ガランにて ~ユキの発現~
俺が7歳の時トイロが、2年後にミクトが来た。
そしてまた2年後、ユキがやって来た。
……
「弟分と言うには大きいけど」
そう紹介されたのは俺と同じ歳で11歳の、背丈は俺より高くて痩せた少年。
「俺はマコト」
「俺、トイロ」
「僕はミクト」
そう言うと「ユキチカ」と少年は言った……らしいが声が小さくて「ユキ」の後が聞こえなかった。
「気楽に行こうぜ! ユキ」と俺が言うと「はい」と言う。
それからみんな、あだ名っぽく「ユキ」と呼ぶようになった。
ユキは自分から人に話しかけることはなく、皆が遊んでいても加わろうとはしなかった。いつも隅っこで膝を抱えて座っていた。
昔拾った「猫」を思い出し、落ち着くまでそっとしておいた。
一緒に生活しながら付かず離れずの状態が続いたが、あるきっかけで一気に仲良くなった。
それは、ユキをプレ討伐隊に加え、魔物退治と称し森に探索に出かけたある日のこと。全員のピンチをユキが救ってくれたのだ。
魔法を使ったわけじゃないーーその頃ユキは、俺やトイロ、ミクトみたいに能力が発現していたわけではなかった。ただの子供で、持っていた子供用の剣で魔物に向かっていったのだ。
……
大人たちに「雨が降りそうだから早く帰ってくるんだよ」と釘をさされていたので、早めに探索を切り上げ、帰るつもりだった。
なのに初めてのルートで見たこともない植物や小動物に出会い、珍しがっている間に雨が降り始めてしまった。
何より心を奪ったのは「メネラル」という花だ。雨の刺激で咲き、薄紫の花びらが開くと中から白っぽい珠が現れる。メネラルの中の珠は雨の気配で輝き始め、群生ともなるとそれは美しい光景を見せた。
珠には見覚えがあった。両親が回復薬の原料として、森で採っていたものと同じだ。
2~3個採って帰ろうと思いつつ、気づけば俺たちの腰のポーチはメネラルの珠でいっぱいに膨らんでいた。ミクトだけは珍しい草があったとかで、それを熱心に調べていたけれど。
雨はとうに強い調子で降っていて、見通しも悪くなっていた。それなのにあの時の危機感のなさといったら。自分でも呆れる。
ユキ以外の3人は能力発現後で、自分たちは大人以上に強いと自負していたし、大人はいつも心配し過ぎで恐ろしいことなんてそうそう起こらないものだと、高を括っていた。
足元を見ると、ぬらぬらとした魔物の上を歩いているのに気づいた。急に歩きにくくなったのは、泥濘に足を取られたからだと思っていたが、違った。
「マズイ」と思った時には体が上手く動かなくなっていた。
「体が! 痺れ……る!」危険を伝えたかったが口も思うように動かない。
「あ……ぐっ」「うーっ!」トイロとミクトの声が聞こえてきた。
雨の降る日は早く帰れという理由ーー毒波で痺れさせる魔物が出るから。それはコイツのことだったのかと後悔したが遅かった。
粘液に包まれた蛇とも虫ともつかない巨大な魔物で “グヮリロ” という。泥中に浅く潜っているので、気づかずに踏んでしまうことが多いようだ。積極的に攻撃はしてこないが、刺激を与えると強烈な毒波を出す。毒波は接触した部分から体全体に伝わり、痺れという形で体の自由を奪う。
宿舎の庭でソックリなのを見たが、あれは日本ではナメクジと呼ぶらしい。
グヮリロの強さレベルは平均で80ほど。いつも遊ぶレベル50のフィールドから出てはいないはずだが。生息地域を超えて出現する「オーバー」の個体に出会ってしまったようだ。運が悪かった。
そのグヮリロの体長は大人3人分ぐらいあった。俺たちが体を踏んでいたのは下半身で、グヮリロは上半身を起こすと振り返るような体勢で俺たちと向き合った。
もぞもぞと口らしき部分が動く。何らかの攻撃を仕掛けようとしているらしい。どうやって逃げる?
為す術もなく焦っていると、ユキがグヮリロの前に立ち、盾を突き出した。
ユキは動けるのか!
ブシュッ!
吐き出された液がかかる前に、ユキの盾が俺たちをガードした。
濃い緑色のネバついた液が盾につき、苦い匂いが立ち込めた。おそらくこの辺の毒草を食べたのだろう。未消化のまま吐き出すことがコイツの攻撃なんだ。
あの毒液がかかっていたらどうなっていたのだろうか。
ろくな装備もしていないのにグヮリロに近づくユキ。
危ないからやめろ! ……そう言いたかったが、痺れが続いていて言葉にならなかった。
ユキは盾を置き、グヮリロの頭に上ると、振り落とされないように触覚を掴んだ。やはりユキはグヮリロに触れても痺れないようだ。あの体勢なら毒液はかからないが、どうするつもりなんだ?
左手で触覚を握ったまま右手に持った剣でグヮリロの頭部のあちこちを何度も刺し始めたユキ。だが、剣はグヮリロに深く刺さることはなく、体に当たるとグニャリと曲がった。そのはず、ユキが持っていた剣は玩具なのだ。
ユキは剣の振り方も一から習っているところで、剣は子供が遊びで使うような安全なゴム製だった。見た目は模造剣と変わらないが、刃先が丸くなっていて突き刺すとしなる柔らかい剣だ。この剣で刺されたら多少痛みは感じるが傷にはならない。
そんな剣でグヮリロを攻撃してどうするつもりだろう?
装備も、軽い割に防御力が上がるゴムでできた鎧と長靴、手袋を身につけていた。
それが良かったことに気づいたのだと、ユキは後で話した。
ーーゴムでできているものはグヮリロの毒波を通さない。
攻撃力のない剣でも、グヮリロの気をそらして体を動かすことができれば、毒波に痺れた俺、トイロ、ミクトは投げ出されて回復するチャンスが得られるかもしれない。そう考えて攻撃に出たらしい。
ユキの攻撃が煩わしくなったのか、グヮリロは体を大きく振ってユキを振り払おうとした。おかげで俺たちは投げ出された。ユキもグヮリロの頭から滑り落ちて横転した。
助かった……と思ったが、次に見た光景で再びの危機を悟った。
グヮリロは口らしい丸い穴もぞもぞと動かし、ユキを見下ろしていた。品定めをするように触覚を揺らしたかと思うと、穴が大きく開いてユキを飲み込もうとした。俺たちはまだ動けない。
ユキが! 飲み込まれる!
その時……グヮリロの動きが止った。そして突然、ユキの持っていた玩具の剣が銀色に輝き始めた。明らかに何かに反射して光っているわけではない、剣そのものが発している輝き。
俺たちはその光景を息を飲んで見守っていた。
起き上がったユキの顔が照らされ、顔にかかる髪が風を受けたように上になびいた。怯えた様子などまったくない。
ユキが立ち上がりって剣を握り直し体重をかけて貫くと、グヮリロは地響きのような唸り声を上げ大きく仰け反った。
「やった! もう一息だ」
やっと痺れが収まってきたのでグヮリロから距離を取り、腹に向けて火炎魔法を放った。
「吹っ飛べ!」
ファイヤーボールを受けたグヮリロは反動で胴を揺らしたが、火は一瞬で消えた。クソッ! これでは倒せないのか。
「てーーーーいっ!」
続けてトイロが大剣で斬りつけると、グヮリロは身を2つにしてドサリと地面に伏した。触覚がキョロキョロ動いているところを見るとトドメにはなっていないようだ。
すかさずミクトが詠唱する。
「僕らに力を貸して! 寒い海よりしばし来られよ、石打ちの海獣アィラたち!」
皆で海に行った時に身につけた召喚魔法らしい。
ミクトが片腕を大きく回すと、そこから灰色のアィラらしき動物が何十匹と飛び出してきた。体長は俺達より少し小さいぐらいで、つるつるとした体皮に覆われている。白いひげがありつぶらな瞳、手足は短い。それぞれ小石を両手に持ち、カチカチと打ち鳴らしている。
「行け!」
ミクトの掛け声でアィラたちは、倒れているグヮリロを連打した。
可愛らしさとエグさが同居する奇妙な光景だ。
トドメをさせたのか、グヮリロと共にアィラたちも消えた。
「ユキ!」
俺たちはユキに走り寄った。聞きたいこと、言いたいことが山ほどあった。
「大丈夫か! 怪我はない?」
ユキは傷ひとつ負っていなかった。
「発現したね! あんなのは見たことない! 凄かった」
「あのペラペラの剣がいきなり光り始めたからびっくりしたぜ」
放心状態らしく、ぼうっとしているユキ。持っている剣を眺めて「はい」とだけ言った。
「剣、今はどうなってるの?」
見ると、ユキの剣は元のゴム剣に戻っていた。
「でも、何でユキだけ痺れなかったの?」
「それは……」
ユキは「えっと」「その……」と、時々詰まりながら話始めた。ユキなりに動揺しているのがわかった。
「とにかく夢中だったんですが……まずこの剣はゴムでできていて……」
話を聞いて俺はユキの大人顔負けの、いや大人でも及ばない知識と冷静な思考、判断力に舌を巻いた。
剣がゴムでできていることを知っていたことだけでも驚きだが、ゴムがグヮリロの毒波を通さないことに気づくとはなかなかだ。
結果、攻撃に転じるという豪胆さも気に入った。
「ついにユキもかあ……全員能力発現したな!」
「これからが大変だよねえ……フフ」
ユキも嬉しそうだった。プレとはいえ、ひとりだけ能力者ではない討伐隊員の立場は肩身が狭かっただろう。
でもこの時、俺たちはユキの発現が何であるか知らなかった。
後にユキが、ガランにたったひとつしかない「賢者の星」を持つことになることも。
俺たちだけでなく、ユキ自身さえ。
ユキの装備がゴムでなければ全員助からなかったかもしれない。また、ユキの能力が発現しなければゴムの剣でグヮリロは倒せなかったに違いない。こんな偶然があるだろうか。
だとしても、ユキの知力と勇気と行動が、賢者としての能力を発現させたのは間違いない。
もしかしたら、何かのために偶然は用意されているのかもしれない。
……
おかしい。倒された魔物は、ガランの地から消えた後、時空の彼方に飛ぶと聞いていた。
なのに消えたはずのグヮリロの不気味な唸り声が聴こえてきたのだ。
もしかしてトドメを刺せてはいなかったのかも。俺は冷や汗をかいた。
「やだよ……」と、後方を歩いていたミクトの声が聴こえた。
そりゃあ、2度もあんなのと戦うのは嫌だろう。
再びグヮリロの声が聴こえてきた。
幻聴ではなさそうだ。攻撃性を感じない弱々しい声なので少し安心した。
「甘えてもダメだって…………わかったよ」
はあ? 何の話……ミクトは誰と話している?
振り向くとミクトは詠唱を始めていた。どうしたミクト?
詠唱が終わるとグヮリロの声は聴こえなくなった。
「ミクト何やったの? あの声、グヮリロは倒せてなかったってこと?」
「甘えるとかさ、一体何の話? 詠唱は……」
興奮したトイロと俺に詰め寄られてたじろぐミクト。
「グヮリロが言うには……僕の召喚獣になりたいって」
「召喚獣! ……で? どう答えた?」
「いいよって。断れなくて」
「……」
ミクトの華麗な詠唱でくそデカいナメクジが出てくるのか。
想像したくはないな。
命の危機から発現から、忙しい日だった。
……
あれから俺たちは、全員が能力発動したプレ討伐隊であり、賢者がいるチームとして注目を浴びた。
大人たちからは、兄貴分としての仕事よりも能力を伸ばすようにと言われ、毎日の勉強や鍛錬はより厳しいものになったが、次々新しい魔法や技を覚え、使えるようになることは面白くて仕方なかった。
毎日充実していて、早く実践に出たいとウズウズしていた。
長い夢だった。
トイロ、ミクト、ユキ。
これで全員揃ったな。
……まだ続きがあるのか?
夕焼けの空を見ているのは俺。
ここはガランなのだろうか?




