ゴーストNo.7:四神<2>商店街の怪異
「温泉宿に来ています。これから皆でお風呂に入るよ!」
黒髪を束ね、宿の浴衣を着た「龍子さん」がこちらに向かって手を振っている。下から「とらちゃん」左右から「玄さん」と「コーチャン」の顔が出てきて画面に収まった。
地元テレビ局と市役所広報による企画『四神のお正月休み』という番組らしい。
ミクトは花や動物の図鑑をめくり、ユキは雑誌のパズルを解き、トイロは漫画本を読み、俺はぼんやりテレビを見ている。
俺たちは宿舎のリビングに置いた「こたつ」の四方にひとりずつ入り、それぞれ好きなことをしてくつろいでいるところだった。
床には璞商店街一同から課に差し入れられた段ボールが数個。「餅」「みかん」「せんべい」などと共に「パトロールお疲れ様です」というメッセージも入っていた。
「温泉は混浴です! 今日は特別にコーチャンも入浴許可をいただきました」
ナビゲーターは稲荷さんか。混浴って何だ……男女が一緒に入浴すること、か。ふうん。
「落花生」を剥く手に思わず力が入った。
龍子さん、とらちゃんが玄さん、コーチャンと一緒にお風呂……龍子さんは蛸だから茹だってしまわないのか? とらちゃんは鯛焼きだからふやけてしまわないのか? 玄さんも蟹だから茹で蟹に……いやいや、ヒトガタだから大丈夫……だけどその場合……」
大袋に入った落花生を次々と剥いて小皿に溜める俺。妄想に気を取られていると、大きな手が地道な労働の成果を掻っ攫った。
「おいっ!」
「俺のために剥いてくれたんじゃないの?」
冗談なのか本気なのか。トイロは俺の初めての弟分なので甘やかしてしまったところがある。よく食べるのが爽快で、もらった食べ物は必ずトイロに多く分け与えた……って、俺、トイロのこと大型犬か何かと勘違いしていないか?
俺は「干し芋」をトイロの前に突き出した。疑問を持たずパクっと齧り付いたトイロ。止めろ俺。「もうないの?」と言われても我慢するんだ。
そんな時。
「皆さん、お休みのところすみません。出動です!」
としおの一声で俺たちの休日は終わった。
場所は璞商店街。事案は「きのこ」の大量発生。
現場に到着し、辺りを見回すと茶色い傘に薄茶の軸がついている「きのこ」が大小、あちこちから生えている状態だった。大きなものは人の背ほどもある。歩道、建物の壁、電柱、テーブルや看板、商品の並んだ什器、そして商品にも。
「まったくどういうことなんだ! 千切ってもすぐにまた生えてきやがる。これじゃあ売り物にならねえよ」
靴屋の主人が店頭に置いてある、きのこだらけになった皮の靴を持ち上げて文句を言っている。
生えたきのこをハサミで切ったり叩きつけたりして取り除こうとしている人たち、諦めて眺めているだけの人たち。あちらでもこちらでも、きのこの大発生に困っているようだ。
としおが拡声器を持って人々に呼びかけた。
「色即是空が到着しました! 今からゴーストを退治しますので商店街は封鎖します。危険ですので皆様すぐに避難してください。ご協力をお願いします」
きのこを辿って姿を消していたユキが戻ってきた。
「何かわかった?」
「これは『椎茸』というきのこで、この状況は璞自然公園『どんぐり広場』から始まっており、市役所近くまで続いているようです。」
「お前、シイタケっていうのか。なんでこうなっちまったんだろう」
トイロがしゃがんで、歩道に生えたシイタケをつまみながら言った。
シイタケの代わりにユキが答えた。
「四神によって抑えられていた地中のエネルギーが解放され、シイタケを依り代にゴーストと結びついたのだと思います。通常の大きさを遥かに超えた巨大化は、ゴーストが関係していることが多いです」
「四神が戻ってきたら消えるんじゃない?」とミクト。
「一度起きてしまった現象をなかったことにはできません。祓うしかないでしょう」
ユキは静かに言うと、白い手袋をはめた。戦闘準備だ。
「これぐらいのアクシデントは俺たちで対処して、四神にはゆっくりしてきてもらおう」
「そうだね。……これ食べられそうじゃない?」
ミクトが小ぶりのシイタケを手に取り、匂いを嗅ぐ。
「ゴースト憑きでなければ食べられますよ、化身さん。今の季節なら鍋に入れるのがいいでしょう」
としおが最後に残った高齢の店主を出口に案内し、戻ってきたようだ。
ゴーストが憑いていても食べられると思うぞ。
「さあて、いい運動になりそうだな! こいつらをぶった斬ればいいんだな?」
トイロが嬉しそうに、としおに聞く。
「はい、獅崎さん。斬りながら祓うのが有効と思います。敵が多く分散しているため、いつものようにドーム内で戦えません。また、商店街ですし攻撃魔法は使わないほうがいいでしょう。通常モードで対処してください」
「十分だ! さっさと終わらせようぜ!」
トイロはスーツの上着を脱ぐと、少し先の壁からにょっきり生えているシイタケに向かって投げた。狙い通りシイタケの上に落下、シイタケはトイロの上着を引っ掛けて上下に揺れている。うおおお! カッコいい。俺も真似したかったが、失敗してトイロに笑われる未来がチラ見えしたので、社員証を首から外しその辺から突き出ているシイタケにそっと掛けた。
ユキがステッキを取り出した。
「斬り祓いができる聖剣はSモードでしか出ませんから、魔法で通常剣に祓い効果を付与します」
「頼むぜ、ユキ」
「僕のも!」
トイロはロングソード、ミクトは短剣、ユキはレイピア、俺はマジックソード。それぞれ出現させると、ユキが魔法をかけた。剣はどれも光の粒を纏い輝いた。
「100体ぐらい連続して祓えると思います。効果が切れたらかけ直します」
「私もハサミと聖水スプレーで戦います!」
としおは背中に樹脂のタンクを背負っている。中に聖水が入っていて、繋がった管を持って散布できる仕組みのようだ。
「防御魔法もかけておきましょう。あまり強くはないですが。阿羅漢部長も」
「慈眼さん、助かります」
最初に、地面に生えた巨大シイタケを斜めに斬った。抵抗なくスッと刃が通る。刃が触れた部分から組織が分解するように崩れ、消えた。
続けてまたひとつ、ふたつと斬っていく。この分なら割と早く片付くかもしれない。
だが、十も斬った頃、様子が変わった。
シイタケの傘の内側ヒダから何かが出てきた。金属球に鋭いトゲがたくさん生えたような形状をしている。大きさは指先ぐらいのものから「みかん」ぐらいまで。
「ウニみたいなのが出てきましたね」
としおも気づいたようだ。
「痛っ!」
“ウニ”は次第に数を増やし、いつの間にか近くまで漂ってきていたらしい。トゲが刺さった手の甲に血が滲んでいた。
「防御状態でこれか」
ひとつふたつなら我慢できないほどではないが、全身をやられたらキツイな。
そう考えている間にも、ウニはさらに数を増していた。
「痛い痛い! やめてよもう」
「うっ……」
ヤバいぜ、これは。
「コンナロ!……イテッ!」
剣でウニを攻撃したトイロが別のウニに反撃された。
「やめろ! チクチク痛てーんだよ!」
なお攻撃を続けるトイロに向かって、無数のウニが飛んでいく。
俺はトイロの周りにシールドを出した。
跳ね返るウニの群れに既視感。ポップコーンだ。
「いちいちシールド使うなって。それよりマコト、一気に片付けてくれ」
振り返ったトイロ、額にウニが突き刺さっているぞ。
任せろ!
「としお課長! 一気にやらないとこっちがやられそうだ。攻撃魔法の許可を」
「わかりました星月夜さん! 攻撃魔法、使ってください。後の責任は取ります」
火魔法はマズイだろうし、水魔法も後が大変だろう。
雷魔法だ!
杖を出し、雷魔法を詠唱する。
「来たれ雷神、我らの地を埋め尽くそうとするこの邪悪な存在に天誅を! サンダーライッ!」
杖の先から光が放射状に広がり、筒状に続く商店街全体に行き渡ると雷が発生、バチバチと音を立てた。
「ヒュー! すげえ音」
トイロの顔が照らされ、額のウニが輝いている。
シイタケを見ると…………どうしたことだ! 増えているじゃないか。サイズも大きくなっている。通路や壁からモコモコと新たなシイタケが顔を出し、さらに増えようとしている。俺の足元にもひときわ大きなやつが生えて伸び、見る見る俺と変わらない高さになった。
「すみません星月夜さん! シイタケは雷で増えるということを忘れていました」
としおが青くなって叫んだ。
何いいい?
「シイタケは落雷の後によく生えると言われていて、実際、人為的に電気的な刺激を与えても発生が促進されることがわかっています」
はあああ?
「その辺をやたら叩いたりしないでくださいね。シイタケが生えている木を叩いても増えるようなので。つまり刺激を与えると」
そう言うと、としおはうずくまった。シイタケを踏んだせいでウニからの攻撃を受けたのだ。
「痛たたた……あっ、大丈夫です、おかまいなく」
としおにシールドをかけるの忘れていた。4人体勢が常だったから。
後で回復魔法もかけてあげよう。
「大丈夫でしょうか?」と、ユキがとしおを心配する。
「少しやられると、本気出るんです」
としお、シイタケか。
斬り祓いも限界のようだ。雷魔法がダメだとすると。火は危ないし水も……。
考えていると、としおが駆け寄ってきた。何か閃いたようだ。先程とは顔つきが違う。
「化身さんのアレで! アレを呼び出します」
「召喚魔法のこと?」
ミクトが通訳する。
「そうです、呼び出すのはナメクジみたいなアレです」
「グヮリロ?」
「そう! それです。理由は……」
「わかりました! グヮリロも喜びます」
「四神3」に続きます




