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ゴーストNo.6:引きこもり

♪デルデルッ ♪デルデルッ

“年末ゴーストパトロール”の最中にとしおの「スマホ」が鳴った。

 

 車を道路の端に止め「ええ、ええ」と話を聞くとしお。

 話し終えると「狸ヶ丘三丁目のアパートにゴーストがいるそうです。詳しいことは着いてから伺いましょう」と、バックミラー越しに俺たちを見て、再びハンドルを握り目的地に向かった。

 

 目的地はここから遠くない場所にあるようだ。車の案内システムを覗くと到着地が「エクセレント・レッド・パレス狸ヶ丘」となっている。自動翻訳にイメージをプラスして解説を求めたところ、赤い宮殿内で狸が踊っている画像が表示され、俺は大いに期待した。

 

「宮殿だってよ! 王様が住んでいるところだ」トイロも興奮していた。

「狸もいるの?」ミクトも食いつく。


「エクセレント・レッド・パレスというのは建物につけられた名前で、狸ヶ丘は地名ですね」

 ユキの説明に、宮殿に住んでいる狸がヒトガタに色っぽく化けて俺たちを誘惑する……という俺の期待は急速にしぼんだ。盛り上がって「狸でもいいのか」とツッコまれるところまで想像したのに。

 

「着きましたよ」

 としおの声に前方を見た。こじんまりした古い建物があった。同じデザインのドアが上下4つずつ。

 屋根の赤っぽいところが、かろうじて名前の由来を感じさせる。


 待機していたらしい薄い白髪頭の男性が「どうも」と言いながら歩いてきた。顔は皺が多く、痩せているが健康そうだ。

 

「お電話いただきました、でるでる課の阿羅漢です」

「色即是空です」


「管理人の芦田です。早いご到着でびっくりしました。皆さんエクセレント・レッド・パレスという名前に拍子抜けされたんじゃないでしょうか。マンションやアパートに大げさな名前をつけるのはこの世界ではよくあることなんですよ」

 ふんふんと話を聞く俺たち。としおは「ありますねえ」と笑っている。


「さて、ご相談の件ですが、ゴーストがいるというのはどちらでしょう?」

「4号室の奥の部屋です」

 芦田さんが建物の一番右端のドアを指差した。


「こちらです」

 としおと芦田さんに続いてドアから入り、靴を脱いで室内に入った。ゴーストは一番奥の部屋にいるらしい。

 メインの部屋と廊下で隔てられた、該当の部屋の前まで来ると、芦田さんは事情を話し始めた。

 

「この部屋のドアは随分前から開きません。ドアを付け替えようとして業者に頼んだこともありますが、誰もいないはずなのに物音がしたと怖がられてしまい、そのままになっています。

 インターネットでヤバい物件リストに載ってからは入居する人はいませんし、現在居る住人からもゴーストを祓わなければ退去すると言われて困っています。この古アパートの家賃収入で、離婚して実家に戻ってきた娘と孫を支えていかねばならんというのに」


「それは大変ですね、霊視をしてみましょう。芦田さん、椅子を用意していただけますか?」


 としおは芦田さんが持ってきた椅子を開かずの部屋のドア前に置くと、ノートパソコンを鞄から出して乗せた。


「慈眼さん、お願いします」

「はい」

 

  パソコンの画面に4号室の内部が映し出された。雑然とした部屋だが特に珍しい点はない。家具はタンス、ベッド、机」

 

「誰かいるぞ!」とトイロ。

「ホントだ」とミクト。

 よく見えるな。どこよ?


「動いた! 座ったぞ。机の前の椅子に」

 確かに。どんな容貌なんだろうと目を凝らしてみたが、絶えず輪郭が揺れて年齢も性別もわからなかった。

 

 そのまま何事も変化なく、霊視は終了した。

 

 としおは芦田さんに質問をしながら書類に何やら書き込んでいた。

 

「ええと、最初にドアが開かなくなったのが……」

「5年ぐらい前です」

 

「中は6畳ぐらいでしょうか」

「そうですね。昔の造りなので今の7畳ぐらいの広さがあります」

「以前住んでいた方の部屋ですか?」

「わかりませんねえ……部屋には入ったことがないですから。でも、現在その部屋に家具はないはずです。退去時に確認しているので」

 

「ううむ」と答えに窮するとしお。

「部屋はゴーストの思念です。ゴーストが消えれば家具も消えます」とユキが答えた。


「さて、祓いですが。祓うために、ゴーストにこの部屋から出てきてもらう必要があります」

 俺が言うと、としおが困った顔をした。

「どうしましょうか……ドアは開かないですし」

 

「ドナタか、いい方法をゴゾンジですか?」

 最近使えるようになった「敬語」を交えて聞いてみた。ゴゾンジの語感が気に入っている。もっと言いたい。

「ゴゾンジない……皆で方法を考えましょう」

 

「自分の部屋にこもって出てこないとは、よく聞くアレですね」と、芦屋さん。

「引きこもり、ですね」と、としお。

 

「それなら。出てこさせる方法を知っています」

「本当ですか。一体どんな方法でしょう」


 芦田さんが、知っているというその方法を話してくれた。


「まずは呼びかけです。出てきなさいと何回も言います。食料品などの差し入れも必要です。相手の要求を聞いて否定しない。そうやってじわじわ油断させて隙をつくのです」

 

「この場合どういう言葉で呼びかけたらいいんでしょうね」

 としおはメモを取りながら話を聞いている。


「出てくるように強い調子で言っても反発するだけなので、優しく言うことですね。ほら、今どきは気持ちを大切にとか、寄り添いとか言うでしょう。孫の躾について私が娘にしっかり叱れとたしなめたら、今はそういう時代じゃないと返されました。心が開いていないとこちらの言い分は届かないと。確かにそうだと思いました」


「優しく呼びかけることが有効なのですね」

「そう思いますね。だからでしょうか、呼びかけは母親の説得が一番効くようです」

 

「母親ですか……ゴーストの母親を特定するのは難しいのでは?」

「そうですね、実の母親が無理でも母の心で接するのはどうでしょう」

 としおは目をつむり「母の心」とつぶやくと「いいんじゃないでしょうか」と頷いた。

 

 大体の手順が決まり、俺たちは指示通り行動することになった。


「マコトがお母さん」

 ミクトがプッと吹き出しながら言った。

 

「なんでマコト?」

 トイロが聞くと、としおが「先日の舞台で、星月夜さんの演技が良かったもので」と答えた。

 そうか、立派に母親を演じるぞ。

 

 女性になりきるためと、芦田さんが持ってきた娘さんの「スカート」を穿いて頭に「スカーフ」をつけた。としおの指導で内股に立ち、胸の前で手を組んだ。


 コンコン、とドアを叩く。

「ねえ? ずっと部屋にこもっていては体に悪いわよ。そろそろ出ていらっしゃい。お天気もいいし」


「アドリブ上手いですね」と、芦田さんが褒めてくれた。

 ニヤニヤしているトイロとミクト。ユキも少し口角が上がっている。


 お盆に乗った「まんじゅう」とお茶を渡されたので

「ほらあ、美味しいお菓子があるわよ? 一緒に食べましょう、ね?」と言ってみた。

 仕草まで優しいお母さんになりきって振り返ると、ミクトが「くっ」と笑いをこぼした。


「出てきてくれないなんて、淋しいわ。そのままずっとそこにいるつもりなの? イヤよお」

 俺の中にある少ない母のサンプルを目一杯引っ張り出したが、少し無理があった。

 ブフッ、とトイロが吹き、ミクトは肩を震わせている。


 そこへ突如、芦田さんが「降参して出てくるんだ。お母さんは泣いているぞ」とドアに向かって叫んだ。

 俺は泣いているわけなのか、よし。


「そうよお……グスッ……お母さんは悲しいわ。出てきてちょうだい。これ以上泣かせないでっ」

 感情を込めて熱演したのに、みんな下を向いてお腹を押さえたり頭を抱えたり。としおはメガネをずらして涙を拭いていた。芦田さんだけが真面目な顔で立っていた。


 もう一押しと思い「お腹が空いてないなら、お母さんと踊らない?」と、スカートの両端をつまんで軽く踊ってみた。

 ドッと笑い声。

「ダメだ……もう我慢できないよ」とミクト。

「マコト、スカートで踊るな。俺の腹筋が壊れる」とトイロ。

「マコトさん、その動きは卑怯です」とユキ。

 としおは「ハッハッハ」とはじけるように笑っていた。

 

 すると……

 かすかにガチャと音がしてドアが少し動いた。

 

「今の、見た?」

「ゴーストが出てこようとしていますね」

 ユキも気づいたようだ。


「皆さん、今です! 強行突破です」

 芦田さんが叫びながらドアに近づいた途端、バタンという音がしてドアはピッタリ閉じてしまった。


「何で! しまった……まだ早かったか。うっかり強い調子で言ってしまったのがいけなかったのか」

 芦田さんは悔しそうに言うと、肩を落とした。


「さっきのように、楽しそうにしていれば気になって出てきてくれるでしょう。神話にもあります。その昔、太陽神がお隠れになって世界が闇に包まれた時、面白い踊りを披露した神様のお陰で解決したという話が」

 としおの説明に芦田さんが「天岩戸ですね」と頷いた。

 

「はい。ゴーストはアマテラスオオミカミですね」

「先程の星月夜さんがアマノウズメ役だったわけですね」

 

 よくわからないが、楽しそうにすればゴーストが出てくるというのは面白いな。


「踊るのだったら音楽があった方がいいでしょう」

 俺がそう言うと、芦田さんは「すぐに用意します」と敷地内にある自宅へ行き、何やら色々抱えて戻ってきた。


「孫が使っていた楽器です。お好きなのを選んでください」

 

 この「リコーダー」という笛は、なんとなくユキが吹けそうな気がする。

「どう?」

 ポー、パポッ。おお! 音が出た。じゃあそれはユキで。


「僕はこれ」

 ミクトはシャカシャカ、何か振っている。リズムを刻むのに良さそうだ。

 トイロは三角形の金属の紐の部分を持つと金属の棒で叩いた。チーン……いい音だ。

 としおは「鍵盤ハーモニカ」という、ちょっと複雑な楽器の担当になった。

 

「俺は踊りに専念させてもらうぜ」と言っているのに、芦田さんが「踊りながら楽器を使うとカッコいいですよ」と言うのでその気になった。

 周りに金属のパーツがついている皮を張った丸い楽器、これを叩いたり振ったりしながら情熱的に踊ると観客は熱狂するらしい。

 自動翻訳から「薔薇を咥えている人もいます」という情報が追加されたので、何か咥えようと思い、蛇型の笛を手に取った。息を吹き込むと「ピュリュー」と音がして蛇が伸び縮みする。これでいいか。


「では私も」

 芦田さんが金属の弦を張った大きな楽器を持ってきた。こちらではギターというらしい。

「歌いながら演奏します。今どきの歌ではないですがね」


 なかなか達者な前奏だ。としおも上手く合わせている。感心して見ていると「昔ピアノを習っていたんですよ」と照れていた。

 芦田さんが歌い始めると、アパートの廊下がコンサート会場になった。

 

 君の髪に花を飾ろう素敵な花を

 街は風に吹かれているのだろう

 友よ仲間よ語り合おう朝まで


 熱心に聴いているトイロ。時々「チーン」と合いの手を入れる。

 ユキの笛が「ボー、プロピッ」と、メロディをやや前衛的にキメると、ミクトの激しいシャカシャカ振りでボルテージが上がった。


 よっ、はっ。俺の独創的な踊りを見ろ。だが、誰も目を合わせない。明らかに避けている。仕方がないので各人の周りを踊りながら回った。顔を覗き込むと音が一層乱れるようだ。

 

「きみのかみいはらをかざおうすれきらならを」

 トイロが歌い出した。

「まちはかれいうかえていうのらろお」

 ユキの笛が「ピョーーーー」と暴走し、ミクトが手からシャカシャカを落とした。としおはまた涙を拭いている。

 

 芦田さんは動じず、演奏を続けている。

 俺は踊りながら丸い楽器を振り「ピュリュー」と蛇笛で応援すると、伸びた蛇の頭がとしおの額に当たった。

 としおがまた「ハッハッハ」と笑い始めると、ドアがほんの少しだけ開いた。

 俺は気づかないふりで優雅に踊り狂い、笛を鳴らし続けた。


 ドアがまた少し開いた瞬間ユキが呪文を唱え、トイロが床に滑り込むように移動して実体化したゴーストの足首を掴んだ。


 引きずり出されたゴーストは膝から上がはっきり視えなかった。足も透き通り始めている。ゴーストは顔から消えていくので、放っておいても時間が経てば消滅しただろう。だけどそれは数年後なのか数十年後なのかわからない。


 ユキが祓いを行うと、ゴーストはすぐに消えた。


 芦田さんは部屋の中に入り、窓を開け放つと空を見ながら言った。

「あのゴーストは、古い友人かもしれません。音楽の好きな奴だった。口下手で集まりにはあまり出てこなかった。ギターは私よりも上手くてね」


 芦田さんの後ろ姿に、一瞬だけ若い男の姿が被った。

 細身ながら筋肉のある背中、肩、腕。振り返った顔には皺がなく、タバコを咥えている。黒く長い髪が「闘争」と書かれた布でまとめられていた。

 

「顔があれば懐かしい話などもできたのに」


 若い頃もきっとこんな風に笑ったのだろう。

 

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