ゴーストNo.7:四神<5>消えた庁舎
「今のうちに庁舎にシールドを!」
何が出てこようが、これだけの強力メンバーが揃っていれば怖いものはない。
魔力は十分残っているし、シールド後はバンバン魔法使えるからな。
見せ場はこれからだっての! ……ん?
ゴゴゴという地響きが聞こえる。庁舎の下から。
「何か出てきそう!」
低く飛んで地面の様子を見ていたミクトが叫んだ。
次第に音が大きくなる。
このままでは庁舎が壊れる! そう思った直後。
…………
…………えっ?
何が起こったんだ?
俺をはじめ、皆の動きが止った。
眼の前にあった庁舎がなくなってしまったのだ。一瞬にして。
「おい!!!」
トイロはそれしか言わなかった。
皆、無言だ。俺も言葉が出ない。
ゴーストによって消されてしまったのだろうか。
俺を乗せて浮かんでいるコーチャンが「コッ」とひと鳴きした。
庁舎のあった地面を見て、中心に亀裂が入っているのに気付いた。
亀裂の隙間が青白く光っている。
ずん、と地表が揺れたかと思うと大量の土が吹き上がってきた。穴が開いて円筒形の光が空に向かって伸びている。
「何だあれ……」
固唾を飲み皆が見守る中、地中から何かがせり上がるように出てきた。
白い髪の頭頂部、続いて現れたその顔には見覚えがあった。
六波羅市長だ。
「やあ!」と片手を上げている。髪と肩にちょっと土が乗っている。
大きな石がついた指輪が全部の指にある。俺より多いじゃないか。赤紫のツヤツヤしたスーツを着て、地中からの光を浴びて微笑む六波羅は、神のようにも惡魔のようにも見えた。
全身が出てくると、風もないのに白い髪が揺れている理由がわかった。六波羅は、水晶クラスターの最頂部に立っていたのだ。魔力を帯びた水晶が放つエネルギーの流れを受け、スーツの裾もはためいている。
これほど大きなものは見たことがない。高さは人の倍近くある。
長細い六角柱が何本も重なり合ってできたクラスターは、氷結魔法を使った時の霜柱のようだ。
ガランと同じであれば、中には魔法が蓄えられているのだろう。
水晶は地上から少し浮いた所で動きを止めた。
「皆さん、安心してください。市役所は別の場所に避難しました」
六波羅の言葉にギャラリーから「わあああ」と声が上がった。
俺もほっとした。よかった、本当に。
水晶が眩しくて、六波羅がどんな表情をしているのか掴めない。
何なんだ、あの人。
「し……市長おおお!」
としおが泣きながら叫んでいる。鼻水も出ているぞ。どういう感情なんだ。
冷静さを取り戻すと、色々な疑問が湧いてきた。
どうやって? どこに避難? 何でこの人こんな所に立ってるんだ?
六波羅は、俺達や近くにいた人々全員に聞こえるよう、小型の拡声器を通して話し始めた。
「私の足元にある水晶は、さっきまで市役所の地下にあったものです。この中には市民の皆さんから寄付していただいた魔法が収められています。しかし、元々は地中に眠るゴーストを封印するものでした」
は? ……じゃあ、それを動かしたらマズイんじゃないの?
「今、水晶を動かしたらマズイのではと思った方」
手を上げた。
「正解です!」
やった! じゃない……理由を話してくれ。
「まもなく封印されていたゴーストが出現しますので、色即是空および四神の皆様は準備をよろしくお願いします」
おいおいおい! 戦うのは構わないんだけどさ。
「どういうこと?」
ミクトが六波羅の眼の前まで飛んで行って、聞いた。
「まだ時間があるようなのでお話しましょう。璞市役所がここに建つ以前のはるか昔。私たちの祖先は、市民に災いをもたらすゴーストを地中深くに追い込み、埋め、上にこの巨大水晶を置くことで封印し続けてきました」
六波羅の乗った水晶がゆっくりと回転し始めた。皆が六波羅を見つめ、言葉に耳を傾けた。
「それから数百年という月日が何事もなく過ぎました。しかしゴーストが地中からのエネルギーを得て成長し、不意に封印を跳ね除けて地上に出てくる時が来るのではないかという恐れは常にあり、人々は封印を解いてゴーストを討伐する機会を伺ってきました。
力ある者、知恵のある者、技巧を操る者、強力な従者を擁する者、璞市を愛し戦う意志のある者たちの出現を待ちました」
しん、とするギャラリー。そのせいで微かな地響きが聞き取れた。
「異世界でドラゴンを倒した最強の討伐隊、色即是空に四神が加わり、これ以上の好機はないでしょう。封印を解きゴーストを倒すのは今!」
「市役所はこのために消した?」
「そうです。後で元に戻します。思い切り戦ってっください」
そう言ってニッと笑う笑顔には見覚えがあるような気がした。
後で元に戻すって……まさか、転移魔法? あれだけの規模のものを?
「後はよろしく諸君!」
六波羅を乗せた水晶がスーッと上に上がり、代わりにゴゴゴという音と共に、地中から灰色のヒトガタらしきゴーストが現れた。
薄汚れていて所々半透明、身の丈は人の4〜5倍ほどか。小さな手が2本生えているが指はない。顔の位置にある3つの黒い丸が目と口に見える。
ゆらゆらと動く度に残像が残り、形も朧気でよくあるゴーストの姿だ。おそらく變化タイプでこれがデフォルト。
「オオキイユウレイ」
「キュッタロ?」
「コォォッ」
四神にとっては珍しいようだ。
「ハニワのようですね」と、としお。
ハニワ……いい名前だ。よし。ゴースト、お前の名前はハニワだ。
トイロは聖剣を出すと、鯛焼き様に乗ってハニワの周りを一周した。
蛸様とミクト、蟹様とユキ、コーチャンと俺も同じようにぐるりと回って観察した。その間、ハニワが襲ってくる様子はなかった。
近くで見ると、全身に無数の四角い紙が貼られているのがわかった。紙に描かれた模様は、この世界の文字や記号に違いない。膨大な情報が一気に流れ込んできて鳥肌が立った。やめろ、俺は繊細なんだ。
「体についているのは御札かそれに相当するもののようですね」
「御札っていうのか。何故そんなものが……」
通話にとしおが割り込んできた。
「御札とは、神仏の加護が宿った木や紙の札のことを言います。また、そう信じる信仰のアイテムです」
ううむ。誰が貼ったか知らないが、あれだけ貼るのは大変だっただろう。
しばらく後「霊視しました」とユキ。
「どうだった?」
「あのゴースト、元々は護り神だったようです」
どういうことだ。四神と同じ護る存在だったものがなぜ。
ユキはとしおのノートパソコンに霊視結果を出力しつつ、情報を俺たちに送信してきた。
各自ゴーストの前にスクリーンを出し、ノートと同期する。
──人通りの少ない道の端に人の背丈ほどの石が置かれ、祀られている。
これが依代か。ゴーストの姿はこの依代を元にしたものなんだな。
──「いつもお護りくださいましてありがとうございます」
──ひっきりなしに人がやってきては手を合わせている。野菜や果物などの供物を置いていく者もいる。
──「今年は豊作でありますように」
──「病気の母の命をお助けください」
──「良い縁に恵まれますように」
──「夫が無事に帰って来られますように」
──様々な人々が願いを語る。
──場面が変わった。人の服装から時間の経過が感じられる。
──「ここで願いを言うと叶うんだって」
──「願い事を書いた御札をこの石に貼るともっと効果が出そうじゃない?」
──石に御札が貼られた。
──その後、貼られる御札の数はどんどん増えていった。
──「2億円当たりますように」
──「商売が上手く行きますように」
──「有名人になれますように」
──「ダイエットが成功しますように」
──御札の上に新たな御札が貼られていく。すでに石の表面は見えない。
──またしばらく時間が経過したようだ。
──「俺をフッた生意気な女に天罰を与えてください」
──「不倫がバレませんように」
──「息子を奪った嫁が出ていきますように」
──「横領した金のこと、誰にも気づかれませんように」
──幾重にも貼られた御札の厚みで最初の頃より大きく見える石。小刻みに揺れ始めた。
──「ネガイナド、キクモノカ。ニンゲンドモヲ、コマラセテヤルゾ!」
──石から靄が浮き上がり、ゴーストが現れた。
あ、ハニワが出てきた。
──ハニワは揺れながらグニャリと体をよじり、大きな鬼の首に變化。
体はなく2本の角が生えた頭部だけで、髪はざんばら。顔は赤く、見開いた目は血走って今にも飛び出しそうだ。
──空を飛び、石のあった場所を離れ、人通りの多い場所へ移動。くわっと口を開けて、人を襲っている。
──「ア、アア……」
──「やめてー!」
──「助けて!」
──「嫌――っ!」
──「アア、ア、アア……」
──倒れた女がまず、鬼の口の中に吸い込まれた。
──助けようとした男も、恐怖で動けずにいる子供も腰を抜かした老人も、すべて吸い込まれた。
──むしゃり、むしゃり、動く口。
──口の端から髪の毛や手足がはみ出ている。
──映像はそこで終了した。
四神<6>に続きます




