ガランにて ~ゼクスとマキナ~
目を開けると同時に、暗く重い気持ちも一緒に目覚めた。
魔物の気配はない。討伐隊によって退治されたようだ。
夕べのあれらも転移魔法で送られて来たに違いないが、魔王軍はばっちゃの結界が破れたことを知っていたのだろうか。結界はシールドとは違いどんな魔物も入ることは不可能な領域だから、それが破れたというのは魔王軍がこちらを攻撃するまたとないチャンスになる。
単なる偶然ならいいが……。
庭に出ると、マキナが香草を摘んでいるのが見えた。
ばっちゃとの平和な日常がそのまま続いているようで、ほっとはしたが少し気恥ずかしかった。
「おはよう、ゼクス。神殿は大丈夫よ」
「そうみたいだね」
「朝食をつくったから食べて」
マキナに続いて食堂に入ると、2人分のパンとスープ、炒り卵が用意されていた。
「今、香草茶を淹れるからね」
「あの……」
「ああ、しばらく君の世話をするというのも遺言なの。元気になったら色々と仕込むけど、今はこのマキナに任せなさい!」
マキナは明るい調子で言い、キッチンに向かった。
窓から庭を眺める。雨が降ったようだ。
花についたしずくが、朝陽を受けてきらめく。
水色の蝶が2匹、開きかけたオレンジ色の薔薇の周りを飛んでいた。
ミルク入りの香草茶をトレーに乗せて、マキナが戻ってきた。
「世話係に頼めばいいのに」
そう言うとマキナはフフと笑い、俺の前に腰掛けた。ばっちゃがいつもいた位置だ。
「あれはエルダー・リリーの魔法よ。小鳥と同じ」
「えっ」
まったく気づかなかった。世話係はどこから来ていて、普段は何をしているんだろうと思ったことはあった。まさかばっちゃの魔法だったとは。
「じゃあいつも出してくれた料理は……」
「魔法だけで料理はできないから手作りだと思うわ。魔法も少しは使ったでしょうけど」
マキナのスープは野菜が大きくて少ししょっぱかった。
「モーツァルトも?」
「何? それ」
「何でも……」
きっと音楽もムービーも、ばっちゃの魔法だったんだろう。でも、そのことをマキナに言う気にはなれない。
「ばっちゃはどこに?」
「それがね、消えてしまったのよ」
マキナたち討伐隊が呼ばれて遺言や今後の事を聞いた。皆が見守る中、ばっちゃはそのまま眠るように亡くなったが、いつの間にか消えてしまったのだと言う。誰も部屋から出ていないのに。全員が一瞬だけ目を離した隙に。まるで最初から居なかったかのように。
ばっちゃの寝床には髪の毛一本すら落ちていなかったそうだ。
俺はばっちゃが120歳ぐらいだと思っていたが、150歳を超えていたらしい。
「とっくに肉体は無くなっていたんじゃないかと思うの。皆が見ていたエルダー・リリーは幻影だったのよ」
「それも魔法なの?」
「多分そうね。肉体の限界を超えてこの世界に留まり続けることができる……神に近い存在だったのだと思ってる」
俺は納得するしかなかった。運命はいつも俺から大切なものを奪うけど、今回もまた同じように耐え、受け入れて生きていくしかないのだと感じた。ばっちゃが何者であろうと、たとえ神ではなく魔物だったとしても、この悲しみに変わりはないだろう。
「エルダー・リリーの葬儀は2日後、君が村長になる儀式は5日後。新たな結界がつくられるまで、どこにも行かないでね。育成所には連絡を入れておいたわ」
黙って頷いた。
村長──そんな事より、ばっちゃとばっちゃの気配がこの世界から消えてしまった事の方が重大に思えた。
「あの淡桃色の小鳥は、マーヤって言う名前だったんだ。名前は俺が付けた」
うん、と言いながらマキナはパンを齧り、スープを飲んでいた。口元を拭うと俺を見て微笑んだ。
「可愛い名前を付けていたのね。自分で出せばいいじゃない。教えてあげるわよ、伝書鳥の魔法」
俺が魔法を使えたとして、あのマーヤが出てくるわけじゃないのに、と思った。
「魔法は使えないんだ、まだ発現していないから」
「おかしいわね、君は魔法が使えると聞いていたけど? 村長は能力者であることが条件だし」
琥珀色の瞳が俺を見つめる。
「ばっちゃは先見ができるから、未来のことを言ったんだよ。魔法なんて使えない」
「そうかしら」
すっかり食べ終えたマキナ。俺はスープ以外、ほぼ残した。
「食べたくないよね。うん、お昼はお菓子だけにしよう。だけど夜はもう少し食べようね。……それから、たった4日間のことだけど、私たちずっと一緒にいるわけだから、何でも気兼ねなく話したいことを話して過ごしたいの。気になることはない?」
気になること……。
「あのさ、夕べ……部屋に戻ってきた?」
「えっ、君の部屋に? 戻ってないけど」
「それならいいんだ。夢だったみたい」
途端に恥ずかしくなった。聞くんじゃなかった。
窓の外で鳴いている鳥の声が、自分を笑っているように思えた。
「どんな夢?」
「……撫でてくれたり、大丈夫って言ってくれたり。もちろん夢だったんだけど」
ただの夢の話だと強調して話した。
「それは、魔法よ」
「魔法? 夢じゃなくて」
「なんだ、君は自分が魔法を使える事を知らなかったんだね。悲しい時や心が不安定な時に使うセルフ・ヒーリングという魔法よ。大人だと人間の姿にするけど、子供だと犬や猫、ぬいぐるみをイメージした姿にする事が多いらしいわ」
毛布が動物になって慰めてくれたあの時も、自分で自分に魔法をかけていたんだと気づいた。セルフ・ヒーリング……知識として知ってはいたのに。
「エルダー・リリーは気づいていたのね」
恥ずかしさで一杯の俺は、何も言えなかった。
「みんなそうやって自分を慰めているわ。大人も子供も。そうそう人に甘えられないもの。……でも君が誰かに慰めてもらいたいって思っているなら、魔法は使わなくていいよ。私が慰めてあげる。だって君はまだちゃんと大人じゃないし、大切な人を亡くしたばかりだから」
マキナが微笑んで俺を見る。
「ありがとう。夕べは色々とごめんなさい」
マキナは腕を伸ばすと、夕べ打った俺の頬を撫でた。
「ゼクス、大丈夫だから」そう言って。
「うん」
俺はまだ子供側で良かったと思った。このまま少しの間、時が止まればいいのに。
5日後、俺は村長になり、ガランの皆を守らなければならない。




