔物が現れたのだ。
5体のガーゴイルが上空で羽ばたいていた。




