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ガランにて ~青い部屋〜

 ここに来てからの俺の一日。


 朝、マーヤが来たら外へ出て、ばっちゃと庭の手入れをする。香草を採ったり、花を切ったり、種を蒔いたり。

 庭続きの温室に入り、薬草や毒草を見て、合せ方や使い途についての話を聞く。

 そのまま庭や温室で食事をすることもある。


 その後昼まで魔法充填の手伝いをし、昼食を食べたら夕方までばっちゃが書斎と言う「青い部屋」で書物整理を手伝う。

 ずっと書物整理をしているわけではなく、香草茶を飲みながらムービーを見たり、カードゲームをしたり、それぞれ好きな本を読んだりもする。

 夕食後はばっちゃの散歩に付き合いながら、翻訳が必要な物語本の説明をしてもらうことが多い。


 夜は部屋に戻ってシャワーを浴び、ベッドで魔法大全を読む。

 嫌な事を思い出さないように必死で文字を追っていると、そのうち眠くなる。

 チェストに魔法大全を置いて一日が終わる。


 

「今日は誰も来ないよ。書斎でムービーを見て過ごすことにしよう」

 朝食を食べながらばっちゃが言った。


 窓の外には薄灰色の空が広がっている。早朝に降り出した雨は、雨音を増して当分止みそうになかった。

 

 青い部屋に入った。

 

 初めてこの部屋を訪れた時、書斎と言うにはあまりにも広く無機質な様子と部屋中に行き渡る青い光のせいで、まるで海底のようだと思った。

 部屋の中心には形の違う腰掛けやソファがいくつかあり、隙間に小ぶりの家具が置かれている。書斎らしい部分は、白塗りの壁の一辺に並んだ書棚と飾り棚ぐらいだ。

 

 青い部屋は紫、薔薇色、緑や黄色にも変化した。それは本当にゆっくりでいつ変わったのかわからないほど。どの色に変化しても少しずつ青が混じってきて、また元の青に戻る。


「神殿の水晶の中にいるみたいだ」

 

「ああ。お前は勘がいいね。この部屋は、あの水晶がまだない時代に魔法エネルギーの貯蔵室として使っていたんだ。魔法のほとんどは水晶に移動させたけど、まだ少し残っているのさ」


 ばっちゃは両手に持ったトレーを小さなテーブルに置いた。ミルクの入った香草茶とシトロンの皮が入った焼菓子が乗っている。

 俺はカップを持って一人掛けのソファに腰掛けた。茶はまだ熱くて飲めない。


「色はなぜついているの?」

 

「魔法エネルギーは魔法を使える者以外、存在を感じることができない。だから色をつけたんだ。庭の花を参考にして」

 ばっちゃが握った手を上に向けて何か言うとマーヤが現れ、手から羽ばたいてドアの方へ飛んでいった。


 俺は、ここ数日の手伝いを通して気付いたことを言った。

「魔法を充填しに来る人たちばかりで、寄付しに来る人はいないね」

 

「たまには来るよ。レベルが高い魔物のエリアに行く前などに」

 

「どうして? 余計に魔法が必要になるんじゃないの」


「加護を受けに来るんだよ。加護は魔法を寄付した者に優先して与えられることになっているから」

 

 そうだった。ばっちゃは類い稀な能力者で先見(さきみ)ができる無二の存在。

 使える魔力が減っても受けたい「加護」というのは、それほど価値ある魔法なのだろう。


「俺もばっちゃみたいに魔法が使えるようになりたかった。そうしたらなりたいものになれる」

 素直な気持ちを言いたくなったのは、光が緑に変化してきたせいだろうか。


 マーヤが戻ってきた。続いて世話係が部屋に入ってきて、花の蜜を固めた蜜玉と炒ったアーモンドを焼き菓子の隣に置いた。

 

「お茶もまだたくさんありますからね」

「ありがとう」


 世話係が部屋を出て、マーヤがばっちゃの掌に消えた。

 

「私は村長だが、なりたくてなったわけじゃないんだよ。でも、せっかく与えられた能力だから自分がいるこの世界のために使おうと思ったのさ」

 ばっちゃは香草茶に蜜玉を3個入れて匙でかき回しながら言った。

 

「それでもばっちゃが羨ましい。能力があったからそういう風に思えたわけだし」


「今のガランは能力の有無で将来を振り分けるようになっているから、不満が出るのも無理なかろう。お前は能力が欲しかったようだが、欲しくない者もいる。魔物なんかと戦わずに村で平和に暮らしたいと思っている者は多いだろう」


「それはそうだけど」

 やっと飲み頃になった茶を啜る。


「魔物がいない世界をつくるのは討伐隊だけじゃない。魔法や特殊スキルではないが、お前にも生まれつき与えられているものが沢山あるじゃないか。それも能力のうちだろう」


「俺が、生まれつき与えられている? 何を……」

 

「まず、お前は立派な体格をしている。同年代の皆より背が高い。体のバランスも良いし、皮膚は滑らかで血色も良い。だから丈夫だ。滅多に病気にはならないだろう」


「それがそんなに大した事かな」


「もちろん。自分がどんなに恵まれているか子供のうちは気づかないかもしれない。そのうちわかるだろう」


 俺はそんなに子供じゃないと思いながら「そういうものかな」と言った。


「次に、人の役に立ちたいという気持ちが強い。思いやりもある。これは良い人間関係を築ける資質だ」


 両親からも学び舎の師からも、こんな風に言われた記憶はない。普通に過ごしてきたことで「良い」と言われるのはこそばゆい。悪い気はしないけど。

 

「そしてお前は頭が良い。向学心もある。魔法大全なんて14歳の子供はまず読みたがらない」


「魔法大全を読むのは魔法のことをもっと知りたいと思うから。読んだって魔法が使えないのだったら無駄だと思うけどね」


「無駄じゃないさ。知識があれば討伐隊の力になれる。指導することもできるし、研究者になれるかもしれない。知識を元に本を書くこともできる。実用書でも、冒険物語でも」


 ドクン、と心臓が鳴った。

 急に未来が開けたように思えた。


「そうそう、お前は顔もいいから女の子にモテるだろう」

 

「ありがとう、ばっちゃ」

 俺は焼き菓子を齧りながら、満たされていくのを感じた。

 


「ムービーを見よう」

 

 壁一面に、古い時代の名作だという色のないムービーが映し出された。

 内容は少しも頭に入ってこない。

 

「音楽を聴くかい?」

「うん」

 

 ばっちゃは、ムービーはそのままに音声だけを消し、音楽に切り替えた。

 静かな、しかし豊かな音の波が部屋に広がっていく。

 

 画面に映っている役者のコミカルな動きと音楽が合っていない。

 青い(もや)が画面を横切り役者の表情を隠すと、現実感が失われた。

 

 昨日のことが遥か昔のように、今いる場所がどこか遠い世界のように思える。

 この体も意識も別の場所から眺めているような奇妙な感覚。

 

 ──皆、元々は同じ生命体だったのだ。本当の世界に過去も未来もない。ばっちゃも俺も村の人たちも繋がっている。もちろん親父もおふくろもオーリも。

 ほんの一瞬、俺はとてつもなく遠い所へ行ってまた帰ってきたような気がした。



「ねえ、ばっちゃ。死んだらどこへ行くの?」


「そうだねえ。ガランでは魂は永遠なんだ。死んでも皆、すぐ近くにいるのだと教えられる」

 ばっちゃはいつの間にか変化した揺り椅子に座っていて、天井近くにひとつだけある窓を見上げて言った。

 

「ばっちゃもそう思う?」

「ああ。……間違いない」

 

「俺も。さっき分かったんだ、なぜだかわからないけど」


「それは良かった」

 

 

 部屋は孤独な深海から朝焼けのような緋色に変化し始めていた。



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