休日2 〜ドラゴン・遊園地・銭湯〜
ミクトはガランで、ドラゴンを卵から育てたことがある。
ドラゴンはガランとは違う世界の生き物で、竜族専用のドラゴン・ロードを通ってガランにやって来る。ガランに卵だけがあったのは謎だが、おそらくテイマーに召喚されたドラゴンが産み落としていったものだろう。
ドラゴンの名前は「チィド」。
卵から出てきた時に、小さくてもちゃんとドラゴンだったことに感動したミクトが「ちいドラ」と呼んだことが元になっている。「チィド」以外にも「チィ」「チィドラ」「チィチィ」などと、俺たちは色々な呼び方で呼んでいた。
チィドはミクトについてまわり、姿が見えなくなると「アーッ!」と叫びながら探し回るぐらい懐いていた。あっという間に大きくなって一旦は仲間の元へ行ったが、時々戻ってきてはミクトと過ごしているようだ。
チィドにとってミクトは特別な存在。ミクトにとっても同じだ。親であり友人であり恋人のようでもあるのかもしれない。ひとりと一頭の仲睦まじい様子に、俺たちは種を超えた深い絆を感じたものだ。
だが。
「だからと言って俺の唐揚げを全部食っていいわけじゃないぞ!」
紙容器ごとくわえて、仰け反って器用に唐揚げだけを食べ、俺の手に容器だけを返すとは舐めてやがる。聖獣ドラゴンのやることか!
「チィド!」と、ミクトが叱った。
「ごめんよマコト、チィドはまだ子供なんだ。許してやって。今日一日一緒にいたら帰るらしいから」
バサッバサッと音を立てながら滞空するレンガ色の、小型種とは言え人よりは遥かに大きいドラゴンが「アーッ」と鳴いた。
「唐揚げごときで、心が狭いぞマコト」
トイロ、持っている菓子をチィドに食われているぞ。
「俺のポップコーン!」
「ハハハ!」思い知ったか。
クエッ、クエッとチィドが笑うように鳴き、ミクトは「もう!」と怒ってみせた。
……
休日二日目となる今日の午前中は、手分けして宿舎の修繕をした。隙間風が入る原因だった窓枠周りの隙間を塞いだり、家中の壁のひび割れを埋めたり。
これで雨の日や風の強い日に、家全体にシールドをかける必要はない。私用魔法は1日に5%までだから、有意義に使えるようになった。食べかけの菓子の袋を密閉させたり、寝ながら本を読む時に本を浮遊させてページを捲らせたり、体の痒い部分をマジック掻き棒で掻いたり……とかな。
午後から街の見物に繰り出して、小規模の遊園地であるここの存在を知った。案内に従って「電車」に乗り、階段を上ったり下りたりしながら辿り着いた。足元が整備されていて歩きやすく、突然魔物が飛び出してくるようなことはなかった。魔物、こちらではゴーストだったか。
遊園地には親子連れと若者がちらほら。陽気な音楽に混じって、あちこちで金属を鳴らす音や機械が動く音がする。紙のチケットを買い、中に入った。
敷地内には、華やかに塗装された馬が輪になって回転する乗り物、ハンドルつきの回転カップ、空中を走るスピード感を楽しむ乗り物や左右に揺れる船などがあった。ガランにもこうした場所はあって何度か連れて行ってもらったことがある。俺たちは童心に帰って、一通り乗ってみた。
……
チィドはドラゴン・ロードを通ってこの世界にアクセスすることができたらしい。夜遅くにミクトの部屋の出窓を叩いて中に入れてもらい一晩泊まったという。
でかい図体で飛び回って修繕中の部屋をさらに壊されてはたまらないので、庭かミクトの部屋で大人しくしているように頼んだ。外出が決まったことを伝えると、チィドは大喜びで庭を飛び回った。移動する俺達の後をついてくるつもりだったのだろう。
だが、この世界は「電線」が多い。高く飛べば問題ないが、ここにまだ慣れていない子供のドラゴンのこと、何かあっては困る。ミクトに相談すると「じゃあ、僕の中に入れて移動するよ」と言った。
「そんなことができるの?」
俺が聞くとミクトはチィドに掌を向け、呪文を唱えた。チィドは見る見る小さくなり、ミクトの掌に吸い込まれた。
「召喚獣の収納魔法だよ。そんなに長くは入れておけないけど」
ミクトは笑っている。ええ? この華奢な体の中にあのドラゴンがいるわけ?
「違和感ないの? ドラゴンが体に入って」
「ないよ」
「腹一杯な感じ?」と、トイロ。
「そうでもない」
「体の中で暴れたりしないのでしょうか?」ユキも聞く。
「寝ているみたいだよ、大体は」
みんな興味津々だ。
……
そして一休みしているところにチィドが出てきたというわけだ。俺たちが楽しんでいる様子を見て我慢できなくなったのか、俺の唐揚げに釣られたか。
「遊園地に着いたらすぐに出てくるかと思ったが、ワンテンポ遅れて出てきたな」
「寝ていたからお腹が空いたんだね」
ミクトはテイマー用のドラゴンフードをカバンから取り出して与えた。携帯に便利な乾燥タイプだ。猫と変わらないなと思う。
「ここは人が多いから、しばらく飛んでくるよ」
そう言うとミクトは自分の羽を出し、チィドを誘導するように飛んだ。
ミクトとチィドが楽しそうに並んで飛んでいるのをしばらく眺めていたが「あそこに入ろう」とトイロが言うので「鏡のへや」と書いてある小屋の前に行った。
「お一人ずつ、間隔を空けてお入りください」と係員。俺が一番先に入ることになった。
中は壁も天井も鏡になっている迷路だった。鏡が映し合って見せる沢山の曲がり角、沢山の自分の姿。どれが本物なのか。ふと、もっと面白くしてやろうと思いつき、分身魔法を使って俺そっくりの幻影を何人か小屋内に立たせた。
早々にトイロが引っかかったようだ。「マコト、どっちに向かう?」と、俺の幻影1に話しかけている。返事をせずスッと消えた幻影に、トイロは驚きキョロキョロしている。しばらくすると「こんにゃろ!」という声が聞こえてきた。幻影2か3に出会ったのだろう。
「ククク」と笑っていると後ろから誰かが手で目隠しをしてきた。「誰だと思う?」と言うその声は……紛れもない俺の声。
手を振りほどき後ろを見ると、俺が立っていた。敵の姿そっくりに化けるユキの「模倣魔法」に違いない。自分を見るのは気恥ずかしいものだ。
「やめろって!」
そう言うと、俺そっくりの奴も「やめろって!」と真似をした。
「おいコラ、ユキ!」と言うと、そいつも「おいコラ、ユキ!」と言う。
「だ〜か〜ら!」「だ〜か〜ら!」
「ユキさん、やめよう?」「ユキさん、やめよう?」
同じセリフがこだまのように響く。閃いたぞ。
「カッコよくて素敵なマコトさんはいつもモテモテです」と言ってみた。フヒヒ。
「カッコよくて素敵なマコトさんはいつもモテモテです」
そのまま繰り返された。壊れたかユキ。いい加減にしろ。
自分の褒めゼリフというのは恥ずかしすぎて俺が折れた。
「いや、本当に。やめてもらえませんでしょうかユキさん」
弱々しく懇願すると、俺の姿をしていた奴はユキに変わり「フフ」と笑った。
出口に着くと、トイロがいて、空から戻ってきたらしいミクトがいて、後ろにユキもいる。圧倒的日常に放り出され、俺はこの小屋の面白さを理解した。
「異世界に来て、さらに異世界を感じたぜ!」
「うんうん」と頷き合った。
「そんなに面白かった? 次はあそこに! 僕も入ってみる」
「チィドは?」
「眠っているよ」
ミクトが指差す「お化け屋敷」に入ることにした。
「ゴーストを集めて入れているってことだろうか?」と疑問を口にした。
「わざわざ集めるんじゃなくて、ゴーストが自ら入るようにしてあるんじゃない?」とミクト。
「なるほど! ゴーストが好きそうな物が置いてありそうだ。屍肉とか?」とトイロ。
それだと屍食系ばかり寄ってきそうだな。
「迂闊に入ったらゴースト扱いされるのでは? 俺ら異世界から来たし」
半分冗談で盛り上がっているとユキが調べてまとめてくれた。
「本物のゴーストが入っているわけではなく、この世界の恐怖概念を集めて疑似体験し、楽しむのが目的みたいですね」
「作り物のゴースト、見たい!」
楽しみ方は「鏡のへや」と同じだな。どんな風に怖がらせてくれるのか楽しみだ。
中は薄暗く、一歩踏みしめる度にギシッと音がする。どこからか「ヒッヒッヒ」「ギャー!」という叫び声がして「こういう演出なのか」と感心していると、すぐ近くで「ギャー!」と叫んだ奴がいた。トイロだ。
「顔を撫でられた!」
それがどうした。そんなことで戦士が驚くな。
「天井から布がぶら下がっています」
賢者は暗視魔法使わんでいいしネタバレせんでいい。
「おわっ!」
グニャっとしたものを踏んで、つい声が出てしまった。ガランの森を思い出す。なるほど、何でもない仕掛けでドキドキハラハラさせるわけだ。
違うルートを行って「うわー!」だの「ギエッ!」だの叫んでいるトイロたちに苦笑しつつ、恨み言の歌を聞いたり「井戸」から飛び出す人形を見たりした。この世界の「怖いもの」は古い時代のものが多いんだな。世を恨んで死んでいった者たちの念が怖いと言うことか。
妙な外見の「お化け」が続く中、美しく装った若い女性の人形が見えた。ガランでは狐のあやかしというのが定番だったが。椅子に座った人形に近づくと、突然首が回転し、怒りに満ちた鬼の顔が出てきた。目は飛び出すほど見開き充血していて、口は叫んで牙が見え、頭部出血なのか額に血が伝っている。
上手く作ってあるなあと観察していたら「お兄ちゃん、怖くないの?」と話し掛けられた。振り返ると、小さい女の子がいた。
「うん、怖くないよ。少しびっくりはするけどね」
そう答えたら女の子は「お兄ちゃん、私が視えるんだ」と言った。なんだ、本物のゴーストか。
「お兄ちゃんさ、ゴーストバスターだけど今日は休日だから仕事はしないんだ。君、好きでここにいるの? もしあの世に送ってほしいのだったらこれを使いなよ」
としおからもらった粉末聖水を渡した。
「使い方は袋に書いてある通り、水に溶かすだけ。体にかけるか飲むといいよ」
女の子は粉末聖水を眺めてポケットにしまうと、こちらを見た。
「ありがとう。でも私、もうしばらくここにいたいの」とニッコリして、作り物のお化け人形に寄り添った。元の美女に戻った人形と並ぶと親子みたいだ。
「じゃあね」
手を振り合ってその場を離れた。
外へ出ると、青い空が広がっていた。こっちが日常だと思っているけど、怪しいものだな。
遊園地を満喫して帰る途中で、今日は宿舎の風呂に入れないことを思い出した。朝塗った「コーキング剤」が固まるのは明日。皆に「どうする?」と聞いてみた。
「ああ、そうだったな。ミクトの部屋にシャワー借りに行くか」
「それは構わないけど……この世界に“風呂屋”ってないの? 一度入ってみたいな」
「としおが前に、あるって言ってたよな」
「探してみましょうか」
ユキが目の前の空間に地図を広げた。
「この近くにあります。魂乃湯という名前で現在営業中です」
「行こう!」
「入浴の仕方って覚えてる? 細かいしきたりがあったようだけど」
ユキは「覚えていますよ」と言った。ひとり覚えていれば大丈夫だ。
「ここです。銭湯と言うらしいです」
魂乃湯と書いてある。左右対称の建物で、屋根には「瓦」という土を焼いた仕上材が鱗のように並んでいる。この世界の人たちは、こうした様式美が好きらしい。
扉を開けると、店主らしき人がなぜか慌てていた。
「お客さん、暖簾まだ出していませんが」
「営業中じゃないんですか?」と聞くと、今日は訳ありで……と言葉を濁す。
申し訳なさそうにしているので「構いませんよ、訳ありでも」と寛容なところを見せた。訳ありパンは安くて美味しかったし、訳ありのシャツも縫い目がズレているだけで着心地は申し分なかったから。
それじゃあ、と言って店主はカウンターの向こう側へ行き、こちらを向いた。ここで料金を払うらしい。説明を聞いてタオルやシャンプーを買って脱衣所へ向かう。
「ええと……」
「僕、男です」
店主の言わんとすることを察してミクトが答える。ミクトあるあるだ。
脱衣場でロッカーに服と荷物を入れ、ロッカーキーを腕にはめて浴場に入った。
浴槽は3種類あり、壁一面に青い空を背景にした山の絵が描かれていて見事だった。
体を流し湯に浸かっていると、別の浴槽にいるトイロが誰かに話し掛けられていた。
「兄ちゃん鍛えてんな、格闘家か?」
「俺、戦士なんで」
「戦士? ……つまり兵隊ってことか」
「そんなもんです」
こっちの世界は戦士や魔法使いという呼称ではなく、一括りに「能力者」と言うようだ。兵隊というのは違うと思うがトイロ、適当だな……と、思いながら聞いていたら俺も話し掛けられた。
「兄さんの掘りもんは珍しい柄ですな」
掘りもん? ああ、タトゥーのことか。Sモードにならないと現れないが、湯が熱いので浮き上がってきたようだ。
彼も背中から肩にかけてタトゥーが描かれているので親近感を持ったのだろう。俺と同じ魔法使い系の能力者なのか。具体的な花柄だが何の役に立つんだろう。年長者らしいので自動翻訳からそれっぽい言葉を選んで返す。
「お褒めいただきありがとうございます。私のこれは呪文です」
「呪文ねえ。最近の掘りもんはよう分からん。あちらは大柄だし、兄さんら、どこかの部族のようじゃの」
男は肉厚の手で顔の汗を拭っていた。
「そんなもんです」
トイロの真似をした。
俺は後ろの湯船から聞こえてきた会話に耳をそばだてた。
「可愛い顔してお前は男か? 黙ってれば女湯にも入れるんじゃね?」
これは……ミクトがからまれているのか?
「僕? 男だよ。大きなお風呂、気持ちいいですね」と返すミクト。
男は「兄ちゃん、背中流しちゃるわ」と言い出した。
何だか心配で声を掛けようとしたら、ミクトは「いいの? 悪いね」と返事をしている。俺の勘違いだったか?
様子を見ていると、男が「ワッ」と声を上げた。
ミクトの背中いっぱいにドラゴンの鱗模様が浮き出ていた。色と形から、ミクトの中にいるチィドに間違いない。
「兄さん、どこの組の若衆で?」
タオルを泡立て、ミクトの背中に当てようとしていた男が動揺した声を上げる。
「組って……チームのこと?」
「はい、組はどこなんです?」
「色即是空」
「し……色即是空? それは一体……」
「ねえ、洗ってくれるんでしょ。体が冷えちゃうよ」
「わかりました!」
恐る恐るミクトの背中をこすり始めた男が、またもや「ひっ」と声を上げ、タオルを手放し腰を抜かした。ドラゴンが動いたからだ。
「今……模様が……動いて」
「動いた? ああ、もう。じっとして!」
「すすすみません!」勘違いした男が謝る。
チィドは、動いて怒られたので元に戻らねばとでも思ったのか、焦ったようにまた動き、ミクトの背中に鋭い眼光と牙を持つ顔面を現した。
「ひいいいっ!」
男は「お先に失礼します!」と慌てて浴場から出ていった。
そう言えばユキの姿が見えない。
ドアのついている部屋を見つけて入ると、酷く蒸し暑い部屋にユキがひとり、修行僧のように目を閉じて座っていた。
「何ここ。熱っ!」
「サウナというらしいです。ここに入って汗を流し、一旦出て熱を冷ましたら、また入る。その繰り返しをするとスッキリするんだそうです」
「僕も」と、ミクトも入ってきた。
「賢者ぽいね」と笑う。
トイロも来て「シールド越しに火炎魔法食らうとこんな感じだな」と言った。
浴場に戻ると男たちは居なかった。代わりに一匹のドラゴンが湯船で気持ちよさそうに泳いでいた。
ミクトは「あれから皆、帰っちゃったからいいと思って」と、チィドを見た。
「いいのかなあ? 入浴料を追加で払っておくよ」
チィドは湯を出ると犬のようにブルブルと水気を払い、脱衣所で拭いてもらっていた。銭湯を出ると、今日は楽しかったと言わんばかりに高く飛んで、一瞬キラキラと鱗を輝かせてからふわっと消えた。
「またなー!」
「元気でやれよ!」
楽しかった休日が終わる。明日からは、まあまあ楽しいゴーストバスターの仕事がまた始まる。




