ゴーストNo.5-2:悪役令嬢マリンベル 〜原作者の破滅フラグをもぶっ潰しますわ!〜
マリンベルが来てから3週間ほど経った。
舞台劇「断罪された悪役令嬢ですが華麗に破滅回避いたしますわ!」は、今日、璞市民ホールで上演される。
登場人物はマリンベルと俺たち4人だ。
ホールの席はほぼ埋まってきた。としお課長の手配と、六波羅市長の宣伝のおかげだ。
原作者である小説家の「夢見」さんも見に来てくれているという。
市長のあいさつ、としおの上演説明が終わったら、いよいよ開幕だ。
仕事の合間にセリフや立ち位置、動作などを覚えた。ほぼマリンベルの一人舞台のようなものなので、俺たちは気が楽だ。
配役に合わせた布の衣装は、広報の稲荷さんが用意してくれた。どこで買ったの? と聞いたら「ドンギ」と「通販」だと言う。舞台裏で着付けも手伝ってくれた。
俺とトイロは、王子様らしい白に金の装飾がきらびやかな衣装だ。遠目からも分かりやすいようにズボンの色を俺が青、トイロが赤と変えてある。キラキラした飾りをあちこちにつけ、偽の剣を腰に差して出来上がり。
ミクトとユキは「スカート」だ。ふたりともよく似合っているぞ。
ミクトの服はシーンに合わせて3種類ある。町娘風、学園の制服、舞踏会用ドレス。「どれも似合いますぅ」と喜ぶ稲荷さん。
ユキは飾り気のない黒のドレスに白いエプロン、白い襟と袖口を付けている。似合うを超えてメイド長イヴそのものだろ。
稲荷さんに「少し塗っておきましょう。ライトに映えるので」と、粉を顔につけられた。互いの顔を見てシシシと笑う。
どんどんその気になってきた。俺、本当に王子なんじゃないか?
としおが舞台袖に引っ込むと同時に幕が上がり観客席が見えた。大勢の人。拍手が沸き起こり、初めて緊張を感じた。
何これ……気持ちいい!
「璞市役所『でるでる課』に勤務しておりますチーム色即是空の星月夜です。今日は皆様、マリンベルと俺たちの舞台劇にお越しいただきありがとうございます。市役所の仕事をしながら合間に練習してまいりました。素人ではございますが一所懸命演じさせていただきますので、どうぞ最後まで見てください」
さらに拍手。うん、気持ちいいな。日本語がこなれてきたせいか通じ合えている気がする。
ひとりずつ進み出て名前と配役を言う。
星月夜即真、第一王子で皇太子の「シャルル」です。
獅崎十色、第二王子「デイヴィッド」です。
化身美空斗、男爵令嬢「ジュリー」です。
慈眼是親、メイド長「イヴ」です。
最後に主役のマリンベルが天井からゆっくり下りてきた。ゆらめき輝く青いドレスを押さえながら着地する様子は見応え十分だ。さすがゴースト。おお! という感嘆の声が上がった。どんな仕掛けなんだろうって? 仕掛けなどない。扇をサッと広げて「わたくし、悪役令嬢のマリンベル・キューティー・ロックですわ!」と通る声言うと、一層の拍手が沸き起こった。
マリンベルはドレスの両端をつまんで軽く膝を折ってみせ、俺たちは客席に向かって頭を深く下げた。
舞台劇はほとんどミスなく順調に進んだ。マリンベルの悲劇的エピソードが続き、婚約破棄の断罪イベント終了後、遂には死に至ったところで、ナレーションが入った。
ーーこうして非業の死を遂げたマリンベルだったが、前世の記憶を残したまま生まれ変わった。
今こそ復讐の時! 今生では一方的にやられてなるものか。前世と同じ恵まれた知能と美貌と体力に、努力と根性をプラスして、破滅に向かうフラグを回避することを誓う。
マリンベルは幼少の頃から走り込みを始め、何でも食べて頑丈な肉体づくりを目指した。幽閉されても脱出できるよう筋力をつけ維持した。
勉学では両親に押し付けられた数カ国語習得の傍ら、異国の武器の扱いを学んだ。また、身を守るために毒草やトラップの研究もし、万一に備えた。
人間関係では、早い時期から力ある者と協力関係を結び、友人らを味方につけた。嫌がらせや陰謀は、男女構わず主に腕力でねじ伏せた。家では、愚かさを可愛いとする両親好みの性格を演出して虐待を免れた。
このようにしてマリンベルは真に生まれ変わったのである!
ナレーションが終わると舞台ではマリンベルの新たな人生が始まり、二度目の断罪イベントシーンを迎えた。
「おほほほ! 婚約破棄でしたら、すでにわたくしが先に申し入れさせていただきましたわ! 先日両親が陛下の元へお願いに上がりました。色々とご存知のようでしたわ。ジュリー嬢とのことなども」
「策士め! 俺を陥れるつもりか」
「いいえ、あなたが迂闊なだけでしてよ」
俺ことシャルルは「ぐぬぬ」「うぐう」などと言いながら、最初は「このゴリラ女」だの「性悪」だの「惡魔」だのほざくのだが、徐々に元気を失い「やり直したい」「実は騙されていた」などと言い出す情けない役だ。俺はそれを存分に演じた。
最悪な役どころなのになぜか気持ちいい。観客の憐れむ目がたまらんね。
ジュリー役のミクトもやり込められる。
「あなたたち、責任を押し付け合っていないで庇い合ったらどうなの? ジュリーさん、あなたのおっしゃっていた永の愛とは、シャルル様が皇太子でなくなった途端、冷めてしまうようなものなのですね」
「僕だって騙されていたんです! 仕方のないことだったんです!」
「そうかしら? せめて心根が美しければ回避できたのではなくて? 罪は償わないと。あなたも新天地でやり直しなさい。北のとびきり寒い土地へ送って差し上げるわ」
「マリンベル様あ! どうか御慈悲を!」
ミクトならどこへ行ったって不自由なく暮らせるだろうと思ってしまうので、イマイチ酷い仕打ちには思えない。
「そんなあ! 寒いの嫌だあ、嫌だあ、だあ……」
ミクトの叫びがこだまし、舞台は暗転。しばらくはマリンベルのモノローグが続く予定だ。
俺は床に伏したまま、マリンベルと過ごした3週間を思い出していた。
ゴーストのくせにプライバシーとか言ってミクトの部屋を乗っ取った。
「わたくしのためにあるようなお部屋」と喜んでいたな。ミクトは二階のリビングで寝起きすることになったけど。
なのに、ゴーストのくせに独りは淋しいとも言ってた。
俺たちが集まるといつの間にか側にいて、話の内容が分からないくせに聞いて頷いたりした。買物にもついてきたし、食事の時も空いた椅子にちょこんと座って一緒に食べていたな。おかずをひとつふたつ、つまむ程度だったけど。米の焼き菓子は好きだったな。あと、日本のお茶も。
市役所から帰ると、ずっと待っていたくせに「たまたま玄関を通っただけですわ」なんて言う。
ゲームは「チェス」が得意だったな。何度彼女の「チェックメイト」を聞いたことか。
俺は君を裏切った婚約者だろう? と聞くと「そうなんですけど」と複雑な顔をした。「だってマコトは全然嫌なヤツじゃなかったんですもの」なんて言う。
トイロとは、格闘技のことばかり話していた。新しく婚姻を結ぼうとするふたりが手を握り合ってうっとりするシーンなのに「こう捻るとダメージを与えられる」だの「相手の体重を利用して反撃」だの「一撃必中」「必殺」などの言葉が飛び交う物騒なシーンに変わっていた。
ユキはメイド長に徹していたので、マリンベルが調子を合わせていた。
「イヴ、今日の毒入り茶は何?」
「こちらでございます。レモンを入れてみてください」
「まあ! 青から紫に変わったわ! なんて素敵な毒」
マリンベルはお茶を飲んでバタリと倒れ込んで見せ「転生後の人生をやり直す際に、真っ先にあなたを首にするのだけど、懐柔するのもいいわね」と悩んでいた。
うっかり風呂場の扉を開けて、あられもないミクトの姿に遭遇しギョッとしていたこともあったな。
「ジュリー! あなたって!」
「そうなのです。だから僕、なのです。おわかりいただけたでしょうか? マリンベル様」
この咄嗟のセリフ、側で聞いていて吹いてしまった。
「ああ、何ということ! 恋敵が男性だったなんて!」とマリンベルは嘆いていた。マジで知らなかったのかどうかは分からない。
ここでユキが「台本に入れましょう」と言い出したんだっけ。
このシーンはウケていたな。原作者の夢見さんが、舞台用にセリフを書いてくれたおかげでもあるが。
まあ、あれだ。マリンベルはゴーストのくせに可愛くて、一緒に過ごすうちに妹分みたいに思えてきたんだ。これは別れが辛くなるぞと予感した。
断罪イベントの後は、第二王子デイヴィッドの生い立ちと幼少期のふたりの馴れ初め話を経て、デイヴィッドがマリンベルを慰めることで恋愛モードになっていくという筋書きだ。
練習の時から最後までぎこちなかったトイロのプロポーズシーン、あれはあれで第二王子の誠実さが表れていて良かったのではと思う。
劇は無事終了し、たくさんの拍手と花やお菓子をもらった。
市長やとしお、稲荷さんら職員たちからも褒められた。
着替えと休憩のため4人で舞台裏に引っ込んでいるところに、女性ひとりと男性ひとりが訪ねてきた。女性の方は原作者の夢見さんだ。
「皆さん、とても良かったです!」
夢見さんは目尻を下げてほわっと笑った。短い黒髪に赤い眼鏡が似合っている。
会うのは2回目で、前回は舞台化の話をするために、としおと皆で夢見さんの家の近所まで行った。このふわふわした優しげな人が、あの強烈なキャラクターをつくったのかと思うと興味深かった。
「原作が良かったからですよ」
照れもあるが本音だ。
「いえいえ、チーム色即是空の皆さんとあのマリンベルがいてこその笑いと感動でした!」
「ありがとうございます」
俺たちも頑張ったが、マリンベルは凄かったな……あれ? どこへ行ったんだろう」
一緒にいる男性に話を振ってみると、漫画家だと言う。名刺をくれた。
「もぐ造さんとおっしゃるのですね」
「はい、変な名前ですみません」
名前とは印象の違う、目鼻立ちがはっきりして指などゴツゴツした男っぽい人だ。
「先生の知り合い、というところです。オマケでついてきました。色即是空の皆さんとお会いできるなんて……素晴らしい舞台で感激しました」
仕事よりも楽しいことをして、仕事よりも褒められるっていいなあ。これなら毎日舞台に立ってもいい。
ユキとミクトが椅子を持ってきてふたりに勧めた。トイロは飲み物を買いに行った。
しばらく舞台での「あのシーンが良かった」「あのセリフが」「動きが」など、雑談で盛り上がった。
話は一段落。もぐ造さんが夢見さんに「すごく良かったよ。やっぱり君の原作は面白い」と話し掛けている。
それに対し「そんな今更褒められても」と苦笑いの夢見さん。もぐ造さんは「ごめん」と謝っている。
何だか妙な雰囲気だ。
夢見さんは「マリンベル役の方、私が小説で書いたマリンベルそのものです」と言い、俺に「あの方は何者なんでしょうか?」と聞いてきた。
「マリンベルはゴーストです」
ためらいなく俺は言った。
人だと思っていた存在がゴーストだと判ると、がっかりしてしまうものなのだ。でも、隠しておいても仕方がない。それに、ゴーストだってマリンベルであることに変わりはない。
「ゴースト?」「え、ゴーストって」
夢見さん、もぐ造さんが驚いた。
「あんなにはっきり視えたのに」
「はっきり視えるゴーストはいっぱいいます」
「今、どこに?」
「さあ。いい舞台を皆さんに届けられて満足して消えたのかもしれません」
わざとそっけなく言い放った。感傷は後でゆっくり皆と分かち合うつもりだ。
「そんな……感想とお礼を言いたかったのに」
皆でがっくりしているところへ「あのう」と言いながら誰か入ってきた。
見ると痩せた中年の男性が大きな鞄を持ち、メガネの奥で目をぱちぱちさせている。
「樽子ブックスの鏡さん! どうしてここに」
「お久しぶりですね」
ふたりの知り合いのようだ。
「テレビを見ていて偶然知りました。そりゃあ観に来ますよ! なんたって夢見さんの代表作なんですから。それでですね、今日の舞台がとても良かったんで……台本も夢見さんが書かれたのですよね? この線でコミカライズの件、再検討しませんか?」
興奮気味に話す鏡さん。
自動翻訳によると、コミカライズとは……小説などの作品を漫画化すること、か。
「いえ、そのお話はもう終わったことですから」と夢見さん。
もぐ造さんは黙っている。
そこへ「ちょっとお待ちになって!」とマリンベルが入ってきた。
そこにいた誰もがマリンベルに注目した。
「わたくし、皆様にお礼を言って消えるつもりだったんです。わたくしのために舞台を用意して一緒に演じてくださった色即是空の皆様と、私を生み出してくださったお二人に」
「お二人って……原作者は夢見さんだけでは」
「違うの!」
マリンベルは力強く言うと、ユキの前に移動して見上げた。
「今からわたくしを霊視してくださいませ! そうすればわたくしの正体がわかるはずです。今まで霊視できないようにガードしていましたが、今は解除していますわ」




