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ガランにて ~エルダー・リリーの葬儀~

 葬儀の前に、ばっちゃの遺言通り青い部屋の扉を解放した。

 扉を開けると、花の幻影が一斉に溢れ出してきた。幾千もの花々が俺の体を通り抜け神殿に向かっていく。

 

 神殿は音楽と香と花の幻影で満たされた。

 花は薄い青、桃色、薔薇色から紫に変化する。蕾が現れ少しずつ開くと満開になり、花びらがシャラシャラと音を立てて散り広がる。

 悲しみを秘めた美しい光景だ。

 

「花はエルダー・リリーの一生を表しているのね」とマキナが言った。

「全部この日のために用意された魔法なんだわ」


 一番最初にやってきたのは8人の僧。

 神殿のある敷地内を囲むように立ち、ひとりずつ詠唱した。

 8人目の詠唱が終わると特殊な結界が張られた。

「少しばかり視界にブレが生じるが、葬儀の間一切の魔物は近寄ることもできないだろう」

 僧たちは神殿内に入ると一番奥に並んだ。

 

 俺は葬儀用の服を来て台座に座った。

 服は黒い着物で、頭に被った黒い帽子には前垂れがある。俺からは葬儀の様子が見えるが、弔問客から俺の表情は見えない。

 なぜこんな帽子を被る必要があるのか。マキナは「君が連れて行かれないようにだよ」と教えてくれた。死者はしばしば愛着のあった者を連れて行くという言い伝えがある。だから家族や恋人などは顔を隠し、葬儀は死者が思い残すことのないように、皆で悼み、惜しみ、想い出を語りながら送り出すのだと。

 

 大勢の人たちが神殿を訪れ、床に座った。役人やら、どこかの代表者やら、世話になったという知人・友人、近所の人たち、討伐隊……。


 音楽の調子が変わり、ざわめきが耳に入った。

 見ると神殿中央に、半透明の巨大な女の姿があった。


「エルダー・リリー!」

「村長!」

 

 あれはばっちゃなのか。白い服を着た若く美しい女。小麦色の肌、褐色の長い髪に紫の瞳。

「エリザベス」と呼ぶ年長者もあった。エリザベスは、ばっちゃがエルダー・リリーと呼ばれる前の名前のようだ。

 

「あなたが去った今」

 詩人が「エルダー・リリーを偲ぶ詩」を読み上げる。


 花であり星であり母であった

 父を、祖母を、曽祖父たちを導いた唯一無二のあなた

 疲れた私を癒やし、進むべき未来を照らし、励まし見守ってくださった

 あなたを失うこの悲しみと淋しさは永遠に癒えることはないだろう

 ガランの母、偉大なるエルダー・リリーはいつまでも私たちの心に

 

 拍手と声援とすすり泣きとが混じり合う神殿に「エリザベス」から「エルダー・リリー」に至るまでの姿が溢れた。まるで時間軸の違う大勢のばっちゃが、生きてそこに居るかのようだ。

 俺の知らない時代、見たことのない風景。

 演説をする姿、魔法をかける姿、子供を抱き上げる姿、老人の手を取る姿、歩き、話し、笑っている姿……様々な年齢のばっちゃが花々と共に現れては消える。

 それを見て、皆がばっちゃの人生に触れ、懐かしんでいた。


「ゼクス」と呼ぶ声に振り向くと、エリザベス時代のばっちゃがいた。

 随分と若いが、声でばっちゃだと分かる。八重咲きの薔薇が咲いたような艷やかで美しい娘。眼差しは優しく愛おしそうに俺を見つめた。

 

「指輪は大切にしてくれているんだね」

「うん」

「私はいつでもお前の側にいる。ガランを頼んだよ」

 胸が詰まって声が出なかったが、何とか言葉にした。

「……俺、頑張るよ」

 

 ばっちゃは微笑み「掌を出して」と言った。

 その通りにすると、ばっちゃはマーヤに変化し、俺の掌に乗ると吸い込まれるように消えた。


 そのやり取りを見た者はいないだろう。

 ばっちゃは俺だけに見える状態でここに来たのだ。

 俺はいつでもマーヤを通してばっちゃと会える、そう思うと嬉しかった。



 式が終わり最後の弔問客を見送ると、前垂れ付の帽子を取った。

 式の最中に何度も意識が飛びそうになった。夢なのか現実なのか、どこに居て何をしているのか分からなくなりそうな瞬間があった。

 音が止んで人の気配が減っていくと、少しずつ現実感を取り戻した。

 

「大丈夫? 結界に酔ったんじゃない」

 台座を降りる際ふらついた俺に、手を差し伸べながらマキナが言った。


「大丈夫」

「ならいいけど。強力な結界だったし、あんなに長い間魔法に晒されたら大人でも酔うことはあるわ。子供ならなおさら」

「酔ってなんかいない」

 

「どうしたの? 疲れちゃったかしら」

「疲れてもいないし」


 俺を子供扱いするマキナに苛立ちを覚えた。

 一昨日の夜に栄養剤入りミルクを出された事、昨日は一緒に料理をしている時に何度も「危ない」と「上手ね」を言われた事も不愉快だった。


 そんな事がどうして……と、自分でも思った。

 葬儀までの間、マキナはずっと側にいて俺を気遣ってくれたのに。


 俺はこれまでのことを話し、マキナはそれを聞いてくれた。

 両親や弟がいた時のこと、友人のモンドのこと、プレ討伐隊のこと。

 マキナのことも少し聞いた。兄と弟たちがいること。離れて暮らすのは淋しいこと。最近、討伐隊の仕事が忙しかったので、俺と一緒の4日間でのんびりできると思ったこと。

 

 ばっちゃとマキナが会ったのは、マキナが7歳の時。人混みで両親とはぐれて泣いていると、ばっちゃが両親の居る所まで連れて行ってくれた。それをきっかけに、マキナは神殿に行ってばっちゃと話すようになり、時には魔法充填の手伝いもしたらしい。

 

 夜は「眠るまで手を握ってあげる」と言うのを断り、後で少し後悔した。

 

 

「並んだらほら、俺の方がこんなに背が高いよ」

 マキナが思うより俺は大人だと気づかせたくて、そう言った。

「そうね」

 そっけない返事が返って来た。


「魔法大全は読んだ? 俺はもうほとんど読んだよ」

 これならどう? 凄いと思ってくれるだろうか。


「今は読んでいない。そんなに役に立たなかったから。実践で覚えられるし」

 俺はがっかりして口を閉じた。マキナは討伐隊で3年も戦ってきたのだ。敵うはずがなかった。


「お腹が空いたわね。貰ったものが沢山あるからそれを食べましょう」

 テーブルにパンや菓子、饅頭、ハム、果物などが並んだ。

 食欲はなかったけど、また栄養剤を飲まされるのは嫌なので、少し食べることにした。


「伝書鳥の魔法はどうやるの?」

 マーヤを出したくて聞いた。


「掌を上にして、卵を軽く握るように……そう、それから」

 教えてもらって何度か試してみた。

 大きさ違い、色違い、体型違いなどを経て7回目でやっとマーヤが出てきた。


「やった! これがマーヤだよ」

 薄桃色の小さくて丸い小鳥。チュリという鳴き声も同じ。


「マーヤに何か頼む時の魔法は?」

「何を頼みたいの?」

「そうだな……ばっちゃがやっていたように世話係に何か持ってきてもらうとか」

 

「そんな大掛かりな魔法は無理よ。飛び抜けた魔力と技術が要るわ」

「マキナでも出来ないの?」

「向き不向きもあるけど、私なら10年はかかるでしょうね。でも、君はエルダー・リリーが見込んだ次の村長なんだから、きっとすぐ習得できると思う」


 テーブルに置いたパンの欠片をつつくマーヤ。ばっちゃがやっていたように「もうお帰り」と、掌を出すと、マーヤはちょんと乗って消えた。

「今はこれでいいや」

 俺が笑うとマキナも笑った。


「もう食べないの? パンと果物しか食べていないじゃない」

「欲しくないんだ。でも、栄養剤入りミルクは飲みたくない」

「お腹の調子が悪い?」

「そうなのかな」


 ベッドに入って眠れずにいると、マキナが部屋に入ってきた。

「ヒーリングが必要?」

「うん」と言った。必要ないと思ったけど、側に居てほしかったから。


「寝たまま横を向いて」と言われ横を向くと、マキナは背後からベッドに上がり、パジャマを捲ると俺の腹に片手を当てた。

 俺は反射的に「あっ」を声を出し「大丈夫だから」と笑われた。

 

「ヒーリングって……こうするの?」

 ドキドキしながら聞いた。

「本当はもっとくっついて全身で温めながら治すんだけど」


 マキナの声が耳元近くから聞こえ、体がこわばった。


「子供がお腹が痛いと言う時は、淋しい時が多いの。薬やヒーリング魔法で治らない時は抱きしめて一緒に眠れば大抵治るわ。弟や妹にもよくやったの」

 マキナの掌が温かい。

 

「良くなりそう?」

「うん、ありがとう」


 俺はそれ以上何も言わず、じっとしていることにした。

 マキナの手と俺の腹が繋がってしまったかのように違和感がなくなっていく。

 ヒーリング魔法が効いたのか、全身がポカポカしてきた。

 それからじきに眠りに落ちた。

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