ガランにて ~ゼクス・クラウド~
何重ものシールドに守られた世界。
「いつか、シールドなんかなくてもいい世界に俺が変えてやる」
ずっとそう思ってきた。なのに。
「ゼクス、最近はどうだ?」
「ぼちぼちだよ」
「何か変わったことはないか?」
「特にないけど」
「そうか」
親父が聞きたいことは何か、俺には分かっている。俺が能力者として「発現」しそうか。
ガランでは15歳になると、戦士や魔法使いといった能力者は討伐隊に入って魔物と闘い、非能力者は討伐隊の衣食住の世話をしたり子供を育てたりする、という風に役割が決まる。俺は今14で、15になるまで半年もない。
そうしたいかどうかは関係なく、そうしなければならない世界なのだ。魔物の数が人間よりも圧倒的に多く、力も魔力も強大で、非能力者は到底太刀打ちできない。
能力者と非能力者で振り分けるのは、日々魔物と闘いながら生きていくために採用されたこの世界のルールだ。
「変わったこと」とは、発現の兆しにつながるようなことだ。
発現はある日突然起こることもあれば、兆しのようなものがある場合もある。そして、完全に能力を使える状態になることを「発動」と呼び、これも単独で起こる場合がある。
兆し、発現、発動。どれも俺には起こっていない。
親父は、俺が討伐隊に入ることを願ってきた。入隊すれば生活は豊かになるし、人々から感謝され、活躍すれば名声も得られる。
だが、そうしたメリットではなく純粋に、親父は俺が討伐隊に入隊するのを楽しみにしていた。討伐隊への憧れ、それは俺も同じだった。
能力を発現するのは5人に1人、6歳から10歳頃までが最も多く、それ以降はどんどん数が減っていく。先日、13歳で発現した息子が母親と泣きながら抱き合っているのを見て、自分がその息子より年長の14歳であることを思い出し絶望した。
15を過ぎて発現しても、討伐隊の入隊式に間に合わなければ、発現した能力は下支えのために使うことを望まれる。そう考えると、もうほとんど猶予はない。
「まだ希望はある。ちょっとぐらい遅れたって俺がねじ込んでやるさ。大体、世の中に例外は付き物だ、気にするな」
親父のそんな励ましも申し訳なく思った。
討伐隊入隊に備え、家の近くにある山に登るのが日課だった。足腰を鍛えるため、整えられていない急勾配のコースを選び、山の上で瞑想をしながら未来のことを考える。
おふくろはそんな俺のために弁当をつくってくれ、親父は畑仕事を手伝わなくていいと言った。
でも15になったらすっぱり諦めて、村で働きながら畑仕事を手伝おう。
その日も、山に上ってガランの村を眺めながら、どうしたら魔物を一気にやっつけられるか、村が豊かになるかを考えていた。
「ゼクス!」
「オーリ! 登って来たのか」
「うん。これ持ってきた」
弟のオーリは背負い袋を背から下ろして、弁当を取り出した。
「僕も兄さんみたいに山登りしたいって言ったら、母さんがつくってくれたんだ」
「美味そうなパンとハムだな」
「ミルクと果物もあるよ。一緒に食べよう」
「オーリはいつの間にこんな山に登れるようになったんだ?」
「一番簡単なコースしか登れないけど」
「それでも凄いぞ」
「兄さんが頂上にいると思ったら頑張れた」
「そうか」
「うん」
オーリは7歳。いつか発現の時を迎えるのだろうか、それとも俺のように発現せず悩むのだろうか。
俺はオーリの雛鳥みたいな柔らかい髪を撫でながら、パンを持つ小さなふっくらした手を見つめた。どこにでもついてきたがる年の離れたこの弟は、俺の宝物だ。
もし俺が発現したら、弟を残して家を出なければならない。悲願だった発現も、そのことを思うと「このままでもいいか」と思ってしまう。
「僕、帰るよ」
「なんだ、もう帰るのか」
「父さんと母さんが市場に行くって言ってたから。兄さんも行く?」
「俺はもう少しここにいるよ。気をつけて下りろよ」
「わかってる!」
オーリを見送ったが心配なので途中まで一緒に下り、また頂上へ戻った。
それから半刻ほど経っただろうか。空の様子がおかしいことに気づいた。
市場のある方角から、火と黒い煙が上がっている。
嫌な予感がして急いで下山した。
麓に近づくと、村人たちが大勢走って移動しているのが見えた。
魔物の咆哮が聞こえる。
逃げる村人たちの流れに逆らって、俺は市場に向かって走った。
市場は酷い有様だった。
どの店にも人はおらず、侵入した魔物に店舗や什器を破壊されていた。
さらに奥へ進もうとしたら討伐隊に止められ、それでも無理やり突っ切ろうとしたところで気を失った。
目が覚めたのは何もかも終わった後だった。
「見るべきではないと判断したんだ。君はまだ子供だから。気絶させたのは咄嗟の判断だ」
討伐隊の青年が俺にそう言った。
「これを」
俺の手を取り、何かを乗せる。
小さな3つの箱を受け取った。親父、おふくろ、そしてオーリの骨が入っているという。
オーリと一緒に山を下りて、両親と一緒に市場に出掛けていたら? 助けられる可能性はあったのか……いや、無理だ。俺は何もできずに箱をひとつ増やしただけだろう。
俺は自分の無力感に打ちのめされるのに忙しく、涙を流すことを忘れていた。
「ゼクス」
声を掛けてきたのは村長の「ばっちゃ」だった。
子供以外は「エルダーリリー」と呼ぶ。能力者で、村では神と人を結ぶ存在だ。
未来予知を得意とし、歳は100を超えているが見た目は50ぐらい。必要があれば20ぐらいにもなれるという。
ばっちゃは俺が小さい頃からよく声を掛けてくれた。
「大きくなったな、ゼクス・クラウド」
少ししわがれた、厳しさと優しさを含む声にほっとした。
「私のところで手伝いをしてくれないか?」
「……いいよ」
「助かるな。じゃあ早速、家に戻って必要なものだけ持っておいで」
俺は急いで家に行って3つの箱を机に置くと、背負い袋に親父からもらった地図とコンパス、おふくろからもらった冒険物語の本と魔除けの指輪、オーリが自分で描いて誕生日にくれた遊戯カードを入れた。他に持っていくものは……と、台所へ行くと。
おふくろが立っていて、振り向いたように思えた。
「ご飯、もうすぐできるよ」と微笑んでいる。すると、階段からバタバタ音を立てて下りてきたオーリが「兄さん! 帰ってきたの」とはしゃいで俺にくっついてきた。俺は「うん」と返事。
今度は「ただいま」と、親父がドアを開けて入ってきて「美味そうな匂いだな」と言う。
急に喉の奥が苦しくなった。俺は泣いて泣いて、空っぽになった。
ばっちゃの家は村の中央にあり、神殿や講堂と隣接している。
ばっちゃがいるだけで敷地に結界が生まれるそうだ。これは代々村長となる者に与えられたギフトスキルのようなものらしい。
「荷物はそれだけか。お前の部屋はこっちだ」
庭を挟んだ離れに案内された。ベッドやタンス、机など必要なものはほぼ揃っていた。
本棚には欲しかった「魔法大全」もある。もし発現しなかったら無駄になるからと諦めていた本だ。
「ばっちゃは俺が来ることを予知していたのか?」
「いいや」
少し聞くのが怖かった。ばっちゃの答えを聞いて安心した。
「夕食は食べられそうかい?」
「あまり食べたくない」
「そうかい、じゃあ甘いパンを届けさせるからお腹が空いたら食べな」
「うん」
しばらくすると世話係の人が甘いパンと温かいミルクを持ってきた。
ミルクには子供用の栄養剤が入っているようだ。黄色くて甘い。すっかり大人になったつもりでいたのに、ばっちゃから見たら俺はまだ子供なんだなと思った。
パンをかじると自然に涙が出てきて、それから眠くなった。
布団に潜り込むと、毛布だと思っていたものは真っ白な毛の長い動物で、俺をしっかりと抱きしめてくれた。犬だか猫だかわからないそいつは、俺が眠るまでずっと頭や背中を撫でてくれた。




