プロローグ
俺こと『星月夜 即真』は魔法使いで
戦士の『獅崎 十色』
賢者の『慈眼 是親』
テイマーの『化身 美空斗』
と共に魔王を討伐した…………はずだった。
「マコト?」「星月夜さん」
目が覚めたらユキとミクトが俺の顔を覗き込んでいた。
ふたりの顔の奥に見えるのは空ではないし城内でもなさそうだ。
薄汚れた白っぽい天井のある、あまり広くない室内。
俺は長椅子に寝転んだような体制から体を起こした。
あれ? 魔王討伐…終わってなかった?……ってことはないよな?
一瞬、まだ討伐の真っ最中で、魔王からの波動攻撃により吹っ飛び、気を失っていたのかと思った。
いやいやいや……終わったはずだ。凱旋パレードにも出たしな。
ユキもミクトもきわめて防御力の低そうな黒っぽい布の服を着ている。首にも紐のような布。
俺も同じ格好だ。
魔法ローブは? 杖は? 身につけていた宝石もないし、全身のマジックタトゥーも消えている。
魔法は? 使えなくなった、なんてことは……
基本の火炎魔法が使えるかどうか確かめるべく、手のひらに小さな炎を…………出た。
「ぷ……僕と同じ反応だ」
ミクトが笑った。
一番先に目を覚ましたのはユキで、まずミクトを起こしたらしい。
「ここはどこなんだ?」
「わかりません」
「俺たち、みんなで魔王討伐…したよな?」
「はい」
ユキが淡々と答える。
「それで……凱旋パレードに出て、祝賀パーティがあって……温泉地でしばらく療養したら、分けてもらった領地でのんびり暮らせるはずじゃなかったっけ?」
「そのように聞いていました」
いつもなら「なんでお前そんなに冷静なんだよ!」とツッコむところだが今はこの冷静さがありがたい。
逆にいつも騒がしいヤツ……トイロは床に寝転がっている。
起こすべきか目覚めるまで待つべきか……迷っているとドアを2回ノックして誰かが入ってきた。
60がらみの中背中肉、温和そうな男だ。俺たちと同じような布でできたグレーの服を着ている。あまりきっちり梳かしつけていない白髪混じりのオールバックの髪、困ったように下がった眉がお人好しそうな印象だ。
「みなさん、はじめまして。
本日から皆様の上司として指導をさせていただく、ここ璞市役所、でるでる課課長の『阿羅漢としお』です。
話し始めるが早いか、全員が持っているベーシックスキルである自動翻訳が発動した。
「チーム『色即是空』の皆さん。先日は魔王討伐、まことにご苦労様でした。
皆さんのご活躍は常々、広報の「異世界通信」より拝見しておりました。
身の丈数十メートルにも及ぶ巨大かつ凶悪な魔王をたった四人で討伐し、その結果人々に安息の日々をもたらすことができた。
……素晴らしいですね。日頃の修練、研鑽、チームワークの良さがそのような快挙につながったことと思います。
辛く苦しいこともあったでしょう。仲間割れしたことなどもあったでしょう。
しかし、それらを乗り越えてつかんだ勝利であります。
皆さんにはこの経験を、ここ『でるでる課』でぜひ生かしていただいてですね……」
言っていることがよくわからない。
特殊な方言なのか。どこの辺境住まいだ。
「上司」「課長」とは。「阿羅漢」は翻訳できなかった。こいつの呼び名は「としお」でいいか。
俺達を『色即是空』と呼ぶのは……アレか? 名前の一部をくっつけてチーム名にしちゃうやつ。
「僕たち、ここで働くことになってません?」
「そのようですね」
「えっ」
そういう話だったのか。
としおの話は続く。
「こちらの世界は初めてでいらっしゃると思いますが、実は私も異世界からの採用者は初めてでして……定年前に大役を仰せつかり恐縮の極みです。お互い戸惑うことも多々あると思いますが、何卒よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
ノリを学習して反射的に言ってしまった。
「いや、ちょっと待て。異世界にリクルート希望した覚えはないんだけど」
「覚えがないと言われましても……」
「転移した時のバグかな」
「そもそも何で転移したのかな」
♪デルデルッ ♪デルデルッ
としおが持ち歩いているらしい端末が鳴った。
「あーハイハイ……ハイッ……」
しばらく後、としおが申し訳無さそうに言った。
「あのう……お仕事入っちゃいました」
「はい?」
「何の仕事ですか?」
「ゴースト退治です」
黙っている俺、ユキ、ミクトに代わって口を開いたのは目を覚ましたトイロだった。
「ちょっと待て。魔王倒した後にゴースト退治だぁ?
そんなモン下級兵士どもにやらせりゃいいだろう。
俺らを誰だと思ってんの?」
あくびをし、肩を回しながら面倒くさそうに言う。
「魔王を倒した最強パーティだぜ?」
「なあ?」という顔で俺の方を見たトイロだが次第に表情が変わっていく。
「なんだ?……マコトの格好……え?……ユキもミクトも……はっ!……俺も?!
なんで最強戦士の俺様がこんなペラペラの情けない布の服を着てんの。いくらオフだからってセンス無さすぎだろ!」
思ったこと全部口に出ちゃってるよ、さすがトイロ。
「どこだよ?ここ……」
今頃か。
♪デルデルッ
再びとしおの端末が鳴った。
としおは見る見る深刻な表情になり、通話を切るとこちらに向かって言った。
「冥土大橋付近に巨大なゴーストが現れたそうです。すでに公共物の一部が破壊されており、放っておくと市民が危険に晒されるかもしれません!」
えぇ……
「まさか、こんなに早く出動命令が出るとは……それもこんな厄介そうな案件で……早速で本当に申し訳ないですけど」
としおは手を合わせてペコペコと頭を下げている。
「ここはひとつ……最強パーティである皆様のお力を、見せていただけないでしょうか?」
「しょーがねーな!」
ちょろいな、トイロ。
「そう言われるとね」
「仕方ありませんね」
みんな行く気だ!
「現場には車一台で向かいます。私は第二駐車場で待っていますので、準備が出来たら来てください。場所はほら、ここから見えるあそこの一番端」
としおが部屋から出た後、ユキが言った。
「ここは、前の世界と違って色々縛りがありそうな世界です。
この世界で生きていくのでしたら、仕事が用意されているのは好都合かもしれません」
「なるほど」
「おいおい調べていくとして……今は言われるまま仕事をしましょう。
そのうち元の世界に帰れるかもしれませんし」
「そうだな」
ユキはスチール棚の中段に置かれた段ボールから薄手の革手袋を見つけ、手にはめた。
賢者として戦いの前に身支度をしていた時と同じ、美しい所作。見慣れた光景だ。
なんだか安心する。
ミクトは段ボールの中身をひとつひとつ手にとって見ている。
段ボールの中には小動物を捕まえる捕獲器のようなものから、ビニール紐やテープ、はさみ、ゴミ袋など雑多なものまで色々入っていた。
「これ何だろう?」小型の機械をこちらに見せてきた。
魔法で情報を見る。
「測定機かな?……ああ、わかった。ゴーストを感知するやつだ」
「要るかな?」
「一応持っていこう」
第二駐車場は、三階の窓から見える場所にあった。
「駐車場まで『瞬間移動』でいいかな?」
「マコト!ちょ……まっ……!!」
ミクトが叫んだ直後、脳天に衝撃が走った。
ガッ!!!!
痛ぇ………
4人共、天井にしこたま頭をぶつけた。
「てめぇ!!室内でコレ使うなつってんだろうがッ!!」
トイロに首根っこを掴まれ怒鳴り散らされ、ますます頭痛がした。
「回復かけておきますね」とユキ。
「助かる」
ふと見た空に鳥たちの姿があったので「飛行魔法はどうだろう?」と提案してみた。
飛行する動物を操り、乗って移動する魔法だ。
「イヤな予感がする」とミクト。
「俺はゴメンだ。歩いてあそこまで行く」とトイロ。
「あ……僕も!」
トイロとミクトは行ってしまった。
「ユキは?」
「あなたに回復魔法をかけることになりそうなので待機します」
「ちょ……この大魔法使いになんて言い草!まあ、さっきの回復魔法に免じて許してやろう。……聴け!華麗なる詠唱魔法を!」
『フライ・ミー・トゥ・ザ・スカイ!……俺を大空に羽ばたかせよ!』
窓を開け、一羽の黒い鳥に狙いを定めるとそれっぽい文言を叫び、その後本物の魔法を詠唱した。先に言った部分は魔法とは関係ない。自分を奮い立たせるためのセリフである。適当で良い。
黒い鳥はこちらに向かって飛んでくると、室内の中ほどで着地し巨大化した。つややかな黒い羽、精悍な目つきがなかなかカッコいい。
俺は慣れた動作で背の部分に飛び乗ると、体を鳥と一体化させた。これで、どんな風に飛んでも振り落とされる危険はない。
「ユキも乗るか?」
「いいえ」
「じゃ、お先に」
……デッ!!
軽やかに飛び出して空を舞う予定だったが、窓から出る際に額を強打した。
窓の形が違ったのだ。前の世界とは。小さいのだ、この世界の窓は!
ユキに回復魔法をかけてもらい、小走りで駐車場へ向かった。
黒い鳥は元のサイズに戻って飛んでいった。
移動中、情報を収集した。
商業街の一角にあるこの建物は「市役所」と呼ぶらしい。民間人のためにつくられた組織のようだ。
俺たちは現状、市役所から雇用されている「職員」という立場で「でるでる課」は職員らが属する多くの部署の中では最も末席になるらしい。
「市役所」についての情報と組織図、管理者などを、情報分析魔法でざっと見た結論だ。
まだまだわからないことだらけだが、何とかなるだろう。
我々は最強の魔王討伐隊なのだから。