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遠ざかる記憶

 真っ白な髪を肩まで伸ばしたその人物は、(あらたま)市役所ロビーの中央で大勢の人に囲まれていた。もう少し近づくと、赤い服にグレーの柄シャツ、銀の「ネクタイ」をし、ほとんどの指に色とりどりの大きな宝石をつけているのが見えた。

六波羅(ろくはら)市長」と誰かが呼び、ユキがはっとした顔でこちらを見た。


「今、六波羅って」

「夢に出てきた人だ……どういうことなんだろう?」

 

「マコトさん六波羅ナントカって言ってましたよね……ナントカの部分は思い出せませんか?」

「……雲水(うんすい)だ。六波羅雲水」

 俺はもらった「名刺」を思い出していた。

 

「確かめてくる」そう言って足取りを早め、六波羅に向かって歩いて行くと。

「あ! 色即是空のみなさん!」

 声を掛けてきたのは「広報」の稲荷(いなり)という女性。

「今から市政だよりに掲載する市長の近影を撮影をするんです。その後皆さんも一緒に写真を撮りますのでしばしお待ち下さいね」と言ってきた。嬉しそうだ。


 六波羅の周りにいる半分は「撮影スタッフ」で、後は市民らしい。

 今日、市役所で市長の撮影が行われることは告知されていて、市民はそれを見に集まって来たと稲荷さんから説明を受けた。若い男女二人組、子連れの女性、仕事の途中らしい男性、老夫婦……六波羅は幅広い層に人気らしい。

 

 撮影中、場は和やかな雰囲気に包まれていた。

 トイロたちは撮影の様子を興味深げに観察している。特にトイロは撮影機材が気になるようだ。

 

「市長は人気があるんですね」

 俺は隣に立っている稲荷さんに話し掛けた。

「そうなんですよ! 人柄がいいし、気さくだし。能力者でいらして、昔から能力のほとんどを市民のために使ってきたそうです」


 鼻息が荒い稲荷さん。六波羅に詳しそうなので探ってみようと思った。

「市長の名前は六波羅雲水でしょうか」

「よくご存知ですね」

 やはり間違いなかった。

「彼は市民のためにどんなことをしたのですか?」

「そうですねえ。子供やお年寄りが暮らしやすい街作りに力を入れてらして……市長になる前から孤児や恵まれない家庭の子供たちを救う活動をされていたようです」

 俺に声を掛けたのもそんな理由だったのだろうか。会社に恵まれない社員。

  

「立派な人なんですね。あの目立つ服はどう思います?」

「そこがいいんです! 派手で奇天烈な格好をするのは市民に親しんでもらうためだと思います」

 好意的な説明しか返ってこないなあ。

 

「お好きなんですね市長が」

「好きって言うより推しです。推しと言えば色即是空の皆さんも私の推しです! なので、推しが沢山で今日の稲荷は興奮しています……あ、市長の撮影が一段落したようです」

 

 稲荷さんが撮影スタッフの元に行くと、前半の撮影を終えた六波羅がニコニコと人当たりの良い笑顔で近づいてきた。

 

「色即是空の皆さんはじめまして。璞市長の六波羅です。異世界通信を通して皆さんが魔王を討伐したことを知りました。素晴らしいキャリアをお持ちの方々にこの市役所で働いてもらえるとは光栄です」

 

 六波羅は一番近くにいるトイロに手を差し出し、トイロが応え握手した。

「あなたがトイロさん、全身から熱気があふれるようですね。 こちらのゴーストは弱くて物足りないかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします」

 次にミクト。

「ミクトさんの戦いぶりは実に優雅で、つい見とれてしまいます。美しいドラゴンと天使のようなミクトさんの図は絵画のようですよ。この地球の平和をお守りください」

 ユキも。

「ユキさんの洗練された魔法の使い方は実にお見事です。柔よく剛を制すと言いますがまさにユキさんのこと。これからも頼りにさせてもらいますね」

 皆、六波羅との握手と励ましで気分が上がったのか、やる気に満ちた表情だ。

 

 最後に六波羅は俺の前に手を差し出した。

「あなたがリーダーのマコトさんですね」

 あの時と同じ、大きな掌だ。

 ぎゅっと握って力を込める。瞬間、確信めいたものを感じた。俺はこの人を知っている、この人も俺を知っているはずだ。

 俺は「六波羅()()市長。()()で会いましたね?」と、六波羅の目を見て言ってみた。

 

「えっ? マコトそんな所に行ったの、いつ」

 トイロが不思議そうに言う。

 

 さあ、六波羅はなんて返す? とぼけられたら? 考えていたら六波羅が耳打ちした。

「魔法使いは勘がいい」

 そしてニヤリと笑った。


 続けて言いたいことと聞きたいことがあったが、後ろからとしおが「色即是空の皆さん!」と呼んだので、会話が途切れてしまった。


「カメラ」を前に六波羅を中心にして、俺たちはふたりずつ左右に分かれて立った。

「星月夜さん、にっこりしてください」と言われ、笑顔をつくる。

 立ち位置を変えたり椅子に座ったり、何枚も撮った。

 頭の中で六波羅のセリフが何度もこだました。……勘がいい、とは。やはり何か知っているのは間違いない。どうやって切り出そう。逃げられないようにしなければ。

 

 撮影が終わり、稲荷さんがお礼の言葉を述べている時に、再び六波羅が耳打ちした。

 「応接室へ来てくれるかな?」

 ちょうどやって来たとしおに「リーダーを少しお借りするよ」と言った。

 他のメンバーは気づいていない。

 六波羅が先に歩き出し、俺はそれについていく形で応接室に向かった。


 

 最上階にある応接室は壁面の半分ほどがガラス張りになっていて見晴らし良く、部屋のあちこちに壺や美術品らしきものが飾ってあった。重厚な木製の書棚には分厚い本やファイルが並んでいる。

 楕円形のテーブルを囲むようにソファが配置されていて、その真中あたりに俺と六波羅は対面するように腰掛けた。

 

「で? 君は私に言いたいことがあるんじゃないのかな」

 六波羅が前のめりに聞く。赤っぽさのある不思議な色をした力強い両目が俺を見据えた。

 

「そうです。俺は昨日ここへ転移してきた。だけど一方で俺は前からこの世界で仕事をしていて、公園であなたにスカウトされ、一緒にここへ来た。そのことを今朝思い出したんです。一体どういうことなのか……あなたは知っていますね?」

 自動翻訳を通して、ニュアンスは違うかもしれないが言いたいことは言えた。

 

「わかりました。今から説明するのでこの魔法陣を見てください」

 そう言うと六波羅は右手を広げて俺の眼の前に魔法陣を出した。

 見たことのない文様と呪文だ。

 

 俺が魔法陣を見つめて3秒ほどすると、六波羅はパチンと指を鳴らした。

 魔法陣はグニャリと曲がり、どんどん変形していく。


 魔法陣が歪んだのではない、俺が術にかけられたのだ。

 あらゆる感覚が薄くなっていく中で六波羅の声が聞こえる。


「何の疑いも持たず言われたまま魔法陣を見つめるとは、まだまだひよっ子ですね、星月夜即真(マコト)。目が覚めたら何もかも忘れていることでしょう」


 クソッ……嵌められた……舐めんな! こちとら魔王を討伐した最強チームのリーダーで大魔法使い様だぜ。そんな催眠魔法が通用すると思うのか。

 俺は必死に歯を食いしばり、かけられた魔法の解除を試みた。……ダメだ……いつのまにか魔力が抜かれている。まさか、握手の際に? じじい、やってくれる。

 舌を噛もうとしたが口も動かない。

「危ないことはやめなさい」と、六波羅。何もかも見通されているようで腹が立つ。

 

 体がずっしりと重くなり朦朧として体を起こしてはいられない。必死で目を見開き六波羅の姿を追った。


「余計なことは考えないで、お休みリーダー」

 六波羅は一瞬で消えた。



 ……

 目を覚ますと昼前だった。

 

「星月夜さん。随分お疲れのようですね。ゆっくり休めたでしょうか」

 としおが笑っている。

 ソファから体を起こし、あたりを見回したが、どこだか見当もつかない。

「ここどこ?」

「応接室ですよ」


「起きたかあ? マコト」

 トイロがドアの向こうで叫んでいる。


 徐々に思い出した。そうだ、俺は急に眠気に襲われて……しばらく休みなさいと、ここに連れてこられたんだ。転移ショック(副作用)というやつだろう。転移直後しばらくは心身が衰弱するという。

 転移は偶発的な事故として起こる場合と、能力者が魔法を使う場合があると聞いた。俺たちが転移した原因はわからないが、どちらにしても初めての経験なので、副作用についてもよくわからない。ともあれ、よく眠ったせいか今はスッキリしているな。


「マコトさん、大丈夫なんですか?」

 ユキが心配そうに見る。

「大丈夫だよ」

 寝ていただけだし、ユキこそどうした? 心配性のミクトでさえそんなことを聞かないのに。


  

 としおに案内されて全員で食堂に行った。長細いテーブに向かい合わせで椅子が置かれ、それがいくつも並んでいる。大勢の職員が集まっていて、皆、樹脂のトレーに食べ物を乗せて運んでいた。


 今日の昼メニューは「コロッケ定食」らしい。「カレー」や「カツ丼」もありますよと、としおが言った。

「お金」で「食券」という紙を買って、それを調理場の人に渡すと食べ物を出してくれる方式だ。なるほど。でも「お金」はどうやって手に入れるんだ?


「皆さんは当面、直接調理場の人に頼んでください。給料が支払われたら他の職員と同様、券売機で券を買ってくださいね。じゃあ、お昼が済みましたら午後1時までに3階でるでる課に来てください」

 そう言ってとしおは去っていった。


 調理場を覗くと、小柄な女性ばかりなのに驚いた。ガランでは屈強な戦士が大きな鉄の調理道具を扱って料理をしていたから。

 トイロはカツ丼を頼んで、中年女性に「あんた体が大きいから大盛りにしておいたわよ」と言われている。俺とユキはコロッケ定食、ミクトはエビフライ定食を頼んだ。


 朝に食べた後、すぐ寝てしまった割には腹が減っている。

「いただきます」

 管理人夫婦がやっていたように、食事前の儀式を行ってから箸をつけた。

 とにかく美味い。コロッケだけでなく、昨夜のラーメンや今朝の焼き魚といった食べたものすべて。ガランの味付けも悪くないが、この世界の食べ物はどれも繊細な味がする。

 何が違うんだろう。水? 空気? 魔物の肉はこちらでは食べないようだし、魔草の類も使用しないというからその違いか。

 

 トイロとミクトは食べながら、食堂の壁に掛けられた「テレビ」を熱心に見ている。

 ユキが話しかけてきた。


「マコトさん、今朝の話なんですが」

「今朝の? 何だっけ」

「夢の話です。市長にスカウトされて公務員になったっていう。六波羅さんは実際にいたわけですよね」

 ユキは何を言っているんだ?

「六波羅さんて、今朝会った市長だよね。握手した……夢の話って?」

 そう言うとユキは戸惑っていた。

「だから夢に出てきたって言ってたでしょう、市長が」


「俺、そんな話はしていないけど?」

「マコトさん……覚えていないんですか? 今朝、ここまで歩いてきた道中で話していたことですよ」

「いや、俺が見た夢は、ガランでみんなに出会った時のことだよ。トイロが来て、ミクトが来て、ユキが来た時の」

「…………」

 ユキは黙り込んだ。

 

「えっ、どうしたのユキ」

「応接室で何が……」と、ユキはつぶやいた。

「何がって……俺は急に眠くなって、しばらく応接室で寝るといいよと言われてそうしたんだ。そんなに大ごと?」


 ユキが俺の顔を見る。何か言いたげな、困っているような目だ。

「俺、変なこと言った?」

「いいえ」


 ユキはしばらく考え込んでいるようだった。

「ユキも休んだら。転移で負担がかかったんだよ」

 

 先に食事が終わったトイロとミクトが食器を片付けて戻ってきた。

「ユキ、どうしたのかな?」

 ミクトがユキの顔を覗き込んだ。


「あ……ちょっと考え事をしていて」

 ユキが言うとトイロが「ハイッ! 考えないッ!」と、ユキの眼の前で両手を叩いた。


「笑え笑え! ホイホイっと」

 踊るような仕草でユキに絡む。

 ガランでユキが来たばかりの頃、落ち込んだ顔をしているユキをトイロはこうやって励ましていた。

 その口調と動きが可笑しくてユキが笑う。今回も成功のようだ。

 ユキは何を考えていたんだろうか。


 食堂に六波羅市長と広報の人たちが入ってきた。これから遅めの昼食をとるのだろう。

 さて、でるでる課に向かおうかと思っていると、ユキが市長に歩み寄っていくのが見えた。


「市長、先程はご一緒できて光栄でした。これからお食事なのですね」

 六波羅に話し掛けている。どうしたんだ。稲荷さんのように六波羅のファンになってしまったのか。あの無口で愛想なしのユキが。


「そうです。打ち合わせをしていたら遅くなってしまってね。こちらこそ皆さんにお会いできて嬉しかったです。ご活躍、期待していますよ。それでは」

 六波羅がそう言うと、ユキは戻ってきた。


「へえ、ユキが積極的でびっくりした」

 ミクトが言った。


「さすがだな。自動翻訳で読み取れないこと多いのに、そんなに上手く話せるなんて」

 トイロは感心していた。


 六波羅の姿が見えなくなってからユキが言った。

「市長を霊視しました」

 

「なんで? あの人胡散臭いけどさ」と、ミクト。

「市長にゴーストが憑いていたりするのか?」と、トイロ。

「それで、どうだった?」と聞いてみた。


「市長の中にゴーストは視えませんでした。オーラは金色で人格者に多い色です」

 淡々とユキが答える。

「他にわかったことってある?」

「魔力の量と強さは飛び抜けていると思います。あんな人は他に知りません」


「そうか。それでユキは何が引っかかっているんだ?」

 ユキはしばし沈黙し、口を開いた。


「危険な人かもしれません。気をつけてください」


 俺もトイロもミクトも黙り込んだ。皆なぜ? と聞きたかったに違いない。

 ユキが言うならそうなんだろう。無言で了解した。


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