ガランにて ~孤児たち〜
家に戻り、制服を着て鞄を背負うと10日ぶりに学び舎「ジェイ」へ向かった。
明るいカーキのベストと青いズボンの制服を身につけるのはあと少しの間だ。
顔見知りの大人たちが「お早うゼクス」と声を掛けてくれる。家族を亡くしたことを知って、励まそうとしているのだろう。
畑に向かうおじさんに「お早う」と返し、おばさんが抱いている赤ん坊に手を振り、草むらから出てきた尻尾の長いノアを少し撫でた。
空には箒や絨毯が浮かび、人を乗せて飛んでいた。小型の二輪車もある。警備の交代時間なんだろう。
教室へ入ると、いつもの友人たちの顔が見えない。代わりに知らない顔が増えていた。
12歳以下がする青いリボンが5人いる。
「君たちリボンは別の教室じゃないの? ここは13歳以上の教室だよ」
一番歳が大きそうな、額を出して長い髪を結わえている女の子に聞いた。
「私たちの先生、死んだの。新しい先生が来るまで少しずつ別の教室に行くようにって」
「えっ?」
絶句していると別の子が「先生だけじゃないよ。ジュッタとマジャって子も、僕のお父さんも、マーケットで魔物に襲われて死んだんだ」と、俺の顔を見上げた。
「ルカはお父さんとお母さん、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんも」
女の子が手を繋いでいる「ルカ」は5人の中で一番小さかった。
くせ毛の柔らかそうな髪にクリッとした瞳が弟のオーリに重なり、胸が傷んだ。
「ルカは何歳なの?」
俺はルカの前にしゃがんで聞いた。
「7歳」
「そうか。オーリ・クラウドは知ってる?」
ルカは首を振った。
「ルカは違う地区から来たの」
女の子がルカの代わりに答えた。
同年で委員長のモンドが近づいて来るのが見えた。
ウエーブのかかった黒髪に黒フチの眼鏡をかけたモンドは、皆に平等で優しい。何を考えているのか分からないところがあるが、俺たちは妙に気が合った。
「ビビカたちはどうした?」
「ビビカとヨノとウィルなんだけど、先週3人でマーケットに行っていて……」
モンドは次の言葉をためらった。
俺は鞄を置いてモンドの話に耳を傾ける。
「それで?」
「魔物に襲われたんだ。一瞬のことで助からなかったらしい」
「ビビカたちが……」
席が近くよくふざけ合っていた小柄なビビカ、たまに連れ立って遊んでいた気のいいヨノ、人気者で成績も優秀だったウィルのことが思い出された。嘘だ……。
俺は、家族の時と同様につらい出来事は感じないよう意識の底に沈めてしまうことにした。
「君も大変だったんだろゼクス」
「うん。今はばっちゃの家にいる」
「大丈夫なのか? 落ち込んだりは」
「なるべく思い出さないようにしてる」
授業開始の鐘が鳴った。
「モンド、後で話せるかな」
「帰りに談話室とか?」
「そうしよう」
10席ほどある4人掛けのテーブルは、授業を終えた学生たちと教師で半分ほど埋まっていた。
テーブルと続きの壁にはそれぞれ、人の頭ほどの水晶が埋め込まれている。
「おごるよ」
俺は鞄からばっちゃにもらった水晶を出すと、壁の水晶前にかざして「コーヒーを2つ」と注文した。
能力者は魔力で支払い、非能力者は携帯した魔力かコインで支払うシステムだ。
「コインはやめて魔力にしたのかい?」
モンドが興味深げに聞く。
「ばっちゃにもらったんだ。魔法充填の手伝いをしていて」
俺が水晶を渡すと、モンドはしげしげと眺めた。
「随分と形の良いクラスターだね。こんなにバランスが良いものはなかなかないよ。欠けないように気をつけないと」
他の奴らならこうはいかない。なぜエルダー・リリーの家にいるのか、どうして水晶を貰えたのか、そういう話になるだろう。鉱物が好きで美品を収集する趣味人で、俗物的なところがないモンドらしい反応だ。
「うん。やっぱり普段使いにはしない。家に置いてこれからもコインを使うよ」
「それがいいと思う」
金属と樹脂でできたサーバーが、コーヒーの入ったカップを2つ運んできた。
トレーを受け取ってテーブルに置くと、モンドに聞いた。
「教室でも聞いたけど、酷い状況らしいね。なぜこれほどの被害になったんだろう」
「あの日、マーケットでイベントがあったんだ。役者や歌手が来ていて、出店もたくさん出ていた。それでいつもより人が多く集まっていたところに、魔王軍がシールドを破って入って来たんだ」
マーケットの近くに住んでいるモンドは、10日前にあったことを知っている限り詳細に話してくれた。
「マーケットは住宅区だから2重のシールドで守られているはずなのに……それだけ魔王軍が優勢になっているということだな」
俺はばっちゃが「討伐隊で成果を上げられるほどの能力者が生まれなくなってきている」と言っていたのを思い出した。このままでは強くなっていく魔王軍に対抗できないのではないか。
「ガランはまだマシさ。近隣の村では大人の数が減りすぎて、孤児たちを一時的に別の村で保護することになったって。ほら、あの7歳の子がそうだ」
モンドはため息をついてコーヒーを啜った。
「今日見たあの子たちみたいな子が、他にも?」
「まだたくさんいると思う」
モンドがそう言った瞬間、俺の心は決まった。
「俺たちも何かしよう!」
「何を?」
カップの中を見つめていたモンドが顔を上げた。
「魔王軍と闘うんだ」
「俺たちは非能力者だろう。木の棒を持って闘うのか?」
「そうじゃない、できることをして討伐隊を助けるんだ。それも闘いの方法だろう?」
モンドが口を閉ざし、無言で俺と向き合った。しばらくして……。
「どんなことをすればいいのかな」と聞いた。
「助けがいることで、俺たちにできることをするんだ」
モンドの視線が俺から、俺の後ろに移った。振り返ると、朝会った5人の子供たちがいた。
「お兄ちゃん」と、今朝話した少女が俺を呼ぶ。
「どうしたの?」
「私たち、これからどうすればいいの? わからないから聞きにきたの」
少女は不安そうな目をしていた。しかし俺に訴えることで状況を変えられるかもしれないという意思を感じた。
「誰か迎えに来ていないの?」
「誰も」
「わかった、育成所に連れて行ってあげるよ。歩いて行ける。そこへ行けば心配ない」
育成所は討伐隊の子供たちを育てる機関だが、孤児の受け入れもしていたはずだ。
ばっちゃが声を掛けてくれなければ、俺も15歳になるまではそこで暮らすことになっただろう。
「えっと、俺の名前はゼクスでこっちが友人のモンド。君たちの名前はなんていうの? 歳は」
「ゼクスとモンドね。私はリィサで11歳、この子はルカで7歳、隣がレティアで10歳、あそこにいる双子がネオとリオで9歳」
「みんな友達なの?」
「ううん、今朝初めて会ったの」
「君、すごいね。会ったばかりの全員の名前と歳を覚えたんだ」
モンドが言うと、リィサが照れくさそうに笑った。
双子のネオとリオは退屈になったのか、ひとつ向こうのテーブルで遊んでいた。水晶に触れて何か言っている。他の客の真似をしているんだろう。
ところが、しばらくするとサーバーがミルクを運んで来た。全部で5つ。
「みんなの分も注文したよ」と、双子のひとりが誇らしげに言う。
「注文していいのは13歳からよ。ほらここに書いてある」
リィサはそう言うと「まあいいわ。いただきます」とカップを手に取った。
俺とモンドはぽかんとして見ていた。ネオかリオか、どちらだ?
「君はネオだっけ? 魔力があるの?」
「うん。魔法が使えるよ! ほら、見て」
ネオが床から少し浮き上がって見せた。浮遊魔法だ。
「君、いつから魔法が使えるようになったの?」
「この間マーケットで逃げている時にできるようになったんだ」
「僕も使えるよ! 見てて」と双子のもう1人が言った。
リオは両手を上下に重ねると、上になった手を少しずつ上に動かした。手と手の間にできた空間に小さな火の玉ができている。ファイアーボールだ。
「兄弟で同時に?」
「うん、同じ日だよ。僕は逃げている途中で体が浮き上がったの。大きな魔物に踏み潰されると思った時に。リオは手がムズムズするって言っていて、何回か練習したらできるようになったんだ」
「リオ、君が発現したのはどんな状況だった? 手がムズムズする前」
俺は聞かずにはいられなかった。
「ネオと一緒に逃げていて、転びそうになった所を討伐隊が助けてくれたんだけど、本当にもう捕まりそうで死んじゃうかもしれないと思ったんだ。その後」
俺とモンドは顔を見合わせた。同じ事を考えているに違いない。
能力発現の条件に必要なことが少し分かったのだ。これは後々役に立つかもしれないと。
子供たちを育成所に連れて行き、帰りは途中までモンドと話をしながら歩いた。
「かなりの人手不足みたいだったね」
「うん。談話室で言いかけたことなんだけど……俺たち年長の生徒が、子供たちを育てる手伝いをするのがいいと思うんだ。見ただろう? あの双子。ああいう子たちが育って討伐隊に入り、ガランを守るんだ」
「ああ」
「育成所はあの子たちより、さらに小さい子供の世話で精一杯だろう。少し育った子供たちは手に余ると思うんだ」
「うん、それで?」
「プレ討伐隊をつくるのはどうだろう? 討伐隊に入隊前の子供たちでチームを組ませて、年長者は子供たちの能力を引き出し育てる手伝いをする」
モンドは口の両端を上げ、中指で眼鏡の鼻当てを上げると言った。
「ゼクス! 君は……天才だ! すごく良い考えだよ」




