ゴーストNo.2:妖狐と餓鬼「天子と茘子」
俺こと魔法使い『星月夜 即真』
戦士の『獅崎 十色』
賢者の『慈眼 是親』
テイマーの『化身 美空斗』
は、わずか1年で魔王を倒し人々を安寧に導いた最強の部隊である。
その名もチーム『色即是空』
討伐後、なぜか異世界である“日本の市役所”という場所に転移して、ゴーストバスターとして働くことになった。
理由はさっぱりわからないが、魔王討伐のキャリアを生かし精進したいと思っている(ヤケクソ)。
・・・ ・・・
俺たちは現在、璞市職員宿舎という住居空間を与えられ、市から派遣の生活介助スタッフ(*お手伝いさん)に助けられながら生活を送っている。この世のしくみについては大雑把ではあるが理解を得て、今のところ特に問題はない。
俺たちがこの世界に住むための手続きやらは上司の「阿羅漢としお」が済ませてくれたらしい。
それにより璞市民となり、正式に璞市役所『でるでる課』職員となったことを祝い、としおが焼き肉をご馳走してくれるという。
自動翻訳の解説で焼き肉の映像を見たトイロは大喜び。
「うまそう! こんな食い物があるのかこっちには」
俺も思わずグーと腹を鳴らした。転移前に居た『ガラン』にも似たような肉の食べ方はあったが、色々な部位を揃えて焼きながら食べるというのはなかった。焼いた肉をつける液体も凝っているな。肉をこれにつけたらどんな味になるのか楽しみだ。
市役所を出て少し歩くと「焼き肉フレイム」の看板が見えてきた。
「あ、ひとり5000円が上限なので、追加料金分は自分で払ってくださいね」と、としお。
先日1ヶ月分の労働の対価である「給与」なるものをもらい、それを物やサービスと交換することを学んだ。
この世界は物で溢れているので何を選んで交換するのが良いのかまだよくわからない。でも、魔王を倒せるほどのスキルを持つ俺たちに対して上限5000円はないだろうよ……酒池肉林とまでは言わないけどさ。
「しけてんな……腹いっぱい食えないのかよ!」
トイロも同じ気持ちのようだ。
「獅崎さんは食べ放題の方が良かったですね。お店は大変でしょうけど。今日はもう予約してしまったので我慢してくださいね」
「まあ、いいけど」
「でも、ここは良い肉出すんです。地産地消なのでコスパもいいし、ここでしか食べられないメニューもあるので人気店なんです。やっと予約が取れたんですよ」
「そうなんだ、悪いな!」
……トイロ、ペースに乗せられるの早すぎるだろ。
店内に入り、長方形のテーブルに着席した。俺とトイロが並び、向かいにミクトとユキ、奥にとしお。
「わあ! 肉の種類がたくさんある。これは肉を包む葉かあ」
メニューを見てミクトがはしゃいでいる。
「カルビとかロースとか、面白い名前がついていますね」
ユキのつぶやきにトイロが「名前なんて見てねーで食いたいもの選べ!」とツッコむ。
「カルビというのは肋骨の意味らしいです。ロースは焼くという意味。タンは舌のことでレバーは肝臓ですね」
「部位の名前ばかりじゃないんですね」
「慈眼さんは何でも食べられますか?」
「はい」
としお、ユキはこう見えて結構食べるんだぞ。
「いらっしゃいませ!」
おしぼりとお冷のグラスを運んできたのは猫の着ぐるみ。中身はゴーストだ。
「おう、たまり丸か。スーパーで働いてるんじゃなかったっけ?」
「久しぶり、トイロさん、みなさん! バイト掛け持ちしているんだ。今日はエブリニャン・マルシェは休みなの」
「頑張ってるね」
「労働、偉いです」
たまり丸は嬉しいのか、着ぐるみの尻尾を揺らした。
つぶらな瞳はまばたきもするし、口はパクパク動く。
プリンをもらった時には気づかなかったが、どうなっているんだろうアレ。
「はい、みんなおしぼりどうぞ……マコトさん、ボクあれから少し魔法が使えるようになったよ」
「そりゃ良かった。せっかく発動したスキルは開発しないともったいないからね」
良い生徒だなあ。ガランでトイロに基礎魔法を教えた時とはえらい違いだ。トイロは直接攻撃以外の学習はやる気ゼロで、魔法スキルはほとんど伸ばせなかったっけ。
「トイロさん、おしぼりで顔拭いちゃったの? もう一本おしぼりいる?」
「いい。それよりその中、どうなってんの?」
「この着ぐるみの中のこと?」
「うん、気になって」
たまり丸が「えっと」と口ごもっているとユキが「やめましょう、セクハラです」と言った。
「セ……セクハラ?」
「就業規則の中にありました。トイロさん読んでいませんね?」
「わかったわかった! 後で読むから」
俺も読んでいない。そうか、着ぐるみの中のゴーストを見たがるのは“セクハラ”で就業違反なのか。
「そうだ、注文! 肉のことは分からないから、としおが選んでよ。俺は飯、超大盛りで!」
トイロはこの世界の「米」が気に入っているらしく、ご飯はいつも大盛りを頼む。
「かしこまりました!」
そこそこ混んできた店内。
しばらくすると、注文したものが次々と運ばれてきた。
肉が乗った銀色の皿、何かの葉、肉を浸ける液、などなど。
最後にドン、とテーブルに置かれたのはトイロが注文した超大盛りご飯。
としおが焼き方の見本を見せてくれたので、真似してやってみる。
いい匂いだ。肉を熱したプレートに置いた時のジュッという音もそそる。
「みなさん、お箸使うの上手いですね」
「最初はこんな2本の棒でよくつまめるなと思ったんだけど慣れたら意外と……」
「おれの飯食った?」
「ん? なんで俺が?」
「俺はまだ一口も食ってないのに、山盛りあった飯がこれだ」
トイロが突き出した丼の中を見ると、ご飯がふた口ほど入っていた。
「……自分で食べたんじゃないの?」
「まだ食ってない!」
全員の顔を見回し神妙な顔をするトイロ。俺以外に疑わしいヤツはいないだろう、そうだろう(ん?)
たまり丸がこっちにやって来る。どうした……あ、ご飯盛り忘れたとか? そんなオチだろう。
「ゴーストがいるよ」
たまり丸は、俺達のいるテーブルの前で立ち止まり、ボソッと言った。
「尻尾が逆立っているね」と、ミクト。
「このテーブルに近づくとゾワゾワするんです」
新スキル発現なんだろうか。
ふと、たまり丸がいたらゴーストチェッカーを持ち歩かなくてもいいな、と思った。精度は低そうだが。
「どんなゴーストかわかりますか?」ユキが問う。
「人のような気もするしそうでない気も……そんなに怖い感じじゃないけど」
いてもいいけど、これから飯って時に出てくんなよなあ。
その辺の排水溝にでも詰まっててくれ。来週また「ゴーストさらい」があるからその時さらってやる。
「こちらの世界はゴーストがあちこちにいますよね」
「うん、そんな中、みんなわりと平気で暮らしているよね」
「こういうのなんて表現するのでしょう。清濁併せ呑む?」
「一蓮托生? 八百万の神、かな」
「ハハハ、慈眼さんも化身さんも日本語のセンスがありますね」
盛り上がってますなあ。
トイロは超大盛りご飯のおかわりを頼み、たまり丸が運んできた。
たまり丸は丼を見て首を傾げている。
「どうした?」
「この丼、さっきと形が違うような……」
と言われてもわからないが。
「おいっ!」
おかわりを受け取ったトイロが、俺の肩をポンポンと叩くと、持っている丼をこちらに傾けた。
「どした?」
丼の中を指差すので見ていると、山盛りに盛られた白飯が少しずつ減っていく。
なんだこれ……俺、思ったより疲れてる? いや、違う。
「底が抜けてんじゃないの?」
持ち上げられた丼の底を覗き込んだ……何ら問題はない普通の丼の底だ。
「試しに肉を乗せてみよう」
香ばしく焼けたロースを飯の上に乗せると速攻、消えた。カルビも消えた。タンも。
肉を巻く用の葉もちょっとずつ消えていく。一気にいかんかい。
赤くて辛いやつ……消えたと思ったら出てきた。食べたくないようだ。
違う肉も試してみよう。
「おい、おれの飯に肉を食わせんな!」
何その発想。トイロは面白い。
「肉と一緒に飯も減っているわけで……肉と飯を食ってるの、この丼じゃね?」
トイロが目を見開いてこちらを見た。
「それだ! 丼が原因か……もしかしてゴーストの仕業?」
「そうだろうね」
「このお肉美味しい!」
「マコトさん、お肉なくなっちゃいますよ」
ゴーストの仕業のくだり、聞こえているはずだが。
ミクトもユキも箸を止めい! 肉を焼き続けるんじゃない!
「星月夜さん、獅崎さん、“それ”は一旦置いといたらどうでしょう。業務時間外ですし」
それもそうだが。別に飯を頼んで、これは食わせておけばいいか。
「たまり丸! 肉と飯とあと色々追加!」
「たまり丸くんもそうでしたけど、ゴーストがこの世に存在し続けるにはエネルギーが必要です。その丼に憑いているゴーストのエネルギーになっているのは、人間と同じ食べ物なんでしょう。
人に被害をもたらすゴーストは今すぐ祓うこともできますが、少し様子を見ましょうかね」
としおが言い、皆が了解した。
「うまそうに食ってるわ」
トイロは別の丼に盛られた飯を頬張りながら「飯食う丼」を眺めている。
「ご飯ばかりじゃ栄養が偏るよ、はい」
ミクトが丼に野菜を食べさせている姿が、ままごとに見えるんだが。
「そろそろ〆にしましょうか」
皆に見守られながら、丼は冷麺をすすり、注ぎ込まれたテールスープを「ズズ、ズズ」と飲み干すとハア~とため息を漏らした。
満腹で満足したのか、気が緩んだのか、黄金色のフサっとした尻尾が丼に生えた。
「存分に食わせてやったぞ、姿ぐらい見せろ!」
トイロが尻尾をキュッと掴むと「キャン!」と鳴いて丼が變化した。
俺とトイロの間に姿を現したのは、レトロな着物姿の女の子だった。
十代前半ぐらいで幼い顔立ち。腰まである長い茶髪に赤いリボン。口の端にご飯粒がついている。
「お前か! 俺の飯を食ったのは」
「ひいっ!」
立ち上がったトイロを見上げる少女。長身で筋肉隆々の元戦士は巨人のように見えるだろう。
「なんで人の飯食ってるんだ!」
「腹が空いておったんじゃ……」
少女が涙目で訴える。つぶらな琥珀色の瞳がうるうると揺れる。
「俺にそんな泣き落としは通じん。正体を見せろ」
「こ……これが“あたち”の本当の姿であるぞ!」
「嘘つけーーー!」
トイロが少女の着物の襟をガシッと掴んだ。
「トイロ、乱暴するな」
思わず割って入った。
「良くないぞ。いたいけな子供を泣かせるのは」
「騙されるな! こいつは狐のゴースト! ガランにも居ただろう」
「なんでわかった」
トイロが手を離すと少女はニッと笑った。
涙、どこ行った。
「好みではなかったか。こっちの方が良いかえ?」
パッと、少女が變化した。頭身が伸び、胸と腰がアダルトに成長を遂げている。
「ヌシもこんな女子が好きであろう?」と、こちらを向く。
ゆるい襟からは何かが飛び出しそうな。めくれた裾からは脚が……太ももが。
いかん! 太ももは俺には危険だ。何とかせねば。
店内の客も一部そわそわと、妖艶になった少女を見ている。
トイロは渋い顔のままだ。
「つまらぬ反応だな! まあ良し。今日は馳走になった! ではな」
そう言ってそそくさと去ろうとした少女の腕を、トイロがガシッと掴んだ。
「食い逃げすんな! 魔国ガランで妖魔にさんざん拐かされ痛い目にあったこの俺に、そんな低級魔法が通用すると思ってんのか!」
トイロ、心が痛くはないのか。
「まあまあ、獅崎さん。この子が食べた分は必要経費で落としますので」
“必要経費”とは便利なものだな。としおのスキルなんだろうか。
「低級とな? ……ふん! ……」
少女は俺らメンバー全員を見渡し
「なら、これではどうだ?」と、今度は知的でスレンダーな美女に變化した。
あっけにとられているトイロを見て
「フフン、良きかえ? 時々デートしてやってもいいぞ。また馳走しろトイロ」
スレンダー美女はメガネを指でクイッと上げてみせた。
「ちょ……あれって」
「うん……似てますね」
似てるつーか、ユキチカ女バージョンだろ、この子。
「こそこそすんなーー! マコト、ミクト!」
「君さ、ユキの隣に座ってみて」
面白がるミクト。
女ユキに化けたゴーストが、言われた通りに座る。
無表情の端正な顔がふたつ並んでいるが、ひとりは首から下が女だ。
……ほほう。これは良い。映像を残しておこう。
「私たち、男ばかりのチームで戦いに明け暮れていたせいで、よく妖魔にからかわれましたよね。このパターンはなかったですけど……なくて良かったです」
隣の少女をちらと見てユキが呆れている。
我に返ったらしいトイロ。
「だっ……! 大丈夫かお前ら。ユキは男だろ! 男だからいいんだろ!」
「……今の聞きました?」
ガランにいた噂好き奥様仕草でミクトに囁いてみる。
「センシティブな発言ですね」
「違う、違う! 俺はこう……しっとりした色気漂う色っぺー女が好きなの!」
慌てるトイロが面白すぎる。
「そんなに反論しなくても」
「冗談なのにね」
「いい加減にしろ!」と、吠えているトイロの背後に、何者かが現れた。
「姉さん」という声に振り返ると、これまたレトロな着物姿の少女がいた。十代後半ぐらいか。
シルバーグレーの長い髪を頭の高い位置でまとめ、痩身ゆえか儚げな風情。大きな瞳は赤く輝いている。
「そう、こういう子! こういう感じ!」
そう言うが、無視されるトイロ。
いつの間にかユキ似美女は最初の童顔少女に戻っていた。
「天子姉さん、探したわよ」
「茘子ちゃん!」
ん? 幼く見える天子さんの方がお姉さんなの?
「まあ、座ったら」
得体が知れなくても、女子がいるのは嬉しい。
「姉さん、ここで何をしているの?」
「あたち、腹が空いてな……こやつがよく食べそうだったので、追って一緒に店に入ったのじゃ。思うた通り飯の大盛りを頼んだので、こん店の丼に憑いてな、たくさん食べさせてもらったわ。人の炊いた飯は美味かった! 焼いた肉も大いに美味かった!」
「う……いいなあ……」
美女の垂涎顔、良し。しかし、しかしだ。
茘子ちゃんという着物美女もまた、ふっさりした白っぽい尻尾がついていることに気づいてしまった。
「あの……もし良かったら妹さんも一緒に焼き肉食べません?」
としおが声をかけた。
「いいんですか? 嬉しい! いただきます!」
茘子ちゃんの顔がぱっと輝いた。遠慮のない姉妹だ。
「その代わりというわけではないですが、あなたたちのお話を聞かせていただけませんか?」
「話、ですか? わかりました。お安い御用です」
「あなたが妹さんの茘子さん、あちらがお姉さんの天子さんですね」
「そうです」
「報告書にお名前を記させていただきますね。あ、どんどん食べてください」
肉を運んできたたまり丸の尻尾が、ブワッと異様に膨らんでいる。耳も後ろに反っている。
茘子ちゃんが話し始めた。
「姉さんは元々狐で、3000年ぐらい生きているそうです。1000年以上生きた狐は霊力を得るそうで、長く生きるほど高い霊力が備わると言われています。その通り姉さんは驚くほど高い霊力の持ち主でした。
川や海にいる魚を吸い上げて遠くの場所でばら撒いたり、田んぼや畑の作物を倒して丸い模様を描いたり、雨や雷を操ったり。せっかくの霊力を役に立たないことばかりに使っていました」
ユキが肉を焼いて小皿に取り、茘子ちゃんに渡している。気の利くやつだ。
「ええと、3000年前、日本は縄文時代ということになりますな。長く生きてこられたのですね。世の中に不思議な現象は多々ありますが、その一部は天子さんの仕業だったんですね」
としおは頷きながら相槌を入れ、端末に何か入力している。
その様子を見ている天子さんが、なぜか嬉しそうだ。
「私は、元々は餓鬼でした。前世は人間だったけれど悪い事をしたらしく、餓鬼に生まれ変わったんです。餓鬼というのはどんなに食べても満足することができず、絶えず食べ物を求め苦しむ亡者です。そのため私は、いつもお腹を空かせて彷徨っていました。そんな時に……んっ……ねえはんは……んご……わらひを」
食べながら喋らない。はい、水。
皆、静かに聞いているのは、食後のシャーベットを食べているせいでもある。
天子さんが口を開いた。
「続きはあたちが話そう。家族も友人もとうに死に絶えていたので、あたちはいつも孤独じゃった。普段は山におって、使い処のない霊力を持て余しておった。楽しみはさっきの話のように万物を操る遊びや、里に下り化けて人をからかうこと、それから墓や神社の供物を食うことじゃった。
そんな所在ない繰り返しの中で、茘子に出会ったのじゃ。
茘子はか細く、おそろしく目のパッチリした奴で、餓鬼と聞いて腑に落ちた」
「なるほど、うん……はい」
としおは話を聞く時に頭を縦に振る癖がある。
「始め、あたちは、あちこちの供物を片っ端から食べ尽くした茘子に腹が立って、茘子を人の姿に変えたんじゃ。見慣れん己の姿に驚く様子を見て、笑ってやろうと思うて。じゃが、人の姿になったことに気づいた茘子はしくしく泣き出してな……嬉しい、人間だった頃に戻れたのかと。
不憫に思ったあたちは、茘子にあたちの霊力のほとんどをくれてやったんじゃ。人に化けて美味いものをたらふく食えるように。あたちはもう十分生きたから、霊力がなくなって自然に逝くのが良いと思ってな」
「姉さん! そんな風に思って霊力を分けてくれたの? 私……姉さんのこと、3000年も生きているのにどうしてこんなにポンコツなんだろうと思ってた。私に霊力を分けすぎたからなんだね。ごめんなさい。
何不自由なく暮らしていた姉さんがこんな風にお腹を空かせて、丼に化けないといけなくなってしまったなんて……申し訳ないわ」
ユキとミクトは、ふたりの話の邪魔をしないように、小皿を片付けたり追加注文したりしていた。
トイロはずっとおしぼりを弄んでいるが多分ちょっと泣いている。
「結局こうして生き永らえてしまったが、茘子のおかげで楽しく暮らせた。一緒に人に化けては里で遊んだのう。皆、良くしてくれた。特に男子は。目をつけていた男子は全員、茘子が攫って行ったが、気にはしておらんぞ。どうせあたちは、ヌシのように男子が好むような女子には化けられないからの」
俺は好きですけどね……あの太もも。
「それは姉さんが、たくさん霊力を分けてくれたからで、化け方を教えてくれたからだし……たまたまモテただけだし。そりゃ若くて綺麗なのは私の方だけど」
「いや戯言よ、いつも感謝しておる」
にっこり微笑み合うふたり。
「そっか、仲の良い姉妹なんだね」
トイロ、お前話聞いてた?!
色々あっても仲良いことに変わりはないのかもしれないが。
としおが代表で会計をしてくれると言うので先に店を出た。
いつの間にか日は落ちて街は夜の顔になっている。
通りは交通量が増して歩道を行く人の数も増えた。
天子さんと茘子ちゃんは妖狐の姿になった。
人の姿は霊力を食うだけでなく疲れるので、この姿でいるのがいいらしい。
茘子ちゃんは霊力のおかげで、餓鬼ではなくこの姿がデフォになったという。
普通の狐とは違う、明らかにこの世のものではないあやかしらしく、炎のように揺れながらかろうじてこの世に留まっている印象だ。
金色の霊気をまとった天子さん。銀色の霊気をまとった茘子ちゃん。
街灯やネオンサインに照らされているせいなのか神々しく見える。
すれ違う人たちが時々振り返ったり、手を振ったり。
「腹が満ちて気分が良いぞ」
「ええ、それに話を聞いてもらってスッキリしたわ」
「妖狐姿もいいぞ」
トイロがそう言うと、天子さんはトイロを見上げた。
「ヌシの飯、勝手に食ろうて悪かったな」
「食いっぷりに感動したよ。君とならいい飯友になれそうだ」
「メシトモとは何ぞ?」
「一緒に飯を食う友達のことだ」
トイロが笑うと天子さんが目を細めた。
「……お前が好きだぞ、トイロ」
おお?!
俺はトイロの後ろにいるので、トイロがどんな顔をしているのかわからない。
でもきっと、照れまくっている。
「あたち、やっぱり金子を払いたいんだが」
「おう」
「手を出せ」
天子さんは最初の少女に變化すると、懐から何やら取り出して、差し出された手のひらに置いた。
そしてそのまま両手でトイロの手を握った。
「トイロ。実はヌシと一緒に飯が食いたかったのじゃ。
あの建物に出入りしておったであろう。ヌシのように立派な男子は見たことがなかった。
……夢は叶った」
「よかったわね、姉さん」
「うん、そろそろいこうか」
天子さんが妖狐に戻り、茘子ちゃんと並んだ。
金と銀の、3000年の命を分かち合い寄り添う姿に、せつなさが込み上げる。
風が吹いて、ふたりは一瞬で散り散りになった。
「いくら貰ったんだ?」
しょげているトイロを励まそうと口火を切った。
「ん? ……ああ」
トイロが手のひらを開くと、100円硬貨が3枚乗っていた。
「300円?! ……木の葉じゃないだけマシか」
「ハハハ」
「一応、現代の硬貨じゃないですか」
「焼き肉一食300円て、どのぐらいの時代の貨幣価値なんでしょうね」
俺がトイロの左肩に手を乗せると、ミクトが右肩に手を乗せた。
宿舎まで夜風に当たりながら帰ろう。