ガランにて ~ゼクスとエルダー・リリー〜
何者かが俺を覗き込んでいる気配を感じて目を開けると、小鳥だった。
顔のすぐ側まで来て、俺が起きるのを待っていたようだ。
小さな嘴、その両側につぶらな目があり、全身は淡桃色で丸っこいシルエットだ。
小鳥は俺が起き上がると枕から毛布に飛び移った。今度は俺じゃなくて毛布を見つめている。
首を傾げ毛布をつついたかと思うと、急に飛び上がった。毛布がモゾッと動いたからだ。
一体何が起こっているんだろうかと考え、これはばっちゃの魔法だという結論に行き着いた。
この小鳥はばっちゃの使いで、俺を起こしに来たのだ。
小鳥はベッドの側にあるチェストに移動し、今度はドアの近くにある上着掛けにとまった。
俺は靴を履いてその後を追う。ノブに手を掛ける前に小鳥はドアをすり抜けて行った。
青い空。やわらかい光が地面や建物の壁や、庭に咲き誇っている花々に降り注いでいる。
赤や桃色の薔薇、ジギタリス、クレマチス、ローズマリーやセージの樹。通路の脇には香草がたっぷり植えられている。花や草の前は大体分かった。おふくろが庭に植えて名札を土に挿していたから。
開け放たれたドアから入ると、テーブルに食事が用意されていた。
大きな窓の明るい食事室。かすかに音楽が聴こえる。
それが何かも分かった。モーツァルトだ。父さんが好きだった。
「もう昼近いが、よく眠れたようだな」
ばっちゃが笑った。
全身を筒型に包むような白い着物の上に赤い上着を羽織っている。白く長い髪を頭の高い位置で括り、大きな耳飾りをし、手にはたくさんの指輪をはめていた。
小鳥はばっちゃに向かって飛んでいき、差し出した手にとまった。
俺は用意された椅子を引くと、ばっちゃと向かい合わせに座った。
「その子、なんていうの?」
「名前など考えたことなかったよ。ゼクスが好きに呼べばいい」
「じゃあ……マーヤ」
チーズと卵と香草をパンに挟んでかぶりつき、シトロンサイダーを飲む。
咄嗟に出てきた名前だと思ったけど、昔飼っていたインコの名前だと気付いた。
「よかったね、名前がついて。お前の名は、マーヤだって」
肩に乗ったマーヤがチュリと鳴いた。
野菜を細かく切ったスープと香草茶がばっちゃの食事らしい。若く見えても100を超えているのだから固いものは食べられないのだろう。
「もうお帰り」
ばっちゃがそう言って掌を上にするとマーヤはぴょんとそこに乗り、消えた。やはりばっちゃの使いだったか。
「あの毛布の魔法……」
「どうした?」
「いや、何でも」
「ほう?」
毛布が動物になった魔法について聞こうとしてやめた。子供向けの魔法で慰められたと思うと少し恥ずかしい。ばっちゃに大人ぶっても仕方ないのは分かっているんだけど。
「手伝いって、何をすればいいの?」
「神殿においで」
神殿には巨大水晶があり、その中には多くの魔法エネルギーが収められている。能力者たちから寄付されたもの、自然発生して風や雷に変化する前のもの、特定の動物や植物が生み出すもの、など。
集められた魔法は水晶に収められると自動で精製され純度が高まる。それを必要な者に分け与えるのがばっちゃの役目だと聞いていた。俺はきっとその手伝いをするのだろう。
食事を終えて、ばっちゃの持ってきた赤と白の服に着替えると神殿に向かった。
数本の大きな柱に支えられた神殿の中央に、天井に届きそうな巨大水晶が鎮座していた。先が尖った歪な六角柱。色は濃い桃色で所々薄い青が入っている。
水晶に近づくと髪の毛が浮き上がった。足元から体の中心を這い上ってくる何か、それは頭の天辺を突き抜けていった。さっき飲んだシトロンサイダーのように爽快だ。
「壁がなくなっている」
「代わりにシールドを張ることにしたんだ」
ばっちゃは水晶の前に座るように言った。用意された小さな椅子に腰掛けると、水晶に俺とばっちゃの姿がうっすらと映った。
「水晶を中心として村全体に5重のシールドがかかっているというのは、学び舎で習っただろう? 1重目はこの部屋まで、2重目は敷地全体、3重目は村の管理棟、育成所、回復所、学び舎までの範囲、4重目は村民住居区まで、5重目は討伐隊住居区まで及ぶ。5重のシールドがかかっているのはここだけだ」
この水晶を幼い頃、よく見に来た。隠れて見ていたら、ばっちゃが近くで見ることを許してくれたこともあった。その時に見た水晶はもっと青みがかっていたと思う。
「水晶は、中に入っている魔法エネルギーの量によって色が変わる。何も入っていなければ透明、少しだけなら水色、半分ぐらい入ると赤みがさし桃色に、もう少し入ると薔薇色、満タン近くになると紫に変化する。外気や人の気などの影響も受け、薄くなったり濃くなったり模様が出たりと、一刻も同じ状態に留まらない。ゼクス、お前はその様子を見るのが好きだったな」
「以前見た時と色が違うけど、魔法エネルギーの量は減っているの?」
「ああ。昔は魔物の数が今より少なかったから、討伐隊が使い切れない分を寄付してくれていたんだ。だが今では討伐隊が魔法エネルギーを補充しにやってくる。それとな……」
ばっちゃはためらいがちに続けた。
「討伐隊で成果を上げられるほどの能力者が生まれなくなってきているんだ」
「理由は?」
「わからない。能力発現しても使えるように発動しない場合が増えている。それでも討伐隊にいればいつか発動するだろうと入隊するが、発動前にやられてしまう」
能力発現した者もそんな苦労があったのか。俺は本当に何も知らなかったんだな。
「まあ、そんな話はいい。……ちょうど誰かやってきたようだから、私のやることをよく見ておいで」
魔法使いだという少女が、署名をした書類を出して捲し立てた。
「ご機嫌麗しゅうエルダー・リリー! 周辺警備で名の知れた北の部隊のアイドル、マキナでーす。魔物の襲撃が続いて魔力が足りなくなりそうなので充填してもらいに来ました。こちらにお願いしますね」
小粒の石3個と棒状の透明な水晶を、布を張った台に置いた。
「これに移せばいいんだね」
ばっちゃは石と宝石を両手で持ち、神殿の巨大水晶に見せるように差し出した。灰色の小粒の石は赤く、透明の水晶は濃い紫色に変化した。
「ありがとうございまーす」
少女は嬉しそうに受け取ると腰のポケットに石と水晶を入れた。
まだ入隊して間もないだろう若い女の子。魔力が足りなくなったのは初心者だからだろうか。
「あ、君、今私のこと下手っぴ魔法使いって思ったでしょ。こう見えて入隊してから3年経ってる熟練なのよ?」
長いお下げ髪を揺らしてニッと笑う。
「3年で熟練とは言わんよ、マキナ」と、ばっちゃ。
いきなり話し掛けられて戸惑っていると、マキナが続けた。
「私、心見ができるの。だからキミの考えていること分かっちゃうんだな」
初心者だと思ったのは本当だったのでギクリとした。
「下手だなんて、そんな風には……」
しどろもどろで言うとマキナは「冗談だよ。心見ができるぐらいだったら魔法が足りなくなるようなことにはならないわ」と笑った。
マキナが帰ると小さな水晶クラスターを持ってきて、ばっちゃが言った。
「これで、さっき見た通りにやってごらん」
「俺、魔法は使えないよ? 能力発現していないから」
「そうかい、でもできるよ」
ばっちゃの動作を思い出しながらやってみた。
指先にとろりと何かが流れる感触を感じた。両手に乗せた水晶に色がついていく。
マキナに渡したような濃い紫色になった。
「できた!」
「ほら、できたじゃないか」
色づいた水晶を見ていると、ばっちゃが「お守りにあげるよ」と言った。
俺はしばらく、もらった水晶を見続けた。小さいのに神殿の水晶と同じように光の加減や持ち方で色が変化する。見飽きることはないだろう。
「気に入ったかい。明日から毎日、手伝ってくれ」
「うん、わかった」




